第四十五話 確かな感触、一方あの頃
「阿呆め、出力調整をせずに発砲したな」
「……人を起こして第一声がそれか」
ぱちりと目を覚まし、ゆっくりと明るくなる眼前を無視しながら上体を起こす。失神から回復したばかりで視界が悪くよく見えないが、感触的に今俺がいるのは草の上。失神したのは洞窟内部だったはずだが、シーグァンによって担ぎ出されたのだろうか?
(そうだとしたら情けない話だな、魔力の使用量を見誤って気絶して……挙句女性に運ばせるなんて)
当のシーグァンは手に持った小瓶……おそらく俺に嗅がせた気付け薬であろうそれをポーチの中にしまいこみ、ゆっくりと俺の方に向き直った。何か言うことがあるようだ。
「……限界を知らずに魔力を放出して魔力切れで倒れる、なんてのは間の抜けた話だ」
「耳が痛いな」
「ただ、それで竜を仕留めたばかりかあの洞穴を崩壊させたのはある意味賞賛に値するな」
沈黙が流れる。主を失った魔力の残滓が喉奥へと入り込み、ねばつくような幻覚で上手く発語できない。
「崩壊させた……あのデカい洞窟を?俺が?」
「何を驚いている、自分のしたことくらい把握せぬか」
すっかり明瞭になった視界を背後へと向け、龍女が言うには崩れたらしいそれをひと目見ようとする。俺の目に入ったのは、実際に……跡形もなく崩れ去り岩塊と化した洞穴だった。
「まあ、大規模な破壊は小僧の性には合わんか。地形を破壊する暗殺者は暗殺者とは呼べぬものな」
シーグァンは呆れの心情を声に滲ませてはいるが、驚いている様子は露ほどもない。この破壊力、彼女の見立て通りではあるのか?
……ではどうして?シーグァンも俺の本分が教会の処刑人であることは理解している。そんな相手に広範囲殲滅の武器なんて……
「いや……広かった」
「ん?」
「力を及ぼす範囲を広くしすぎた。竜に当たった部分より周囲の地形を破壊した部分の方が大きい、無駄に魔力を消費しすぎた……」
「今回竜の頭に撃った分だけ見ても、十分に必殺の威力だと思う。範囲を狭めて精度を高めれば、先程のよりもずっと軽い魔力消費で同じ殺傷力が手に入る」
顔を伏せ自分の世界に入り込んだように考え込み、口からぶつぶつと言葉を漏らす。
「……それが分かったなら良いだろう、もう吾があれこれ口を出すことはない」
視界の端に衣服の裾を手で払い立ち上がるシーグァンの姿が見える。どうやらもう帰るようだ。今回は本当に登竜門を潜り抜けられるかどうかを見に来ただけだったらしい。
無事通過したのを見届けたからもう用は無いのだろうが……
「すまない、まだ立ち上がれなくて。拠点まで運んでくれないか」
「……小僧、あまり舐めるなよ」
◆◆◆
[ティア視点、少し過去]
アヨくんが領主に呼びつけられた。
いや、それは良い。彼だって立派な冒険者で、なおかつ対人においては右に出るものがいない処刑人だ。彼が公爵領の者にどうこうされるという心配は特にしていない。
しかし、それにも関わらず私はアヨくんを連れていった公爵の配下を尾行している。先程アヨくんは公爵の屋敷に転送された、今頃は事情説明や依頼内容なんかを伝えられているのだろう。早めに追いつかなければ。
(この土地はどうもおかしい、何か隠蔽している……いや、隠蔽しきれていないのかな?)
領地に張られた微弱な魔力の膜、街に近づくにつれ凪いでいく空気。怪しい、どうも怪しいのだ。
ここで起きている異変解決の礎にアヨくんが据えられるなんてことは何としてでも避けなければいけない。彼は私の冒険者で、私たちの家族なのだ。
ここの為政者に悪い噂は特に聞かない。何か曰くでもついていただろうか?二十数年とエルフにしてはいささか短すぎる半生で見聞きした情報をひっくり返して考える。
(黎水……は別のところか。なんだっけ、ここって確か何かの口伝詩の舞台だった気がするんだけど)
「……あ」
足を止め、周りの家屋に比べて一回り大きな建物の壁を目に止める。
そこには、いかにも民衆の好む英雄といった男と、それに相対する巨竜の様が彫られたレリーフがあった。
(そうだよ、ここって凄くベーシックな竜伝説がある所だ。英雄が竜を倒したら美しい人間に変化して、これからはこの地に尽くさせてくれって言って大団円……)
いや、特に曰くと呼べるものでも無いな。あまりにベーシックすぎて吟遊詩人にも「肉付けする前の骨子みたい」と言われるような伝説だ。世の中じゃこれは創作だってのが有力説……
「!?」
どんどんと逸れていった思考を引き戻すように、体が異変を感じ取る。
アヨくんが。
アヨくんの魔力が、何かおかしい。
揺らいでいる、いや、
(誰かに見られている……品定めされているみたいに)
魔力探知の応用で状態を覗き見ているだけなのに、ゾッとするような寒気だ。やっぱりダメじゃないかこの土地!ああもう、早く向かわないと。そう思って駆け出そうとした時。
(ヴェラの魔力も何か変なことになってるんだけど!?)
留守番をさせるからといつもより注意深くかけておいた魔力探知の魔法が、けたたましく私に告げている。あの子は今耐え難い恐怖を感じているのだと。
どうする、アヨくんもヴェラも危機的状況に……
「……いや、こういう時は子供が優先に決まってるだろ!ごめんアヨくん!」
私、ミクロサフティアはたった今歩いてきた道を全力で駆け戻って行くのだった。
里帰りするにしてももっと別の道を使えばよかった、なんて思いながら。




