最後の力
水琴とヤツデの戦場から離れた場所で、白の君とアリスは二人でいた。アリスは、眼を瞑りながら座り、深呼吸をしていた。
「水琴!」
視界を飛ばして戦闘を見ていた白の君から、焦りの声が出る。一瞬、戦場に出ようとしたが、自分が出れば、自身に恨みを持つヤツデは自分を狙ってくる。そうなれば、戦場の中心は、ヤツデではなく白の君となってしまう。
それは白の君の動きに合せて戦場が移動する事に繋がる。ヤツデの居場所を変えずに戦闘をするためには、白の君は絶対に出てはいけなかった。そして、現状、白の君はアリスを守る盾でないといけないという事情もあった。
そんなアリスが目を開き立ち上がる。それに、白の君はすぐ気付いた。
「アリス……本当に行くのか?」
「はい。水琴をお願いします」
「……分かった」
白の君の返事を聞いたアリスは、ヤツデのいる場所に向かって駆け出す。白の君は、その後ろ姿をただ見送った。
(状況は芳しくないわね……水琴も無事だと良いのだけど)
身体強化で速度を上昇させたアリスは、一分も掛からずにヤツデのいる戦場へと出る。周囲の木々は根刮ぎ吹き飛ばされており、更地になった場所で水琴が倒れていた。その水琴の前に茜と冷音が立ち、ヤツデと戦っている。さらに、水琴の傍には美玲が付いて、水琴を回復している。本来ならば、安全な場所に避難させてから治療したいところではあるが、美玲は、治療を優先した方が良いと判断したようだった。
アリスは走りながら、人に変身する。その姿は、これまでの子供のような姿ではなかった。それは、アリスの姿としての全盛期の姿だった。
アリスは杖を振い、ヤツデを水琴達から離れるように吹っ飛ばす。それによって、茜達もアリスが来た事に気付いた。その表情は、安堵と同時に哀しげにも見える。それを横目で見たアリスは、心の中で苦笑していた。
(何て顔をしているのよ。似たような事は何度もあったでしょうに)
そして、美玲に治療されている水琴を見ると、水琴は小さく目を開けてアリスに向かって手を伸ばしていた。意識があるという事は、美玲に任せていれば安心という事だ。これで、アリスの最後の心残りがなくなる。
ヤツデは、アリスを見ると、口を大きく開けて吠えた。
『ガアアアイイイイイイウウウウウウ!!』
「……クライトンの意識でも模倣しているのかしら? まぁ、どうでも良いわね」
自分に向かって伸ばされる手を、急に猫になる事で避けつつ、ヤツデの腕を足場に走る。そして、途中で腕から下りたアリスは、再び人になってヤツデの身体を燃やす。さらに、地面から石の杭をいくつも出して、ヤツデを滅多刺しにする。さらに、茜も使った『雷鎚』を使い、雷の鎚の中にヤツデを閉じ込める。
『ガアアアアアアアアア!!』
ヤツデは、手のひらの口で自分に向けて魔力の衝撃波を放ち、アリスの魔法を打ち消す。そこに、空から巨岩が降る。その巨岩に向かってヤツデが六つの手を伸ばした瞬間に、その背中に回ったアリスは、杖をヤツデの背中に向ける。
そして、密度を濃くした魔力弾を出しっぱなしにして、即席の剣に変えて突き刺す。そして、そのまま頭に向かって振り上げた。ヤツデの上半身の半ばから頭の天辺までが斬り裂かれ、ぱっくりと割れる。それを見てから、アリスは背後に大きく飛び退いた。
身体を斬り裂かれたヤツデは、その状態でも巨岩に向かって手を伸ばし続けて、巨岩を掴んだ。
(この手の化物は、脳を破壊しても意味が無いのは、相変わらずのようね)
アリスは、魔力で作った刃を飛ばしてヤツデの六つの腕を斬り裂く。ヤツデによって支えられていた巨岩が再びヤツデに向かって落ちていく。ヤツデは、その場から逃げようとしたが、その足を地面に掴まれていた。さりげなく、アリスが用意した足枷だ。破壊は容易だが、その分の時間が稼ぐ事に繋がった。
ヤツデが巨岩の下敷きになる。その間に、アリスは杖を天に掲げる。巨岩はすぐに割れる。そして、巨岩の間からヤツデの六つの腕が伸びる。そこに空から熱線が降り注ぐ。それは、虫眼鏡を用いた太陽光の集束に似ていた。だが、その熱は魔法によって強化されており、ヤツデの腕が完全に炭化する。そのままヤツデまで、炭化すれば良かったが、そう上手くはいかなかった。ヤツデは、アリスに向かって突っ込んでくる。
