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クリスマス・サーカス

作者: 酒園 時歌

 夜明けが来ました。


 (まばゆ)い朝日が昇って、満天の星空がその明るさに隠れます。反対に、地上一面に積もった真っ白な雪が日の光を反射して、きらきらと煌めきを散りばめました。


 そんな中を一人歩く女の子は雪のように真っ白なもこもこのコートを着込んで、ふわふわな耳当てもしているので、自分のことですら眩しく思えました。凍える程冷たい澄んだ空気が、真っ赤に膨らませた頬を撫でていきます。雪に埋まりがちなブーツを引き抜いて、また埋めて、女の子は真新しく敷かれた真っ白な中を歩きます。小さな足跡が点々と山の(ふもと)まで続き、少しよろめいた道を描きます。


 その先で、女の子は冬の森には目立つ鮮やかな色が動くのが目に入りました。もう葉っぱの無い木々に囲まれて、炎よりも鮮やかな真っ赤な服が、もぞもぞ、何かをしています。それを着ているのは、どうやら、ふくよかで優しげな顔立ちのお爺さんのようでした。その傍らには、まるでピエロのような真っ赤な鼻をしたトナカイがいます。どうやらお爺さんは、トナカイに引いてもらっていたソリの手綱を調整でもしているようでした。


 女の子はその様子を見て、見覚えのあるその姿に、首を傾げながらも声を掛けてみることにしました。


「……サンタさん? 本物?」


 その声に、しゃがんで作業をしていたお爺さんは手を止め、振り向きます。すると、女の子を見つけるや否や、穏やかに笑いました。


「ああ、本物だとも。小さなお嬢さん、一人かい? ここには迷って来たのかな? それとも、自分の意思で来たのかな?」


「せぇかい。自分で来たの」


 女の子は応えます。


「この山にはサンタさんがいるらしいから、欲しいものがあるのならここに来ればいいって、聞いたから」


「ああ、そうかい、そうかい」


 サンタさんは納得したように頷きました。


 女の子は遠慮がちにおずおずと、でも、勇気を出して、頼んでみることにしました。


「……ねぇ、サンタさん。私の欲しいもの、くれる?」


「もちろんだとも。望まれたのであれば届ける。それがサンタの役割だからね」


 快く笑って、サンタさんは言います。ですが、少し困ったように、続けました。


「でも、急なお願いだ。今日は二十四日。夜には世界中の皆にギフトを配らなければならないから、忙しいんだ。でも、そうだね。こうやって会えて、頼まれたことだ。今日のお仕事のお手伝いをしてくれるなら、叶えてあげるよ」


「サンタさんのお仕事?」


「そう。ギフトを配る前の、大事な仕事さ。『ギフト摘み』がまだ途中なんだ。まだ採れそうなものがいくつかあってね、それを収穫しなくちゃあならないんだ。一つでも多くギフトを届けたいからね。ギリギリの時間まで、『望み』が熟すのを待つんだよ」


「そういうもの?」


「そういうものさ。さあ、乗って。今回だけの特別だ」


 その言葉に、女の子は少し迷いましたが、こんな機会はそうそうあるものではないでしょう。そう考えて、頷き、サンタさんについていくことにしました。


 二人はソリに乗り込みます。サンタさんは前に、女の子は促されて、カラの真っ白な大きい袋を横に寄せて、後ろに。そして、最後に落ちないように、サンタさんの服を両手でぎゅっとしっかり掴みます。


 そうして、ソリは空へと駆け上がりました。


 目的地までは、トナカイが引くソリでひとっ飛びです。それだけに、空を飛んでいる間は、息ができない程の沢山の強い風と雪のツブテに、女の子は思わず目を瞑ります。少ししてそれらが弱まると、ようやく目が開けられるようになりました。


 すると、山の中、森の奥。ぽつん、とカラフルなテント達と、それらを繋ぐ旗が連なる紐、ガーランドが見えてきました。中央で赤と白の縦縞(たてじま)がよく映えるカラフルなそれらは、まるでサーカスのテントのようにも見えました。


