突然の襲撃
寧音と蒼と一緒に師匠達の元に戻ってきた。師匠と茜さんは、車から離れて廃屋に近い場所まで来ていた。いつでも私達の戦いに介入できるようにするためだと思う。
「師匠、茜さん、終わったよ」
「おかえりなさい。よく躊躇いもなく倒せたわね。幽霊とはいえ、相手は人だったわけだから、最初は躊躇ってしまう事が多いのよ」
「あ~……うん。女の敵だったから」
「何となく分かったわ。とにかくお疲れ様。今日は……」
そこまで言ったところで、師匠の言葉が途切れた。そして、急に近くにある何もない森の方を見る。
「どうしたの?」
「不味いわね。恐らく敵が来るわ。ジル」
「うん。もうしたよ」
茜さんも真剣な時の話し方になっている。本当に敵が来ているみたい。
「幽霊?」
「人よ。私達を狙っている理由は分からないけれどね」
師匠がそう言っている間に、森から物音がして、黒いローブを羽織った人が十人くらい出て来た。その後ろから一際背の高い人が前に出てくる。
「【看破】」
攻撃魔法ではなかったけど、何かが割れたような音が聞こえた。
「三人……思ったよりも多かったな」
「えっ……?」
「天狗の隠れ蓑の効果を打ち消されたわ。魔法に精通していると見えるけれど、名前を聞いても良いかしら?」
端的に状況を知らせてくれた師匠は、背の高い人に向かって訊く。でも、相手は素直に名乗ろうとはしなかった。それよりも、師匠が喋っている事に驚いていた。
「猫が喋る……? いや、転生者か。いや……分かったぞ。その喋り方に状況判断能力。気持ちが悪い程に冷静さを保っているところを見るに、ラーンスルブルクだな」
「……誰?」
全く聞いた事のない名前なので、私は眉を顰める事になる。でも、師匠は違った。私同様に眉を顰めているけど、それは名前に覚えがないからじゃなかった。
「昔の私の名字よ。その名字だった事は一度だけ。その時に私を名字で呼んでいたのも一人だけ。こんなところで会うことになるとはね。クライトン」
「!」
その名前を聞いて、私は目を見開いた。師匠に短命の呪いを掛け、ヤツデの封印に細工をした張本人。ある意味では憎き相手という事になる。
「まさか、猫に転生するとはな。短命の呪いは……解けているのか!? 何故だ!? 貴様等の転生魔術に根付く筈だ! 無限転生なんていう呪いと同調するように調整したんだぞ!!」
「無限転生について知っているとは驚いたわね」
「ふん! 貴様等がいない隙に研究の成果を見させてもらったのさ」
「覗き見とは下品な馬鹿ね。だから、いつまで経っても子供っぽい頭のままなのね。いや、そんな事はどうでも良いわ。態々大所帯で姿を現したのだもの。何か目的があるのでしょう?」
「そうだ。その少女を譲って貰おうか」
そうしてクライトンが指さしたのは、私だった。
「嫌だけど」
師匠が答える前に、私が答えてしまった。いきなり私を譲れと言われる理由が分からないけど、それ以前にクライトンへの嫌悪感が強すぎて、思わず答えてしまったという感じだ。
「だそうよ。この子を渡す理由も渡す気もないわ。さっさと失せなさい」
「そういうわけにもいかない。何故なら、俺と同じでヤツデの魔力を持っているのだからな!」
クライトンがそう言った瞬間に、私の中のヤツデの魔力が動き出す。すぐに、師匠の魔力で覆って抑えつける。
「ん? 何だ貴様……ヤツデの魔力を操って……いや、違う。貴様、一体いくつの魔力が混ざっている!?」
腐ってもヤツデを封印出来る程の魔法使い。私が魔力を複数持っている事を見抜いた。だけど、こんなところでそんな事を言わないで欲しかった。今は後ろにいる寧音と蒼の顔が見られない。ヤツデの魔力を持っていると知られたら、一体どう思われてしまうか。そんなこと想像も出来なかった。
「うるさいわね。そんなことはどうでも良いでしょう。この子を渡す気はないわ」
「そうか。なら、力尽くで奪って調べるだけだ!」
「【出ておいで】!」
クライトンが叫んだ瞬間に、茜さんが何かをした。いつの間に取り出したのか、周囲に沢山のキャンバスが現れて、その中から絵で出来た沢山の動物が飛び出していった。動物たちがクライトンとその仲間に襲い掛かる。
有象無象は、その動物達に翻弄されていたけど、クライトンはその限りではなかった。動物達を蹴散らして、こっちに向かってくる。
「下がりなさい、水琴!」
師匠はそう言うと、人の姿に変身する。そして、いつの間にか杖を握っていた。そこから師匠とクライトンの戦いが始まる。
「そんななり損ないの身体で勝てるとでも!?」
「あなた相手なら十分よ」
「ちっ! 一々癪に障る女だ!!」
余裕そうに言っていたクライトンだけど、普通に師匠と良い勝負になっている。
「水琴ちゃん、私から離れないで」
「はい」
茜さんが私達の前に来つつ、後ろに下がる。それに合わせて、私達も後ろに下がっていく。でも、すぐに茜さんが後ろを振り返った。
「こっちにも……【氷地獄】!」
茜さんが魔法を放つと、背後が完全に凍結した。その範囲に人も混ざっている。あの様子だと凍傷だけで済まないと思う。恐らくは、もう死んでいる。茜さんは、そこに何の躊躇いもなかった。倫理的には間違っているのかもしれないけど、現状だとこの躊躇いのなさが正しいのかもしれない。