(動きが俊敏になっているわね……今の身体に慣れてきたという事かしら。でも、再生の速度は落ちている。水琴達が頑張ってくれた証拠ね)
炭化したヤツデの腕の再生は、戦闘を始めた当初よりも遙かに遅くなっている。つまり、現状ヤツデの攻撃手段は頭を足という事になる。
アリスは、ヤツデの身体を、二枚の結界で挟み込む。ヤツデは動きを止める事になり、押し潰される事になる。そのまま完全に押し潰す事が出来れば良かったが、そう上手くはいかない。再生を始めた手が、結界を押し返し始める。そこに、アリスが生成した円錐状の魔力弾が直撃して、身体に大きな穴が開く。これで身体の再生を優先すれば、また結界で押し潰す事が出来るのだが、ヤツデは手の再生を優先した。
そのまま結界を押し返させないために、アリスは円錐状の魔力弾を撃ち込み続ける。身体に穴が開いていくヤツデだが、代わりに結界を弾く事が出来た。
そして再生した腕を伸ばして、アリスに向かって伸ばしてくる。その前にアリスは、その場から離れている。ヤツデの手は、口から魔力の衝撃波を飛ばしながら追ってくる。ヤツデ本体は、身体をゆっくりと再生させている。
アリスは追ってきている手を斬り裂いていく。六本全てを斬ったアリスは、そのままヤツデに向かって行った。これでトドメとするためだ。
その瞬間、ヤツデの身体の至る箇所から手が生えた。
「!?」
十以上もの手がアリスに向かって襲い掛かってくる。アリスは、即座に腕を斬り裂こうとしたが、そのうちいくつかの手が連鎖的に魔力の衝撃波を飛ばしてくる。
「くっ……」
アリスは、その場から退いて駆け出す。そして、自分も魔力の衝撃波を放って、衝撃波を打ち消していく。さらに、自分を掴もうとする手を避ける。
(あの衝撃波が厄介ね……)
アリスは、攻勢に出られるタイミングを見計らっていると、唐突に足首を掴まれる。
(いや、完全に避けたはず……)
アリスは、すぐに自分の足首を確認する。すると、腕から枝分かれした手が足首を掴んでいた。当然、その手には口も付いている。自分の足首が食われている事に気付いたアリスは、即座に、その手を斬り落とす。止血と痛み止めだけを魔法でしておき、すぐにその場から離れようとした。
だが、その時、ヤツデの策にハマっていた事に気付く。自分の周囲をヤツデの腕が囲っていたのだ。アリスを囲むように渦を巻くヤツデの腕。
「あの衝撃波は陽動だったって事ね。まさか、そこまで頭を使う事が出来るとはね。ここからどうしようかしら」
渦巻く腕から枝分かれした手がアリスに噛み付いてくる。いくつかは魔法で消す事が出来ているが、その数が多く捌き来る事が出来ない。どんどんと血が飛び散っている。
(自爆覚悟でやるしかないわね)
これ以上怪我をする訳にもいかないと判断したアリスが、自爆覚悟で魔法を放とうとする。だが、その前に事態が動く。
「【消し飛べ】」
アリスの耳にその声が聞こえたのと同時に、アリスを囲んでいた腕の一部が消しゴムで消したかのように消し飛んでいた。理不尽な程に圧倒的な力。その正体は、水琴の言霊だった。
無意識に笑みを浮かべながら、水琴が作ってくれた穴から飛び出す。ヤツデの腕はアリスを追い掛けようとしてくるが、その前に異常な太さの魔力弾が腕の塊を吹き飛ばした。アリスがしたように、魔力弾の密度を濃くして撃ち出したものだったため、ヤツデの身体も吹き飛ばす威力になっていた。
(無茶して……後で説教をして貰わないと駄目ね)
アリスは、再生が追いついていないヤツデの本体に近づき、杖を突きつける。
「【焦熱地獄】」
ヤツデの身体が激しく燃え上がる。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
これまで以上に苦しむヤツデ。水琴が吹き飛ばした箇所の再生も出来ず、更なる負傷をおわされ、魔力も底を突いていた。先程のアリスを捕らえた腕による檻の時点で、ほぼ魔力はなくなっていた。そこに水琴の言霊と魔力弾による損傷により、完全になくなったのだった。ヤツデは、途中で途切れた腕をアリスに向けて伸ばす。
