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第四十三話 魔導の銃剣


見回りを終わらせ、いつものように拠点にてシーグァンの調査記録を閲覧していた頃。カンカンと階段を不規則に踏み鳴らす音が聞こえた。音の軽さからして恐らくシーグァンだろう。俺はドアに目を向け、帰ってきた彼女に労いと感謝の言葉を伝えられるように準備しておく。

ガチャリと重い扉が勢い良く開き、その向こうにいくらか艶の減った黒髪が見えた。


「喜べ小僧、吾がお前の武器を……」


急に開け放たれた扉を弱々しくくぐり、部屋に足を運んだところで彼女はぱたんと倒れてしまった。俺の準備した言葉はまだ出番がこないみたいだ。

俺は床に広がる黒髪をひと房すくい上げて埃を取る。せっかく綺麗なんだから、もう少し丁重に扱えばいいのに。思わずため息が出てしまった。


「はあ、全く……協力してくれるのは嬉しいけど、ここまで根をつめすぎないでいいのにな」


倒れたシーグァンの体を持ち上げ、ベッドまで運ぶ。俺と身長はそこまで変わらないはずなのにやたらと軽い。身体の作りが違うのだろうか?

靴を脱がせて、少し硬い寝台に横たわらせ布団をかける。これでいい……のだが。本題はこれじゃない、シーグァンが持ってきたアレ……床に転がる布にくるまった物。彼女が作ってきた武器だろうが、形状的に剣には見えない。大きさは俺が使っている長剣より少し大きいくらい。一体何なんだ?俺はそれに近付いて布を取り払ってみる。中の物に触れると、ひんやりとした感覚が指の先を伝った。


「……何だこれ?」


目に飛び込んできたのは金属製の細い筒に木製の外装があり、それに持ち手が付いたような形状。見た事のない武器だ。確かシーグァンは工房に篭もる前、魔力の弱い一族が使っていた武器を参考にする……というようなことを言っていた。ということは魔法の補助器具?流石に違うか?近接の打ち合いに使うものには見えないし、飛び道具の一種とかだろうか。

俺がシーグァンの持ってきた武器を見て頭を捻っていると、ベッドから衣擦れの音が聞こえてきた。


「それは銃という……まだ仕上げが出来ておらん、あまり弄り回すでないぞ」


振り向くと、気だるげな表情をしたシーグァンが布団にくるまってこちらを見ていた。眠たげに細められた目の下には薄く隈が浮かんでいる。


「仕上げ?」

「ああ、それに刃を取り付ける。小僧、お前の剣を使う……今までずっとお前の魔力を通してきたのだ、新しい鉄を使うよりずっと効率が良い」


彼女は覚束無い足取りで俺の前まで歩いてくる。裸足でいるせいでペタペタと間の抜けた音が鳴った。手に持った銃とやらをまた布に包んで引き渡す。剣もだ、と急かされないうちに壁に立て掛けておいた剣も投げ渡した。俺が冒険者になってからずっと使っていたそれが、今から新しいものになるのだ。


「……なあ、何か俺に出来ることはないか?流石にずっと頼り切りなのは申し訳ない」


思わず本心が零れてしまった。当のシーグァンはというと、急になんだこいつはというような顔をしている。しかし、彼女はすぐに表情を戻し顎に手を当てる。少し考えて口を開いた。


「ある。小僧、お前も工房へ来い」


◇◇◇


案内された工房は、街の外れのこじんまりとしたそこに建っていた。元々あった建物をシーグァンが好き勝手に使っているのだろう、何かの薬品や素材が棚に並べられている。


「……で、俺はこれをしろと?」

「ああ。小僧がやるべき手順だ」


手に持たされたのは重く大振りな鎚。目の前には見慣れた長剣が置かれている。砕かれるために、そこに置かれている。


「儀式的なものだ、自らの手で砕くことで新生をより意識する」

「……ああ、分かった」


俺は鎚を握る手に力を込め魔力を込める。初めて握る得物だからか魔力が充分に通らない。息をすうと吸い込み、剣の中程に重い鉄塊を振り下ろした。

パキン、と音を立ててヒビが入り、剣の薄い身が折れて砕ける。今まで俺と共にあった長剣は、あっさりと使い物にならなくなってしまった。


「良くやった。これからそれを銃に取り付ける……小僧は出ていろ」

「俺の仕事これだけなのか!?」


背中を尻尾でぐいぐいと押され、工房の外に追いやられる。背後でバタンと扉の閉まる音がした。

夜風が冷たい。頭も冷やされていくようだ。……俺の新しい武器、強くなるための切欠。武器としての性能は今までと比べ物にならないほど上だろうが、だからといってそれだけで俺が強くなれる訳では無い。より一層鍛錬に励まなければ。大切な人を守るために、その人の矛となれるように。今までの生活に報いることができるように。

ティアさんもヴェラも驚くだろうか。二人からすれば一夜の出来事なのに、俺が強くなって戻って来たら。

そこまで考えて、俺は深く溜息を吐いた。守りたい人もそう、強くなりたい理由もそう。俺は彼女たちを……心のパーソナルな部分に入れすぎているきらいがある。それの是非は、今の俺には判別がつかないが。


「小僧、仕上げが終わったぞ。ほら」


いつの間にかシーグァンが出てきている。耽っていて気が付かなかった。閉じていた目を開け、シーグァンが差し出してきた銃……俺が砕いた長剣の刃先がついたそれを受け取る。確かな重みと、職人の技がそこにはあった。


「吾特製の銃剣だ。言っておくが小僧、吾にここまでさせたのはお前で二番目だからな、分かったか」

「銃剣って……かなりそのままなネーミングだな」


それを聞いたシーグァンがムッとした雰囲気を纏う。俺は少しの苦笑をもらし、軽く頬を掻いた。


「いやごめん、先に言うのはそっちじゃないよな。ありがとう、協力してくれて」

「ふん……まあ良い、吾の好きでやっていることだ」


シーグァンは腕を組みそっぽを向いてみせる。照れている……わけでは無さそうだが、永い時を生きていると素直になるのが難しくなるんだろう。

シーグァンはそっぽを向いたまま、俺の方をちらりと盗み見る。視線は俺の脚に向いていた。


「……?何かあるのか?」

「小僧、新しい武器を試してみたいとは思わんか?」

「思うけど……今のと何か関係あるのか?」


気が付かないのか?と言わんばかりに彼女は俺のレッグポーチを指さす。指示されるがままに中身を漁ると、恐らくシーグァンが指していたもの……煌々と光る碧色の輝石が出てきた。飛来した竜に刺しておいた短剣と対応する輝石。光っているということは何かしらの異常があったということだ。


「初陣が竜退治、僥倖ではないか」


俺は輝石をぐっと握り込む。竜を相手取ったことは無いが、俺はそれを倒さねばならない。強くなるための、一つの足がかりとして。

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