「さあ、着いたよ。ここが私達の仕事場だ。秘密のね」


 サンタさんがそう言うと、ソリは緩やかに(くだ)り、地面に降り立ちました。そのまま更に少し進み、中央からは少し離れた黄色いテントの前に、ゆっくりと止まります。


「ギフトが()っているのは、この黄色いテントの中さ。トナカイ君をここに待たせておくから、君にはソリに置いてある袋に、収穫したギフトを詰めてほしいんだ。私は中央の、一番大きなテントの中にいるよ。先に出発する仲間にギフトを振り分けたり、色々としなきゃあならないからね。終わったら、トナカイ君と一緒に中央のテントまで来て、呼んでほしい。できるね?」


「……大丈夫」


「良い返事だ。それじゃあ、中について少し説明しよう。ついてきなさい」


 さく、と小気味良い音を立てて、二人は足跡だらけの雪の上に降ります。サンタさんの後を女の子が続いて、黄色いテントの幕が開けられます。


 そこはまるで、常春(とこはる)のようにふんわりと暖かく、身体がほわほわぽかぽか、夢心地のような気持ちになれる場所でした。


 中は外から見えるよりも何倍も広く高く、天井は透けて、壁まで青空が続いて見えています。地面には雪など無く、小さな草花がそこら中を埋め尽くしています。所々には何故か、ギフトらしく綺麗に包まれた箱や袋がいくつも落ちています。そして、一番変わっていたのは、地面のあちらこちらからカラフルな風船が生えていることでした。まるで花が茎を揺らすように、わずかな風に(なび)いています。


「ギフトはね。人々が思う程に、口に出す程に、増えて大きく実るんだ。お菓子やオモチャといったお金で買えるようなものはもちろん、ほんの小さな勇気や希望なんて形の無い心の欠片まで、強く多く望まれるもの程、いろんなものがね。本来はこの山の至るところにあるものだけど、今ではこうして心地の良い環境を作ることで、種となる『望み』がこの場所に集まってくるようにしているんだ。だから、大抵のギフトはここで採れる。その分、量も多いし、成長するのも早いから、特にこの時期は収穫する頻度が高くて、忙しくなりがちだけどね。でも、大事なことなんだ」


 サンタさんは続けます。


「ギフトはね。街まで行って、自分を欲しがっている人の近くまで運んであげれば、独りでにそこまで飛んでいってくれるんだけどね。何しろ、生まれたこの場所にはそういう目印が無いから、動けなくてじっと待つしかできないんだ。だから、私達がちゃんと収穫して、欲しがる人々に届けてあげなきゃね。ギフトも人と同じ、活きたいものなのさ」


 ほほ、とサンタさんは笑います。


「あの風船達が見えるだろう? あれが熟して膨らみ切って割れると、中からギフトが現れるのさ。所々にギフトが落ちているから、それを拾い集めておくれ。ギフトの中には料理だったり繊細な作りのものだったりもあるけど、多少は荒く扱っても大丈夫。ギフト自体が中を調整できるからね。ああ、ほら。あれなんてもうすぐ、」


 そう言ってサンタさんが指差した先で、ぱんっ、と風船が割れるような音が聞こえました。とさ、と何かが地面に落ちた音に女の子が目を向ければ、破裂した風船の欠片を散りばめた上に、ギフトの箱があります。中身は何、と考えたところで、多くの人に望まれるようなものであれば、ありきたりなものなのでしょう。


「ほら、なりきった」


 サンタさんは言いました。


「それじゃあ、がんばってね」


「はぁい」


 もうほこほこに温まった女の子は、真綿で包まれるようなふわふわした心持ちで応えました。


 サンタさんがテントを出ていってから、さて、お仕事です。一つずつギフトを拾って、一旦出入口近くに集めて、時折、外にある袋へと詰めに行きます。外はやっぱり寒いままなので、女の子はテントを出る度に目が覚める気持ちになりました。


