戻らない水琴
夕飯の時間になっても水琴は帰ってこなかった。十中八九学校のどこかにいるだろうと考えたアリスは、校内を彷徨いていた。
(どこにもいないわね。水琴の魔力なら、すぐに感じ取れるはずなのだけど……白の君の魔力が強大すぎるせいかしら。ん? 白の君? そういえば、ここ最近いなかったはずよね。もしかして……)
アリスは、水琴が白の間にいると仮定して動く。道の途中で冷音と遭遇した。
「ビビ?」
「師匠。既に放課後ですが、如何しましたか?」
「水琴が家に帰っていないのよ。ジルが誘拐だなんだってうるさいから、こうして探しに来たという事よ」
「なるほど」
茜が騒いでいる姿を容易に想像できた冷音は、思わず笑ってしまう。
「ビビの方こそ、何をしているのかしら?」
「私は、白の君の様子を確認しに来ました。ちゃんと休んでいると良いのですが」
「忙しそうだったものね」
「はい。方々を渡っていましたから。普段であれば、私も同行していましたが、今回は重要な実験などと重なってしまい美玲に任せる事になりました」
「だから、ずっと何かをしていたのね」
水琴が個人面談を受けている間、冷音のところに向かっていたアリスだったが、冷音が忙しそうなところを見て、すぐに家の方に戻っていた。なので、冷音が何をしていたのかは把握していなかった。
「それで、白の間に水琴さんがいらっしゃると?」
「水琴の魔力を感じないのよ。その理由で考えた時に、白の君の魔力に包まれているのではって思ったの」
「なるほど」
アリスと冷音は並んで白の間まで歩いていく。冷音が扉を開けて、二人で中に入る。
水琴と白の君の姿が見えず、アリスは周囲を見回していた。
「私の勘違いだったかしら?」
「いえ、こちらに寝室がありますので、こちらで寝ているのかもしれません」
白の世話をする身として、冷音は部屋の構造を把握していた。
それは別として、アリスと冷音は扉となっている壁の前に立ち止まり顔を見合わせた。
「これって入って大丈夫よね?」
「どうでしょうか。もしかしたら……という事もあり得なくはないかと」
「二人の関係が進むのは良い事だとしても、かなり気まずくなるわね」
「師匠は、白の君の気持ちをお気づきに?」
「見ていれば分かるわ。だから、水琴には手を出していないでしょう? これでも我慢していたのよ。私の身体がもう少し大人になっていたら分からなかったけれどね」
「師匠も精神的に大人になられたのですね」
「うるさいわよ。それよりどうするの? ここで二人が出て来るのを待ち続ける?」
「いえ、入りましょう。茜を心配させたままでは、かなり面倒くさいでしょうから」
そう言って、冷音は扉に手を当てる。念のため、アリスは一歩後ろに下がった。冷音はそれを確認してから扉を開ける。すると、水琴が白の君を抱きしめる形で寝ている姿がそこにあった。
アリスは冷音の肩に登って、二人を見る。
「寝ているわね」
「そうですね。ベッドも乱れていませんし、ただ寝ているだけですね」
二人は、水琴と白の君の寝顔を覗きこむ。二人とも静かに眠っている。アリスと冷音が来ている事にも気付いていないようだった。
その様子を見た二人は書き置きをしてから、白の間を出て行く。
「それじゃあ、水琴の事は頼んだわよ。起きたら、こっちに連絡をちょうだい」
「はい。わかりました」
ここで冷音と別れたアリスは、走って家まで移動した。ここまで地面を走っていたので、玄関口で自身に『浄化』を掛けてから、家の中に入る。すると、すぐに茜が駆け寄って来た。
「師匠!! 水琴ちゃんは!?」
「白の君と寝ていたわ。起こすのも何だから、冷音に任せて帰ってきたのよ」
「白ちゃんと? そうなんだ。白ちゃん、疲れてるのかなぁ?」
「そうみたいね。私達が近づいているのが分からなかったみたいだから」