茜さんが背後を向いていたタイミングで、茜さんが放った動物達を抜けてきたクライトンの仲間がいた。その人に向けて魔力弾を放つ。模擬戦と違って、一切遠慮せずに放った魔力弾は、その人の頭に命中してぐるんと真後ろに首が折れたかと思うと、そのまま吹っ飛んでいった。
(やばっ……やり過ぎた)
あれでは確実に死んでいる。背筋が凍り付くような感覚がする。これが人を殺した感覚という事なのかな。急激な吐き気もしてくる。そんな状態の私の背中を茜さんが叩く。
「水琴ちゃん、ナイス! でも、自分の魔力と師匠の魔力は使いすぎないようにね」
「は、はい」
茜さんが叩いた箇所がジンジンと痛む。でも、その痛みが私の凍り付くような感覚を和らげてくれた。
「寧音ちゃんと蒼ちゃんも私から離れないようにしながら、牽制していって。この状況を切り抜けないと危ないから」
「は、はい!」
「ん」
茜さんの誘導に従いながら、クライトンの仲間達を退けていく。後ろの方からどんどん出て来るから、最初に姿を見せたのはほんの一部だったらしい。ここまでの戦力を集めてきたという点から、余程私の事が欲しいとみえる。いや、正確には、私の中のヤツデの魔力かな。
最初よりも魔力弾に込める魔力量を落として、魔力を節約しながら無力化していく。茜さんは、一切躊躇いなく殺しているけど、私達はそうもいかない。咄嗟の事で枷が外れていたけど、殺しを意識した今では威力を抑えてしまう。
そんな中で、寧音が放った魔力弾を受けて尚、走りを止めなかった男がいた。
「うおおおおおおおおおお!!」
雄叫びを上げながら、寧音に向かって手を伸ばしている。魔法を使わずに捕まえるような動きだ。
「寧音ちゃん!」
茜さんが対応しようとしたけど、そのタイミングに限って茜さんの方に多くの人が来て、対応せざるを得なくなる。蒼も動こうとしているけど、それよりも相手の方が速い。
「【止まれ】!」
私は咄嗟に言霊を使ってしまった。男の動きはピタリと止まって、蒼が男の顎を的確に弾き気絶させた。
言霊を使った反動を覚悟したけど、反動は来なかった。相手は、そこまでの力を持っていなかったみたいだ。
「水琴……今のって……」
「それは後! 大丈夫?」
「う、うん」
そう返事をして、寧音は再び前を見た。取り敢えずは、これで大丈夫。
「茜さん。一気に車まで戻って逃げませんか?」
「それが出来たら最高だけど、敵の多さがね。一体どこからかき集めてきたのだか」
「私が一時的に動きを止めます。それで行けませんか?」
「言霊で? 危険過ぎるよ。さっきは反動無しに止められたけど、この人数に掛けたら、どうなるか分からないんだから」
「でも、危険な状況は今も変わりませんよ。やれる事をやらないと。師匠だって、戦える時間は限られているんでしょう?」
「……まぁ、そうだけど」
茜さんの心配は分かる。言霊の反動に関して、恐らく私よりも詳しく知っている筈からだ。それでも、効果があると分かり、この場から逃げ出す必要が出ている以上、使わない手はない。私だって反動が怖くないわけじゃない。身体がどうなるのか分からないし、裏世界で一人になった時の事も思い出すから。それでも、これが一番良い方法のはず。
「うぅ……分かった! ただし、私の合図でね」
「はい」
悩みながらもクライトンの仲間達を凍結させていた茜さんが頷いてくれた。
「寧音ちゃん、蒼ちゃん。水琴ちゃんに掴まってて」
そう言われて、すぐに寧音と蒼が私に掴まる。そんな場合じゃないと分かっていても、この躊躇いのなさが、少し嬉しかった。
「【氷霧世界】」
私達の周囲から先が氷で閉ざされていく。繊細なコントロールもしているらしく、車や師匠などは効果の範囲外となっている。その範囲にいたクライトンの仲間達は次々に身体を青白くさせていき、動かなくなった。
でも、魔法の効果が切れると、一気に元の温度に戻る。それを見越していたのか、範囲外にいた仲間達がわらわらと出て来た。でも、その数はかなり少なくなっている。
「水琴ちゃん!」
「【止まれ】!!」
私はクライトンの仲間達を意識しながら、思いっきり叫んだ。それによって近づいて来ようとしていた仲間達が完全に動きを止めた。同時に、喉に痛みが走った。そんな私を茜さんが抱える。
「行くよ!」
寧音と蒼は、茜さんの呼び掛けに返事をする前に従っていた。車の中に皆が乗り込んでいく。そして、エンジンを掛けながら、助手席の窓を開けていた。
「師匠!」
茜さんの呼び掛けを聞いた師匠が、クライトンを思いっきり吹き飛ばして、猫に戻った。その状態の師匠が勢いよくこっちに向かって飛んでくる。
「水琴ちゃん、受け止めて!」
言われたとおり師匠をキャッチすると、即座に車が動き出す。クライトンが起き上がる頃には、既にその場を離れていた。
「逃がしはせんぞ!!」
そんな叫び声が聞こえるけど、もう追いつけるはずもない。突然起こったピンチは、割とギリギリのところで切り抜ける事が出来た。




