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第三十九話 龍の往昔


人の形をした龍は、この世に飽いていた。


面白いと思ったことがあってもすぐ終わってしまうし、面白いと思った人間がいてもすぐ死ぬ。長命とそれに伴う致命的な世界とのズレは、毒のようにじわじわと龍を蝕んだ。

同胞が傍にいればまた違ったかもしれない。しかし、その龍が幼子だったときにはとっくに同胞は数を減らしていた。森に隠れ住む耳長や繁殖力が強くすぐ増える只人たちとの宗教的な対立、そこから起こった争いが原因で。


龍は少しでも暇を紛らわすため、世界を旅した。色々な人間と触れ合い様々な出来事を目にしたが、結局短命の者と真に分かり合えるなんてことはなかった。同じく長命種である耳長と友好関係を築こうかとも考えたが、彼らとは成り立ちからして相容れない。元々は只人より儚い命の種族だったのだ、今は長寿を手に入れているとはいえ本能的に感覚が違うこともある。

龍は、己の傍に立つ理解者を求めていた。たとえそれが蜃気楼を掴もうとするような真似だと分かっていても。



その時も、龍は微かな希望を持ってその地に降り立った。魔物との争いがずっと続く、血の染み込んだ土地。

……そう聞いていた龍は、そこに訪れてみて驚いた。皆、希望を絶やしていない。熾烈な争いが起こり、魔物が人間を害さんと日々襲いかかってきているのに。

不思議に思った龍は、人間に擬態しその土地で暮らしてみることにした。

そして、すぐに民衆の笑顔の理由を知ることになる。


その地には英雄がいた。いついかなる時も人々に希望を持たせる、圧倒的な英雄が。男からも女からも子供からも、皆から好かれている良い人間がいたのだ。戦場に出れば敵を薙ぎ払い、町に居れば子供たちの良き遊び相手となる。その男がいるだけで、人々は明日が明るいものだと思えていた。

龍はその男に興味を持った。只人の身でありながら何故そこまで力を持ち、人を惹きつけ、輝いているのか。龍はその理由を知りたくて仕方なかった。


初めはそれとなく、末端の兵として戦場に出てみた。敵に相対する一兵士としての身分から見たその男は、人を脅かす魔物を打ち砕く正真正銘の勇者だった。

次には、か弱い町民として道を歩いてみた。争いを知らぬ一民衆としての身分から見たその男は、顔も名も知らぬ相手に甲斐甲斐しく町を案内する親切な人間だった。

最後に、町を侵略する悪しき竜として男と戦ってみた。打ち倒されるべき強大な邪悪としての身分から見たその男は、守るべき人々の想いを背に竜の身体を穿つ素晴らしき英雄だった。


龍は負けた。元々町を本気で滅ぼす気は微塵もなかったが、まあとにかく負けたのだ。只人に負けるなんて初めてだった。心臓というのがこんなにも速く鳴る臓器だったなんて知らなかった。

龍は己の本当の身分を明かし、邪竜として町を侵そうとしたことへの謝罪をした。それから、男の傍にいさせて欲しいという少々不躾な要求も。

男はあっさりと謝罪を受け入れ、龍の要求も承諾した。結局町にもそこに住む人々にも被害は一切無かったし、久々に本気で戦えて嬉しかった……などという、お人好しすぎる言葉と共に。


それからは、孤独が龍を蝕むことはなくなった。横にはいつも頼もしい相棒である男が居たし、町の人々もそんな二人を戦場の双璧として信頼してくれた。龍がズレた言動をとっても、それも愛嬌だと笑い飛ばしてくれた。疑いようもなく、それは暖かな時間だった。

しかし、龍は理解していた。いくら今が楽しくとも、抗えぬ寿命の差というのは存在する。いつかは終わりが来てしまうのだ。毎夜横で呑気に寝顔を晒すこの英雄も、少しすれば物言わぬ骸になってしまう。それが堪らなく恐ろしかった。

龍は、自分がそんなことを思ったことに驚いた。確かにこの男が興味深いとは感じていたが、ここまで入れ込んでいるなんて自覚していなかったからだ。いつの間にか、男は龍の孤独を埋めるどころか、いつか耐えきれぬ孤独をもたらす時限爆弾になっていた。

初めに情があって次に生活が来るのではなく、まず共に生活をしてそこから無視できない情が芽生える。龍は英雄と生活を共にしすぎてしまったのだ。


「……只人というのは儚いな、出会った頃は若々しい好青年だったのに。顔に皺ができているぞ」

「はは、でもシーグァンはどんな俺でも好きだろ?お前は変わらないな、ずっと綺麗だ。髪も手入れを欠かさないし」

「何を言う、お主が褒めたから良く手入れしているのだぞ」


龍は揺らいでいた。生活を手放したくなかった。これから生きる永い時を、目の前の男なしで過ごすのかと思うと目眩がした。


「……なあ、もし……もしだ。長命が手に入るものだとして、お主はそれを求めるか?」

「いらないな。シーグァンと共に居られないのは物寂しいが……俺は只人としての生に誇りを持って死にたいんだ」

「…………そうか。良いのだ、吾は誇り高い英雄としてのそなたも好きだぞ」


どうやったって、生きている限り死は襲い来る。それはどうしようもなく辛かったが、龍は男の尊厳を、生を辱める気も湧かなかった。共にいたいというエゴよりも、誇りを持って死にたいという男の願いを優先したかったから。