 そうして、しばらく。太陽が真上に見えてきた頃。


 そろそろお腹が空いてきて、ぐぅ、と小さく鳴りました。


 お昼です。


 それは、ギフトをまた一つ積み上げて、何か食べたいな、と思った矢先のことでした。


 傍にあるギフトの中からいくつか、ふよふよと独りでに飛んだかと思うと、女の子の周りに浮かびました。目の前に、手元に、まるで自分を選んでほしそうに、それでも無理強いはせずに()れない程度の距離で、両手で持てる程の箱が寄ってきます。


 そこに、丁度テントに入ってきたサンタさんが声を掛けました。


「ああ、丁度良かった。お昼ご飯についてなんだけどね。お腹が空いたらそれに合うギフトの方から寄ってくるから、気になるものを取って食べるといい。きっと、君が好きなものだ」


「いいの?」


「ああ、もちろんさ。ギフトの方もそれを望んでいるから、君の(もと)に来たんだよ」


「……じゃあ、」


 女の子は周りに浮かぶギフトを見回して、少し悩んだ後、一つ、選んで手に取りました。


「開けてごらん」


 サンタさんにそう促されて、その箱のリボンを解いて中を見てみます。すると、なんと、今しがた食べたかった玉子のサンドイッチが、バスケットに入ってそこにありました。しかも、付け合わせの野菜やお肉にはクリスマス仕様の可愛らしいピックも付いていて、一緒に入っていた瓶にはミルクもあります。


「それは君のものさ。君の『望み』が呼んだ『ギフト』。しっかり味わっておやり」


 サンタさんは微笑んでそう言いました。


 女の子は目を輝かせて大きく頷き、嬉しそうに声を弾ませました。


「うん、わかった!」


 女の子が早速食べようと地面に座ると、浮かんでいたギフト達も地面に降りました。そして女の子の方へと擦り寄るものもありましたが、すべてサンタさんに回収されます。どうやら、サンタさんが持ち場に戻るついでに、外の袋へと連れていかれるようでした。


「それじゃあ、ゆっくり食べて、休憩したら、また頼むよ」


「はぁい」


 テントを出るサンタさんを見送ってすぐ、女の子はサンドイッチに手を伸ばしました。


 大きくかぶりつけば、少し甘い玉子の味が柔らかくなめらかに、口いっぱいに広がりました。手作りの真心が籠ったような優しい風味が、キラキラ、パチパチ、目に見えない煌めきを舌に散りばめます。そこから身体中に沁み渡っていって、馴染んで。まるで、涙が出る程の安心感に満たされるようでした。


 それは、女の子にとって、幸せの味にも思えました。


 いつの間にか食べ終わっても、まだ、なんだか夢心地に浸っているような気持ちです。


 それでも、気を取り直して。


 さて、ご飯を食べたら、あと少し、もうひと頑張りです。


 暖かい中、ギフトを摘んで、積んで、冷たい外へと運んで、詰めて。


 女の子がギフトを収穫し終わる頃には、空に赤みが差し掛かってきていました。


「終わったよ」


 女の子がトナカイにそう告げると、トナカイは頷いて、中央の一番大きなテントへと向かいました。女の子もその隣を歩いて、テントの前までやってきます。後はサンタさんを呼ぶだけですが、目の前の閉じた大きな幕に、少したじろいでしまいます。思ったよりもその中は静かなようで、しかし、それを隔てる大きな幕は、どこか圧を感じる壁にも思えました。


 勝手に開けていいのか考えていると、トナカイが鼻で女の子の背中を押しました。どうやら、早くサンタさんにも報告しなさい、とでも言っているようです。女の子が迷っている間もぐいぐいと鼻を押しつけるものなので、女の子は意を決して、声を掛けてから、開けてみることにしました。


