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第四十話 友達になれたら


左手に持った長剣で尻尾の薙ぎ払いを防ぎ、急接近してきたのを身を翻して躱す。かわした先は相手の背後、良いポジションだ。右手に持った短剣、その刺突刃で頸動脈を狙う。あと数ミリで首筋に触れるというその時、足を踏みつけられた。気を取られた隙に足払いを掛けられ、俺はバランスを崩す。

木の幹に背を打ち付けた俺の目の前に、鋭い爪を突きつけられる。王手だ。


「速いが鈍い。奇襲に頼りすぎているせいでその後が疎かになっている」


急に戦いたいと言い出したシーグァンに無理やり付き合わされ、監視塔近くの開けた地で模擬戦をした。奇襲に頼りすぎ、それがシーグァンが俺にくだした評価だった。言われずとも分かる、初撃は良かったがその後はずっと後手に回されていた。


「……教会の暗殺術というのは分かる。対只人なら無類の強さを発揮する凶悪なものだ」


シーグァンは手を降ろし、爪を元に戻す。尻尾もいつの間にか消えていた。

悔しい。正面切っての戦いという不利な場だから仕方ない、と自分を慰めることだってできる。でもそんなことはしたくない。ただ、ただ自分の無力を実感する。魔人戦の時だって結局俺はそこまで役に立てなかった。表にこそ出していなかったが、俺はそれをずっと気にしている。いつか何かが起きたとき、俺は本当に大切な人達を守れるのかと。このまま弱いままでいいのか?


「まあ、付き合ってくれて感謝する。お陰で発散出来た」

「稽古をつけてくれないか」

「……?」


背を向け監視塔に戻ろうとしていたシーグァンを呼び止める。俺の唐突な発言に、シーグァンは不思議そうな顔をしていた。ああ、彼女は生まれつきの強者だ。今ばかりはそれが羨ましくて仕方がない。


「シーグァン、お前と戦って実感した。俺は弱い」

「……只人の脆弱な身と考えれば、むしろよくやっている方だ」

「違う!!」


思ったよりも大きい声が出てしまった。違う、違うんだ。只人にしては、とか短命にしては、とかそんな評価が欲しいんじゃない。実戦になればそんな言い訳や慰めの価値はちり紙よりずっと軽くなる。


「……聞かせて欲しい。お前が戦ってきた相手の中で俺を位置付けるとしたら、何番目になる」


シーグァンは無言で指を折る。過去を思い出しているんだろう。片手がすぐに埋まり、もう片方も次々に折られていく。シーグァンは数千年を反芻し終えると、ゆっくりと口を開いた。


「明確には分からんが、少なくとも70……より下だな」

「……驚いた、てっきり軽く三桁は行くかと」

「吾は元来争いを好む性分ではない。この順位付けも参考にはならん」


俺は左手に持っていた長剣を鞘に収める。鋭い金属の音が夜の静けさを邪魔した。


「時間は有り余ってるんだ、俺がここを出ていくまでに……そうだな、両手に収まるくらいになりたい」

「大それたことを……小僧、お前はどのような強さを求める?守る力、壊す力、一口に強さと言っても目的地には着かんぞ」

「俺は……」


思わず口ごもる。ただ漠然と力を渇望しているばかりでは、何も成せない。欲望は形を整えて初めて姿を現すのだ。俺は脳内で、言葉が出る前の喉元で、欲望の形を抜いた。


「……大切な人達を脅かす敵が居たとして、そういう奴らを余さず打ち倒せるような強さが欲しい」


シーグァンは俺の言葉を聞き、軽く眉根を上げる。


「ふむ……良かろう、気に入った。時が来るまで鍛えてやる。稽古は明日からだ」


真っ白な尾が視界の縁を掠めた……と思ったら、体に巻き付けられ持ち上げられる。こんなことも出来るのか、と素直に感心した。


「っていや……子供扱いするな、一人で歩ける!」

「只人は油断するとすぐ体を壊す。吾なりの気遣いだ」

「絶妙に断りづらくなる言い方にするのやめてくれるか?」


尻尾でぐるぐると巻かれたまま運搬されるという、傍から見たらかなり間抜けな絵面で監視塔までの帰路につく。シーグァンがこういう……只人を異様に気遣う行動をするのは元々少しズレてるのもあるんだろうけど、一番大きいのは只人である旧友の死を見届けたという出来事だろう。……あの話がどこまで本当かは見当がつかないけど。