「あの白ちゃんがぁ? それは邪魔しちゃ駄目だねぇ。普段は警戒心たっぷりなのに、師匠と冷音ちゃんが近くにいても起きないなら、それだけ安心しきってるって事だもんねぇ」
水琴を白の君に奪われるという事に近いのだが、茜は心の底から喜んでいた。白の君の事を昔から知っているからこそ、今の白の君の状況がとても喜ばしいのだった。
「でも、明日も学校あるのに大丈夫かな?」
「起きたら、ビビから連絡が来るわ。そうしたら、迎えに行きなさい。私の身体じゃ水琴を背負えないから」
「はぁい」
少し機嫌が良い茜は、アリスを抱えてから自室に戻って冷音からの連絡を待った。
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目を覚ますと、目の前に白の綺麗なつむじがあった。そこで一瞬思考が停止したけど、すぐに白と一緒に寝ていた事を思い出した。
(白は……まだ寝てる。なら、もう一眠り……いや、明日も授業はあるんだった。でも……)
白は静かな寝息を立てていて、すぐに起きそうにはない。大分疲れているみたいだ。私の腕は白の首の下を通っている。腕枕に近い状態だし、ゆっくりと引き抜くとしても白を起こしてしまいそうだ。せっかくぐっすりと寝ているので、白を起こすのは忍びない。
(よし! 寝よう! その前に……)
白を起こさないように収納魔法から携帯を取り出して、茜さんにメッセージを送っておく。そうじゃないと、茜さんと師匠が心配するだろうから。これでも私も現代っ子。携帯の片手操作なんて余裕だ。
(これで良し。師匠からの説教は覚悟して、寝よ)
携帯を収納魔法に仕舞い、そのまま再び眠りについた。
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メッセージの受信音が聞こえた茜は、机に置いてある携帯を取ってメッセージを見る。
「水琴ちゃんからだぁ。今日は泊まるってさぁ」
「そう。ビビにも連絡してあげなさい」
「はぁい」
茜は素早く冷音にメッセージを送る。冷音からもすぐにメッセージが返ってきた。
「了解だってさぁ。でも、水琴ちゃん大丈夫かな? 授業道具とか」
「水琴なら収納魔法に全部入れているわよ。そういうところはしっかりとしているから。それにしても、白の君のベッドは寝心地が良いのかしらね?」
「白ちゃんの抱き心地が良いとかはぁ? 水琴ちゃんは抱き心地が良いんだよねぇ」
「水琴は気にしないでしょうね。単純に眠いか、ベッドが気持ち良いか、白の君を起こさずに起きる事が無理かの三つね」
「えぇ~、まぁ、それなら最後のやつかなぁ。水琴ちゃんの性格から考えるとねぇ」
「そうね。私もそう思うわ」
アリスも茜も水琴の行動はお見通しだった。その行動をとる理由も見抜いているので、アリスにも説教をするという気は、全くなかった。
「それにしても、この二ヶ月全く動きがないよねぇ」
「いくつか潰せてはいるけれどね。クライトン本人が見つからないというのはね」
「やっぱり裏世界かなぁ?」
「今は、その可能性もあるわね」
「裏世界を調べるのは厳しいよねぇ。あそこではモンスターから隠れる必要があるからさぁ」
「そのせいで、私達の捜索の目も届かないのよね。それでも数を減らせているだけマシよ」
白の君が上に立っての捜索は、順調に進んではいるが、クライトン本人は見つかっていない。いくつかのアジトらしきものとクライトンの一派を倒す事は出来ているので、相手の戦力は削ぐ事が出来ていた。
「芋づる式に釣れたらよかったのにねぇ」
「都合良くはいかないという事よ。それじゃあ、もう寝るわよ」
「じゃあ、今日は師匠が抱き枕になってぇ」
「抱き枕ね……それだけで済むと良いけれど」
ため息をつきながら人の姿に戻ったアリスは、茜と一緒に眠りについた。