「サンタさん、終わったよ」


 それに、何も見えない程に暗い奥の方から、声が返ってきました。


「おや、早かったね」


 暗い中を動く影が近づいてくると、それを照らす外の明かりに負けないくらい明るく見える赤色が、すぐに現れました。


 サンタさんは外に出ると、ソリに積まれたみっちり詰まった袋を見て、女の子の頭を優しく撫でました。


「うん、よくやったね。上出来、上出来。ありがとう」


「……うん、どういたしまして」


 女の子は俯いて照れながらも、小さな声で言いました。


「おかげで準備が間に合ったよ。余裕を持って、十分に。それも、そろそろ時間だ。ついでだ。君も見ていくといい」


「何を?」


「もちろん、ショーの舞台さ」


 サンタさんは穏やかに笑って、女の子をテントの中へと招き入れました。


 テントの幕が閉じれば、そこは真っ暗な空間です。右も左も、上も下も、わからなくなってしまう程の一色です。


 そんな中、少し遠く離れた場所で、ぱっ、と一筋の光が上から()りました。


 そこに照らし出されたのは一人の、華奢な天使のような風貌の、男とも女とも取れない人物でした。


 その人物はラッパ型の瓶を満たす黄金に輝くお酒を煽って、遠くに呼び掛けるように口元に手を添えて、一息。


 ごおっ、と、身体よりも遥かに大きな炎を吹き出しました。


「わぁ、」


 女の子は驚いて、思わず声を漏らします。そうして目を見開いている間にも、ショーはまだ始まったばかりです。


 まるで紙が黒く焦げながら焼け広がるように、炎は中心から焦げて溶けるようにして、丸く、大きく、空間に穴を開けていきます。人が余裕で通れる程にまでなると、今度は何も無いはずの向こう側から、なんと、次々と舞台役者らしき人や動物が炎の輪を(くぐ)り抜けて、まるでその明かりに姿を照らされてようやく生まれるように、現れました。


 身体を一回転、炎の輪を跳び越えて、まずはヤギの頭を模した被り物をしたジャグラーが前に出ます。後ろで交わした両手の指の間に色とりどりのボールを挟んで、手前に持ってきたかと思えば、次々と空中へと投げては掴み投げては掴み、何周でも回します。そして、一際(ひときわ)高く投げたかと思えば、今度は次々と空中でボールが割れ、そこから真っ白な鳩が生まれては飛び立っていきました。


 光に照らされて、雪のように白い羽根が沢山舞い降りる中、ジャグラーは再びボールを回しながら、降り注ぐ光の一部を分けるようにして連れ立って去ります。


 次に、巨大な蛇が這い出ました。蛇は自分の尻尾を噛むと、縦に輪っかとなって転がります。そこに、飛びかかるようにして現れたタテガミが立派なライオンが乗り上げ、歩き出しました。玉を転がすように輪っかを回して、これまた光を連れて、舞台を大きく練り歩きます。


 右へ左へ、降り注ぐ光が通り過ぎた後、両端に残ったその上空には、いつの間にいたのか、空中ブランコに座っている二人が影を落としました。一人は、豪快に大きく炎を咲かせるような太陽の顔をしており、もう一人は、繊細に小さく水飛沫を散らすような月の顔をしています。月は今宵と同じく満月なので、まるで双子のようにそっくりな二人です。光を連れて、振り子のようにブランコを漕いで、身体を反転させるようにくるり、後ろへと倒れてそれぞれの体勢を変えて、一往復。逆様(さかさま)に揺れる月へと、太陽が飛び移りました。


 役者が動く程に、真っ暗な中、光の範囲は広がっていきます。おそらく舞台いっぱいまで、明るく浮き彫りにします。


 完成した舞台に、暗闇の中、どこからともなく、歓声が沸き起こりました。


 まだまだショーは続きます。永久(とわ)刹那(せつな)に、時間を忘れる程に。今目の前にある出来事しか考えられないで、動くことも喋ることもできないくらい、集中して見入る程に。


 そうして、さて、どれ程の時間が経ったでしょう。


 ショーを終えて、二人がテントの外に出てみれば、もう辺りは真っ暗でした。でも、足元に敷かれた雪が月明かりにほんのり光って、上を見上げれば満天の星空が広がっています。興奮冷めやらぬ上気した顔で出た女の子も、頬を撫でる冷たい風に、一気に目が覚める思いです。