『ダ……ズ……ゲ……デ……』
「なら、死になさい。【紅蓮地獄】」
ヤツデの身体の皮膚が裂けて傷が広がる。そして、その身体に霜が降り、身体の内側まで完全に凍り付いた。飛び散った血液も凍り付き、ヤツデの空から血液の華が咲いているかのようだ。
そして、芯まで凍り付いたヤツデの氷像は、自然と崩れ落ち、粉々に砕けた。
それと同時に、アリスもその場で倒れた。
「師匠!」
水琴が叫び、アリスに向かって駆け寄る。先程の言霊の反動もあり、本調子には程遠く、二、三度転びながらアリスの傍まで来た。
「師匠……?」
「ふふっ……何て顔しているのよ」
「だって……大丈夫なんだよね……? これで、いつも通りに戻るんだよね?」
涙混じりにそう訊く水琴に、アリスは苦笑いで答える。
「ごめんね。無理なのよ」
「え?」
水琴から表情が抜け落ちる。アリスは、その事に心を痛めながら続ける。
「水琴から魔力を貰ったけれど、それだけじゃ足りなかったの。私が全力で魔法を使うには、自分の命を魔力に変えるしかなかった。猫の身体じゃ、そこまでしないと戦えなかったの。だから、私の命も、ヤツデと同じくもうすぐ尽きるわ」
水琴は、声も出せずに大粒の涙を流しながら首を横に振る。そんな水琴の頬にアリスは手を添える。
「これでお別れじゃないわ。私は転生するから、どこかで会えるわよ。水琴がいる場所は分かるから」
「い……やだ……」
水琴は、アリスの手に自分の手を重ねながら首を横に振る。
「師匠が……いないと……嫌だよ……だ、だって……まだ魔法……完成してない……それに、白に返事だって出来てないんだよ……? それに……まだまだ教えてもらいたいもの……ばかりだよ。師匠が一緒じゃないと……私……何も出来ないよ……」
そんな事を言う水琴に、アリスは微笑む。
「魔法は、水琴一人でも完成させられるわ。何のために、私の知識を送ったと思ってるの? それに、白の君に関しては水琴の問題よ。私がいなくたって、ちゃんと出来るわ」
諭すように言うアリスに、やはり水琴は首を横に振る。この状況を、水琴は受け入れられていなかった。絶対にアリスと一緒にいたいという意志をアリスは感じている。その事が、アリスにとってどれだけ嬉しい事だったか。
アリスは、最後の力を振り絞って身体を起こす。そして、水琴の頬を両手で包み込み、額と額を合せる。
「水琴。よく聞きなさい」
水琴は鼻を啜りながら頷く。
「水琴。水琴には感謝してもしきれないわ。私の短命の呪いを解いて、自由をくれたのだから。そして、私の弟子になってくれた事もね。貴方は自慢の弟子よ」
「うん……」
「さっきも言ったけれど、これで永遠の別れというわけじゃないわ。ジルが無限転生の材料を確保してくれているから。まぁ、それが必要かは分からないけれどね」
「?」
水琴の髪を指で梳きながらそう言うアリスに、水琴は首を傾げた。それに対して、アリスは微笑む事でしか答えない。
「修行は続けなさい。何か困ったら、白の君やジル達を頼ると良いわ。それと、無理と無茶だけはしちゃ駄目よ。貴方に何かあって悲しむ人は、沢山いるのだから。自分を大事にしなさい。私に言われたくないかもしれないけれどね」
そこまで言ったところで、アリスは力なく横に倒れる。
「師匠!」
水琴はアリスの手を両手で握る。それは、まるで祈りを捧げているような姿勢だった。実際、アリスが生き残る事を祈っているのだが、それは叶わない。
「髪も全部白くなっちゃったわね。でも、似合っているわ。本当に……大好きよ……」
「うん……私も好きだよ……師匠が師匠で良かった……だから……だから……早く帰ってきてね……」
「ええ……また何年後かにね」
アリスは、水琴に微笑んでから、水琴の後ろに立っている茜、冷音、美玲の三人を見る。三人ともアリスに寂しげな笑顔を向けている。その笑顔に内包されている言葉も、アリスは察していた。
(水琴を……よろしくね……)
アリスは、ゆっくりと瞼を閉じて、そのまま息を引き取った。




