第四十一話 板挟みの冒険者
修行開始から二日が経った。
分析に重きを置いてもう一度模擬戦を行い、シーグァンに俺の戦闘力に関する総評を聞いたところ。
「全体的な動きに関しては前回言った通り、ただ初手の後の立ち回りも意識するようになっているな。それ以外は……膂力は人並み以上、技術は優秀、魔力操作は……苦手なようだ」
あろうことか言葉を濁された。シーグァンってもっとズバズバ言う人だったはずなのに、気遣われてしまった。俺は本当に頭を抱えてしまった、魔力操作が苦手なのは自覚してたけど……してたけど!長年の苦手意識は一朝一夕では拭えない。処刑人になったばかりの頃、魔法を使って標的を仕留めようとしたら魔力の揺らぎを察知されて返り討ちにされた、という苦い経験がずっと底にある。ちなみにこれをシーグァンに言ったら「幼い頃の経験に縛られるな」と至極真っ当な反応を貰った。魔力量は優秀なのだからそれを使わないのは非常に勿体ない、とも。
そして時間は現在に戻る。俺たちは拠点の中で問題点を話し合い、今後の修行の方針を決めようとしていた。
「やはり魔力操作だろう、他が軒並み高水準なのにそれが足を引っ張っている」
「やっぱりそうだよな……」
俺は普段の戦い方を思い出す。剣に魔力を流し込み、相手に接触する部分に魔力を集中させて威力増強を図る、というものだ。上手くできればかなりの威力上昇が見込めるが、反射的に魔力を操作できないとキツい。この方法にもだいぶ慣れてきたが、それでもワンテンポ遅れることがままあった。そして、そのワンテンポは致命的な瑕疵になりうる。
「逆に、武器本体に魔力を流し込む仕掛けを作るとか……何だろう、指向性というか」
「……!小僧、良い案を出すではないか。ふむ、魔術式を組み込めば小僧の苦手とする中・遠距離にも対応できる、それなら……」
何やらブツブツ独り言を言い始めてしまった。よく分からないが何かしらのスイッチを押してしまったみたいだ。
数式に様々な解き方があるように、魔法にも色々な発動方法がある。魔法は学問、研究も日々なされているのだ。武器に魔法を組み込む方法も当然ある。もっとも、そんな武器の鍛造は職人の技量も多分に必要ということでかなり難しいらしいけど。シーグァンは長命故の有り余った時間から来る暇を色々な分野に手を出すことで紛らわしていたらしいし、鍛治にも心得があるのだろうか。
「旅をしていた頃、魔力の弱い一族が何やら珍妙な絡繰仕掛の武器を使っているのを見た。それを参考にしよう」
シーグァンがすっと立ち上がり、椅子の脚が床に擦れる音が部屋に響いた。表情の薄い顔には少しばかりの好奇心が浮かんでいる気がする。俺が段々シーグァンの感情表現に慣れてきたのかもしれない。
「ありがとう、ここまで親身になってくれて」
「なんだ、急に改まって……吾の意思でやっていることだ、小僧のためという訳でもない」
「はは、あの英雄に似てるのに弱いのは腹が立つ……だったっけ?」
からかうようにこの前のシーグァンの発言を掘り返してみる。あの時の、爽やかに涙を流しながら笑ってみせる彼女は綺麗だった。普段の無表情も特有のオーラがあるが、やっぱり笑顔の方が良い。顔の造形からして美人だが、さらに際立つ。
言葉を掘り返されたシーグァンは俺の発言……というか、前の彼女自身の発言を小声で否定する。
「……やはりそこまで似ていない」
「それは困るな、そしたらシーグァンが協力してくれなくなる」
何を笑っているのだ、と紙の束で軽く頭を叩かれる。俺の戦闘における癖をまとめた書類らしい、シーグァンが熱心に俺の鍛錬に付き合ってくれている証だ。頭を叩かれても、紙の重さに思いやりを感じて嬉しくなる……あ、笑ってたらちょっと引かれた。悲しい。
「とにかく、吾は工房へ向かう。しばらく戻らぬので小僧には吾の代わりに見回りをしてもらう。いいな?」
「了解」
俺の返事を聞くと、シーグァンは早速部屋を出ていってしまった。ドアの勢いよく閉まる音が人の減った部屋に鳴り響く。行動の早い人だ。
見回り、というのはいつもシーグァンがやっているあれだろう。この空間が広がるスピードを緩やかにするため、合種を見つけ次第始末しろというやつだ。正直俺はやりたくない……が、発見した合種をこっそり見逃すなんてしたら怪しまれそうだ。シーグァンには俺の雇用主が合種の研究者だという事実は伏せているし、恐らくバレたらまずい。実際合種が異変の原因かは定かではないが、シーグァンがそれらを関連付けて考えているのは事実だし、彼女がそう思っているのを俺が知っているのも事実だ。……せっかく友人になれそうなのに、立場の違いから板挟みになってしまう。それに、都合の悪い事実を伏せて接するのは単純に騙しているようで申し訳なくなる。
得体の知れない災いを防ぐためにできることをするのも、神に目を向けられなかったもの達を認めさせようと邁進するのも……本人たちはひたむきにやっていることで、そこに一片の悪意もない。でも、どっちも応援したいのは俺の都合のいいエゴだ。
(……俺、結構最低かもな)
ぼんやりと上を見ながら考える。ごちゃごちゃとした思考に疲れてぼうっとしていたら、天井の木目と目が合った気がした。