「うん、良い天気だ。今宵は転機になる、最高の、ギフト日和だ」


 サンタさんはそう言うと、ほほ、と笑って、ソリに乗り込みました。


「さあ、おいで。君も乗って。共にギフト達を見送ろう」


 そう言われて、女の子は頷きました。断る理由はありません。女の子も、ギフトがどのようにしてどのような人の許に行くのか、気になっていたのです。


 ぎゅ、とギフトの袋を押して、席を詰めて、いつでもギフトが飛び立ちやすいように、袋の口を両手でしっかりと掴んで広げます。袋はとても重たくなったので、掴んでおけば、女の子が飛ばされる心配もありません。


「さあ、行こう」


 サンタさんの一声で、トナカイは歩き始めました。そして、すぐに速くなって、空へと駆け上がります。まるで一筋の流れ星のように、ソリは夜空を飛んでいきます。


 さあ、一夜限り、ギフト配りの旅が始まりました。


 暗い静かな森から明るい賑やかな街へ。速度を落として、明かりの灯る家々へ。ソリは駆け回ります。


 街では、家でも外でも、サンタさんからよりも少し早く、両親や友達から贈り物を貰う子もいます。交換する子もいます。


 そこでは、皆皆、笑顔に溢れていました。


 そんな光景を見て、女の子はぽつり、呟きます。


「いいなぁ……」


 何しろ、贈り物を貰う子の傍らには、にこやかな人がいたのです。仲が良さそうで、暖かい空間がそこにはありました。家族や友達、恋人、仲間。出会ったばかりの人だって、そうです。一緒に笑ったり、お喋りを弾ませて食事をしたり、贈り物を渡し合ったり。


 今この瞬間を味わって、噛み締めて。


 皆皆、嘘偽り無く心から楽しそうで、この上無く幸せそうでした。


 女の子がそう思っている間にも、ぎゅ、とその手に掴んだ袋の口から、独りでにギフトは旅立っていきます。望まれる方向へとふよふよ宙を漂って、ぱっ、と消えたかと思えば、その主の部屋の中へと辿り着きます。


 よく肥えている子供には、豪華絢爛なご馳走やケーキが贈られました。


 ゲーム機器とその騒音で部屋が満たされている子供には、最新のゲーム機器やゲームソフトが贈られました。


 流行やブランド物の服や鞄に囲まれている子供には、この冬限定の希少な高級アクセサリーが贈られました。


 特に思い入れも無い適当なもので部屋が溢れ返っている子供には、お金が贈られました。


 皆皆、今とても欲しいものが、それぞれ与えられていきます。


 時折子供だけでなく、大人にも配られていきました。


 そして、目に見えないものも贈られます。


 人と人を繋ぐ縁結びがあれば、離れ離れにする縁切りもありました。行動を後押しするようにタイミングを作ることもあれば、逆に邪魔をすることもありました。考えることすらも邪魔するように、周りの気分を刺激するのもお手のもの。寝たいのに眠れなくしたり、身体の具合を悪くしたりだって、ギフトがあれば簡単にできちゃいます。


 そうして起こる心が沸くような喜劇も悲劇も、はたまた何も感じない奇跡も、まるで奇々怪々なサーカスの催しのようでした。


 そんな光景をぼうっと黙って見ていた女の子でしたが、次第に、それらが気掛かりになってきました。


 そして、ついには遠慮がちに、サンタさんの背中へと声を掛けることにしました。


「……ねぇ、サンタさん。ギフトって、あげちゃダメなものもあるんじゃないの?」


 その問いに、ほほ、とサンタさんは笑って、応えました。


「『ギフト』は『幸せを感じる(・・・・・・)贈り物』だからね。貰う側にとっては、『毒』であることもありうるものさ。私達『サンタ』は『望まれてそこまでの道が通れるから届けるだけ』で、そこに良い悪いなどは加味しないんだ。親や友達だけじゃなくて、人間以外でもギフトの邪魔をしてくることはあるけれど、それよりも『その子に気に入られたい』、言い換えれば『その子に自分を良く見せたい』という望みの方が強ければそれすらもギフトになりうるし、逆に『その子はどうでもいい』と思っているのならば邪魔にすらならない。その子の存在を気にしないどころか、忘れたり知らなかったりするのならば、尚更。なに、簡単なことさ」


