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第三十八話 暇人達の賽子遊び


「おい小僧、起きろ。もう9時間も寝ているぞ」

「…………?ティアさん、まだ夜……」

「誰と間違えている?吾だ、シーグァンだ。起きろ」


頬を何か質量のあるもので叩かれて飛び起きる。

……そうだ、俺はこの異空間に閉じ込められているんだった。9時間も寝ていたと言われたが、外は依然として暗いまま。本当に時間感覚がおかしくなりそうだ。

うっすらと痛む頬を手で押えながら横を見る。シーグァンが茶の入ったカップを傾けながら立っていた。俺はさっき何に叩かれたんだ?と思い視線を落とすと……


「尻尾」

「尻尾がなんだ、もう一度叩かれたいか」


シーグァンはすっと目を細め、純白のしなやかな尻尾を動かして見せた。鱗がきらりと光を反射していて綺麗だ。

叩かれるのはごめんなので起き上がり布団を片付ける。もう一度シーグァンの方を見ると尻尾はもう無くなっていた。出し入れができる……のか?幻影の類には見えなかったが。


「吾は見回りに行く。小僧は……好きにしていろ」


そう言ってスタスタと歩いていってしまった。好きにしていろと言われてもな。俺は一人取り残されて一気にがらんとした部屋を見回す。生活感のあまりない、整えられた部屋だ。簡単な調理場もあるが触れられた痕跡は無いし、そもそもベッド以外まともに使われていない気がする。なんだか勿体ない。

そこで俺は違和感に気付く。そういえば、腹が減っていない。喉も渇いていない。ここに来てから一度も飲み食いしていないのに。もしかしてこの空間に居ると腹が減らなくなるのか?だとしたらシーグァンがキッチンを使っていないのにも納得がいく。


(さっき茶を飲んでたけど……あれはただの嗜好品か)


棚に茶葉が置かれているのを見つけ、瓶を手に取ってみる。見たことの無い種類だ。まあ、俺は茶に詳しいわけではないけど。

よく考えなくても今俺がやってるのって異性の部屋を漁る行為では……?と思い至り、そっと茶葉の瓶を棚に戻す。シーグァンはそういうのを気にするタイプには見えないが、流石に罪悪感が勝った。仕事で調査を引き受ける時なんかは全く気にならないのにプライベートだと急に気になってくる、不思議だ。


(やることがない)


本当に何も無くなってしまった。鍛錬でもするか、と剣を持ち外に出る。時間が有り余っているということは、言い換えれば気が済むまで自己研鑽できるということだ。


◇◇◇


無心で剣を振り続ける。時間が夜に固定されているお陰で空気がずっと冷えているのがありがたかった。


「……小僧か。鍛錬とは良い心掛けだ」


声をかけられ振り返る。見回りから帰ってきたのであろうシーグァンがこちらに歩いてきていた。服に所々返り血が着いているのが見える。


「ずっと思ってたんだが、小僧呼びはやめてくれないか。そんな年齢じゃない」

「そう言っても吾はお前の名前も知らん」


確かに、色々ごたついていて自己紹介の暇も無かった。第一印象が最悪なので名前を明かしたくなかった気持ちもあったが。無理やり生贄にしてくる奴に名前なんて言ったら悪用されそうな気がするが……贄にしようという意思は現時点で無くなったようだし、まあいい……のか?

塔の中に入っていったシーグァンの後を追い、俺も部屋へ戻ろうとする。部屋に入る前に汗をどうにかしろと言われたので、シーグァンに倣って簡単な水魔法で体を清めた。


「で、自己紹介か。俺の名前は……」

「そう急ぐな。何の捻りもないのはつまらん」


部屋に戻り、改めて自己紹介をしようとすると遮られる。自己紹介に面白みも何も無いだろと言おうとしたが飲み込んでおいた。


「賽を振って決めよう。指定された出目が出れば真実を話す、それ以外なら嘘を交ぜる。出目は話をする本人しか確認できない」

「……それ、いくらでも不正できないか?」

「推奨はしないが、それを含めての遊びだろう」


シーグァンがサイコロを手渡してくる。顎に手を当て考える素振りをした後、口を開いた。


「小僧の名前と性別、年齢を教えろ。これくらいの情報なら……そうだな、4以下だ」


それを聞き、俺はシーグァンに見えないようにサイコロを振る。出目は6。3分の2、しかも初っ端から外すなんてシーグァンはツイてないな。出目が外れたので俺は嘘を交えて話せばいいのか。


「俺はアラン・マクレーン。性別は男、年齢は25だ」


流石に性別は嘘の付きようがないので真実を話す。全部嘘でなければいけないというルールでもないのでまあいいだろう。


「ふむ……では小僧、お前が質問する番だ」

「自己紹介したのにまだ小僧呼びじゃないか。じゃあ俺も名前……はもう知ってるから、性別と年齢、あと種族を教えてくれ。出目は3以下だ」


向かいの席に座るシーグァンにサイコロを渡す。サイコロの転がる音が鳴り、シーグァンが話し始める。


「吾の種族か……人龍と呼ばれている。性別は男、年齢は幾つだったか。歳を数える風習が無かったものでな……4000程はあると思う」


……シーグァンのことを3分の2を外すなんてツイてないって言ったけど、俺も2分の1を外したな。どう見たって男ではないだろう……ないよな?骨格もそんな感じじゃないし。これ、互いに情報を得られてないじゃないか!それともこのモヤモヤ感含めて楽しめということか。


「吾の番だ。小僧が起きる時に吾と誰かを間違えただろう、ティアと言ったか……それは誰だ?出目はそうだな、3以下でどうだ」

「3は多い、2だ」

「構わない」


ダイスロール。出目は1、運がいい。ティアさんについてか……どこまで話すべきだろう?慎重に言葉を考える。


「俺の雇用主の女性だ、一緒に住んでる。あと魔物の研究をしてて魔法も上手い」


嘘はついていない。シーグァンは合種に対して忌避感を抱いているようだし、不用意に合種について話したくないのだ。合種を神に認めさせるために東奔西走してるなんて言ったらめちゃくちゃ怒られそうな気がする。


「25で異性と共に暮らすなど……只人というのは随分ませているな」

「だから子供じゃないって!言っておくが只人の成人は18だからな」


今までで一番驚いたような顔をする。長命種族からしたらそりゃびっくりだろうけど、只人からすれば物凄く不思議な感覚だ。俺からすれば4000年も生きてる方が変な感じがする。


「じゃあ次は俺か。うーん……元の世界の方で公爵領、特に街に微弱な結界が張ってあった。あれはお前の仕業か?違ったとして何か知ってることは?」

「出目の指定は」

「3以下だ」


サイコロを振る音だけが響く。シーグァンは一瞬視線を落として出目を確認し、俺の顔をじっと見つめた。緊張感が出て、思わず唾をごくりと飲み込む。


「吾の張った結界で間違いない。あの土地を守るため恣意的に行ったことだ」

「……理由も教えて欲しい」

「ふむ、難しい要求だ。これでどちらも1が出たら教えてやらなくもない」


シーグァンは棚に手を伸ばし、もう一つのサイコロを手に取る。カラカラと軽快な音が鳴り、ダイスロールの結果が出る。36分の1、希望は薄くとも無いわけじゃない。


少しの沈黙。

そして、彼女は珍しく柔らかな表情で、過去を懐かしむように話し始めた。

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