「一つ問おう。小僧の言う大切な人とやらは十中八九先程言っていた雇い主のことだろうが、何故そこまで肩入れしているのだ?」

「何故って……」


俺はティアさんの顔を思い出す。この空間の外、表の世界で帰りを待っている俺の雇用主。クールそうに見えて表情豊かで、面倒見が良くて、頭が良いはずなのにどこか抜けてる人。


「さっきのお前の昔話と同じだよ。情があって生活を共にするんじゃなくて、生活があって情が芽生える……って言ってたろ」

「そうか、同じか。吾と小僧は案外話が合うかもしれんな」


シーグァンの声には、懐かしさと僅かな喜びが滲んでいた。俺は先程のシーグァンの昔話に関してはダイスロールを外したという前提で考えていたのだが、今までの様子から考えるに意外と36分の1を当てていたのかもしれない。だとしたら……と思い、俺は口を開く。会話の流れには合わないかもしれないけど、言いたくなってしまったから。


「なあシーグァン、友達にならないか?」


シーグァンは緩やかな歩みを止めて、驚いたように俺の方を向いた。驚きから目がいつもより開いていたが、俺の顔を見てすぐに戻ってしまう。というか、吹き出された。人の顔を見て笑うのはちょっとやめてほしい。


「っふふ……吾とあやつの真似か?シチュエーションが真逆じゃないか」

「只人の男と龍が戦って、負けた方が友達になりたがったってとこまでは同じだ」

「そこしか合っていないではないか」


シーグァンはくすくすと笑い声をあげる。なんだ、意外と可愛げがあるじゃないか。普段からあんな無表情にしているんじゃなくて、もっと笑えばいいのに。


「あと、さっきから何か言いたそうにしてるのに全然言い出してこない。俺から発破をかけるしかないだろ」

「見抜かれていたか、適わんな……謝罪をしたかったのだ。攫ってきてすまなかったと」


事の経緯を話す中で、シーグァンは贄を使ったり他人を巻き込んだりするのは本意では無かったと語っていた。まず最初に犠牲にする人間に自分を選んでいたこともあるし、根は良い人なんだろう。ただ、思い出を壊されることを恐れただけで。


「何も言わずに試したのはかなり駄目だと思うけど……まあいい。俺も商人たちも結局死んでないしな」


そうこう言っているうちに監視塔が近くに見えてきた。俺は体に巻かれた尻尾を剥がして、自分の足で地面を歩く。歩く速度を落としたシーグァンを追い越して、塔の扉を開けた。先に戻ってるからな、と言おうとしてシーグァンの方を振り返りぎょっとする。


「……泣いてるのか?」

「泣いている?吾がか?」


シーグァンは自身の顔をぺたぺたと触り、涙の有無を確かめる。疑問に答えるように、彼女の手は控えめに、それでいてしっかりと濡れた。


「小僧があの男のようなことを言うからだ、感傷に浸ってしまったではないか」


なんだか少し心配になり、シーグァンの傍に近寄る。涙を拭くための清潔なハンカチを探して自分のポケットをまさぐっていると、不意に尻尾で脚を軽く打たれた。何するんだ!と反抗の声をあげようとしたが、顔を見たらそんな言葉は喉から消えてしまった。

涙はまだ少し流れているが、泣き顔ではなく晴れやかな表情になっている。とは言っても、やっぱり表情筋はあまり仕事をしていないけど。


「あやつに似ているのに弱いのは腹が立つ。小僧、帰るまでみっちりしごいてやるから覚悟しておけ」


ビシッと俺を指さし、言い終えるとつかつかと塔の中に戻って行ってしまう。見えなくなっていく背中の方を見て、俺は安心とも呆れともつかない微妙な表情になった。

いつ帰れるかすら分からない異空間、唯一の同居人との関係は……第一印象が最悪にしては、良い滑り出しだ。きっと、多分。

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