 サンタさんは言い聞かせるように話します。


「いいかい、小さなお嬢さん。『欲』というものは時間の経過によって、強くなることもあれば弱くなることもあって、まったく別のものへと変わることだってあるんだ。そして執着も興味すらも消えれば、その先にあったはずの達成感や充実感はもう二度と得られない。だから結果がどうなろうと、『気が済んだ』という感覚はとても大事なものでね。それに、気が済んだことによる晴れやかな『解放』と(くすぶ)って鎮火した煙たい『埋葬』は、違うものさ。納得のいかない埋葬は未練となって、残って居られる意識からエネルギーを奪おうとするんだ。あとは、そうだね。自分が欲しいから望むのではなく、誰かが欲しいと望むから、それを自分が手に入れて優越感に浸りたい、なんて無益な闘争心で無駄な荷物に満たされなければ気が済まない場合もあるんだ。他人の欲を軸にした、そのせいで、そこから動けないことがね」


 また一つ、さらに一つ。次々とギフトは飛んでいきます。


 風船が風に流されるように、ふよふよ、不安定によろめきながらも、望まれた(もと)へ。


「我々サンタは、その『欲』を消化して『次』へと昇華させるお手伝いをするだけなんだよ。『欲』に囚われて先に進めない『今』から解放してあげるのさ。それだけ」


 それはまるで、タロットを使う占い師のようなものでした。そういう占い師は、慣れていなければ出た絵柄が『答え』となって終わりますが、慣れて使いこなせるようになれば、『通過点(ヒント)』としてその先で自分なりの『答え』に辿り着けるのです。そのようにして、人も『欲』の消化をすることで、その先にある自分なりの『答え』に辿り着けるかもしれない、というのです。


 サンタさんは言います。


「いいかい、小さなお嬢さん。『人生』というものは未知のもの、つまり『冒険』の連続でね。新しく冒険に出掛けるには、邪魔になるような荷物は持っていかない方がいい。何故なら、身軽な方が動きやすいし、沢山新しいものを持てるだろう? だから、邪魔になるようなそれを、『欲』を、片付けて(・・・・)あげなきゃあ、ね」


 そうしている内に、ギフトでいっぱいだった袋は、からっぽになってしまいました。


 これで、ギフト配りは終わりです。


「……あ。ねぇ、サンタさん。ギフト、もう無いよ」


「おや、そうかい。それじゃあ、お疲れ様。戻ることにしよう」


 女の子が気付いてサンタさんに教えると、サンタさんは少し振り返ってから、手綱を大きく振りました。ぱしん、と皮のぶつかる音がして、ソリが大きく(ひるがえ)ります。


 ギフトを配り終えて軽くなったソリが、より軽快に空を駆けました。


 明るい賑やかな街から、暗い静かな森へ。


 ソリは山の中腹、広い空の下に小さく街を見下ろせる(ひら)けた場所に降ります。


 ぎゅむ、と二人は真新しい雪の上に足を沈めました。


 サンタさんは女の子へと、振り返って言いました。


「さあ、君の番だ。遠慮しないで言ってごらん。君は、何が欲しい? どんな『ギフト』をお望みかな?」


 明け方よりも少し早い、真っ暗な深夜。


 沢山の星が瞬く夜空の中、明るく照らす満月を背に、サンタさんは問い掛けます。穏やかな笑顔は、真っ暗な影に隠れてよく見えません。


 サンタさんの影に覆われた女の子は、満月のように丸い目を瞬かせて、口元に小さく笑みを浮かべました。


「星。星が、欲しい」


 無邪気なお願いに、サンタさんは問います。


「それは、手の届かない程に遠い遠い、小さな光の粒かな? それとも、この、全部を見渡せない程に近くて大きな、幸せいっぱいの世界かな?」


「――――せぇかい」


 女の子は笑みを深めました。満月の目が、新月に向かうように細く弧を描きます。


 それは、とても可愛らしい、満面の笑みでした。

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