英雄は、自らの人生の上に築かれた平和の中で命の幕を閉じた。龍は最後まで傍にいた。看取る責任が、生活の名残が、そこにあったのだ。

棺に納める前にそっと男の亡骸を抱き寄せ、骸に滞留した魔力を取り込んだ。龍の同胞の間に伝わる弔いの方法である。死後肉体に縛られることがないよう、残った魔力を死者と最も親密な関係にあった者が吸収するのだ。


葬式の一部始終を見届けたあと。龍は短い間住んだその土地を離れた。もっとも、時間と思い入れは比例ではないようで今までで一番龍の心に痕をつけた土地となったが。

また旅をすることとなる。しかし、今度は理解者を求めることはなかった。もう一番大切な人間を見つけたから。



世界を巡り続け、長い月日が流れた。暇というのは恐ろしいもので、魔導具の類には興味が無かったのにも関わらず器具をいじり回している。通常ならば念じることによりどんな場所にでも通じるという転移の術が不要になりそうな代物なのだが、どうにかして改造出来ないものかと試行錯誤していた。


「……ん?」


いつの間にか転移していたのは、最近初めて発生した魔物……魔人と呼ばれるそれが出現し、討伐された土地。いつかの龍が英雄と共に過ごした地、現代の公爵領である。

感傷に浸る間もなく異常だと気が付いた。人間が一人もいない。もう一度転移の魔導具を使い、近頃拠点にしている国へと飛べと念じると、何事も無かったかのように家へと戻ってくる。


しかし、異常はまた起こる。窓を開け空を見上げたそのとき、龍の目にひび割れが写った。何か、確実に何かがおかしい。龍は先程の状況を再現し、またあのおかしな空間へと戻る。空のひび割れは幻覚かと思いポーションを飲んでみたが全く効かなかった。あの空間は何なんだ?何故あの土地なんだ?

調べてみて分かったことは三つ。一つはこの異空間は現実世界の精巧な写しらしいということ、二つ目はこの空間は小さく、街とその外れにある森の途中までしか存在しないということ。そして三つ目は、この訳の分からない異空間はゆっくりと、しかし確実に広がっているということ。


意味がわからなかった。理解しがたかった。同胞たちの間に伝わる寓話を思い出した。その通りのことが起こるとまでは思わなかったが、良くない予感がした。魔導具が悪影響を与えたのかと思い調べるも、何も無い。あの空間が発生した原因さえ分からない。

何か出来ることは無いかと思って、異空間の中に湧き続ける悪いものを殺した。空間が広がるスピードは落ちたが、閉じていくことは無かった。


成果の無いまま、一人で抱え込んだまま、500年近く経った。色々な文献を手当り次第に読み漁ったがこんな現象に関係する文章は見当たらない。しかも、ここ20年ほどで空間が広がる速度が上がり続けている。

英雄と共に過ごした黄金の日々が、あの思い出の地がなにか良くないものに脅かされるのが怖かった。この地を中心として、空間は日々広がっている。とても、とても悪い予感がして恐ろしかった。


したくはなかったが、強硬手段に出ることにした。

自分……だけでは足りないので、適当な人間も贄にして内側から空間ごと消し去る。あの土地の人間を傷つけたくは無いので部外者の商人たちを攫った。この件にあの地の者たちを巻き込まないよう、妨害と防御のための結界まで張った。


「……だがまあ、結果は失敗だ。吾には出来なかった」


龍は昔話、それから最近の身の上話を語り終え、目の前に座る男に目線を戻す。あの英雄には似ても似つかないが、見ていると少し懐かしくなる不思議な男だ。


「……感想のひとつやふたつ言ってみたらどうだ。お望み通り話してやったんだぞ」


◇◇◇

(アヨ視点)


シーグァンは話をやめ、こちらに感想を要求してくる。か、感想……?なんて言うのが正解なんだ……?


「その……なんと言うか、この領地を守りたくてやってたことだったんだな。お前の言う英雄も……良い人だったんだろうなって伝わってきた」


そう言うと、シーグァンは少し嬉しそうな表情をした。この人、自分の好きな人を褒められるのが好きなタイプか。


(思った以上に色々話してくれたな……公爵領って始まりの魔人が発生した土地だったのか)


もしかしたらと思っていたが、この件には魔人も関係があるのかもしれない。この異空間と魔人はほぼ同時期、同じ場所に発生している。関連がない方が変だ。でもどういう関係なんだろう。情報のピースがまだ足りなくて踏み入ることができない。第一、これが全部本当の情報かは分からない。36分の1を当てていることか前提だ。いや、外れていたとしてあの下りはシーグァンからすれば重要ではないのだ。わざわざそこに嘘を仕込むとは考えがたい。

俺が頭を悩ませていると、シーグァンがおもむろに口を開いた。少し嫌な予感がする。


「久しぶりにあの男の話をしたら戦いたくなってきた。小僧、相手をしろ」

「…………はあ!?」

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