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第三十七話 動かない月の下


俺がこの異空間に引きずり込まれてから、かれこれ4時間ほどが経過した。それで気付いたことが一つある。

空がずっと暗いままなのだ。月は沈まないし、日が昇ってくる様子も見られない。時間の流れがおかしいのだろうか?ずっとここにいたら感覚が狂いそうだ。

シーグァンはいつ起きるか分からないし、とりあえずの目標は現在街で過ごしているという隊商にコンタクトを取ること。そもそも、俺がここに来たのは失踪事件を調べるためなのだ。

シーグァンがまだ寝ていることを確かめ、そっと外へ出る。簡単な脚力強化の魔法を唱え、俺は走り出した。


「人の気配は……こっちからか」


探知魔法で探るように気配を辿っていくと、大きな宿屋の前に着く。宿屋数軒、恐らくどれも満室。やたら静かなのが気になるが、とりあえず入ってみなくては。


「公爵の依頼で来たアヨ・スローンだ。ここに居る人間を連れ戻……」


扉を開けながら広範囲に響くような大声で言う。しかし、すぐに異質さに気が付いた。全員寝ているのだ。受付前の長椅子に寝かされている者や、一人用の客室のベッドに複数人で置かれている者。とても自ら寝床を選んだとは思えない。他にも宿はあるんだから、態々すし詰めになる理由は無い。それに、皆不自然な程に魔力が凪いでいる。


「……良かった、寝てるだけか」


ここに引きずり込まれた際に、シーグァンから「お前はここでも起きていられるのか」というようなことを言われたのを思い出す。もしかして普通はこの人達みたいになるってことか?ここで生活しているらしいと聞いてもう少し活気ある様子を想像していたが、現実は厳しいらしい。


「この状態は……『生活してる』とは言わないだろ」


つくづく、シーグァンは人と感覚が合わないようだ。

起きているものが居ないか一部屋ずつ確認してみたのだが、結局一人残らず寝ていた。死亡者が居なかったのは喜ばしいが、この状況が良いものなのかは分からない。失踪した商人たちが無事なのは良いが、俺はこの空間を出る手立てを知らないのだ。元々シーグァンは商人たちを贄にしようと思って攫ってきた訳だし、脱出に協力してくれるとも思い難い。話が通じそうな雰囲気ではあるので当たって砕けてみるしかないか?

いやでも、慎重に動いた方がいいか。俺は孤立無援だし、もしシーグァンを怒らせて殺されるなんてことがあれば最悪だ。


「はあ……」


寝かされていた商人の人数や状態などのメモを書く手が止まる。思わず、深いため息が出た。

もしかしなくてもこれは詰みというやつではなかろうか。そもそも俺だって贄として連れてこられたんだから、俺一人脱出できるかどうかすら怪しい。焦らずにちゃんと準備してから来るべきだった。せめて外に連絡を取れるもの位あれば良かったのだが。


「……いや、ウジウジしてても仕方がない」


俺は立ち上がる。できることをやらねばいけないのだ。今までの俺はアドウェールの後継人だったりティアさんの雇われだったりと、人の下についてばかりだった。無意識のうちに指示待ちの悪癖がついてしまっていたのかもしれない。そうだよ、今回は俺が成長する良い機会じゃないか。

メモを書き終え、俺はまた監視塔へと急ぐ。シーグァンが既に起きているなら都合が良いし、まだ寝ているなら部屋にある手がかりか何かを探せば良い。


早足で道を駆けていると、魔物の鳴き声が耳を突いた。ここにも魔物が居るのかと思いつつ鳴き声の方に目を凝らす。


(大蜥蜴……いや、魔力からして何かの合種か?)


幸いにも向こうはこちらに気が付いていないようなので、そのまま駆け抜ける。魔物も生態系の一部だし、無闇矢鱈に殺すのは良くない。この空間に通常の生態系が築かれているのかは知らないが。

監視塔のシーグァンの私室へと戻る。ちょうどシーグァンの起きるタイミングにかち合ったようだ。


「小僧、外へ出ていたのか。何か異変はあったか」

「特に何も無い。商人たちが一人も起きてなかったのには驚いた」


シーグァンはつかつかと俺の前に歩み寄り、すんすんと匂いを嗅ぐ。何をされてるんだこれは。


「何も無い?嘘をつくな、()()()……穢らわしい臭いがする」


シーグァンは顔を顰め、俺の横を通り過ぎて部屋を出ていった。二番目?穢らわしい臭いって何だ?俺も真似して自分の服を嗅いでみたが、よく分からなかった。

俺は椅子に腰掛け考え込む。シーグァンは意味深な事ばかり言っていてよく分からないし、そもそもよく考えずとも今の状況は自分を贄にしようと攫ってきた犯人と一つ屋根の下という意味の分からないシチュエーションである。いくら相手の見た目が良くても全く嬉しくない。最近はこういうのばっかりだ、俺ってもう人生の幸運の総量0なのかな。

……とりあえず、商人たちの無事が分かった今。やるべき事は外に連絡を取る手段を探すか、もしくはシーグァンを説得して解放してもらうか。できるなら後者の方が良いだろう。秘密裏に脱出したとして、シーグァンが逃走した贄の代わりを探して更に被害者が増えるのが目に見えてる。


(……ティアさんとヴェラ、今頃どうしてるんだろう)


そもそも外は今どれくらい時間が経ったんだろう。ここは天体の位置が変わらないせいで時間感覚が狂ってしまう。

頬杖をついて虚空を見つめていると、不意に音を立ててドアが開かれた。シーグァンが帰ってきたらしい。


「どうしたんだ、その手」

「返り血」


シーグァンの手先にはべったりと血が着いていた。どこかで見たような魔力……あ、さっきの大蜥蜴みたいな合種か。

俺が一人で納得していると、シーグァンは水の魔法を唱えて空中に水の塊を生み出す。その中に手を突っ込んで洗浄していた。シャワー室が無いと思ってたらそういう感じだったのか。


「ああいった手合いを見つけたら容赦するな、殺せ」

「放っておくと何か不都合でもあるのか」

「あれは穢れている。陰陽の陰、祝福の二番目だ」

「随分と詳しく知ってるみたいだな」


合種に祝福。これは俺達も最近気になっているものだ。まさかここでこの言葉にかち合うとは思っていなかったが。


「知識として知っている訳では無い。ただ、とても悪いものの臭いがする」

「はあ……穴を塞ぐって言ってたのもそうだけど、お前は行動力に対して理由がこう……ふわっとしている」

「そうか、しかし吾は吾の直観を信じている」


なんだか微妙に会話になっていない気がする。ティアさんも大概我が道を行くタイプの人だけど、それでも恋しい。慣れたコミュニケーションって本当に楽だったんだなと再認識させられた。


「小僧、お前もそろそろ寝ろ。短命の者は生活を規則付けないとすぐ死ぬのだろう」


遠い目をしていると、シーグァンがいつの間にか床に敷いていた布団に押し込まれる。この人、力が強い。


「お前……お前はマイペースすぎる!俺が言ったらダメだろうけど、俺を贄にしてこの空間を閉じるんじゃなかったのか!?」


そう叫ぶと、シーグァンは呆気に取られたような顔をした。表情筋は動いていないので、あくまで雰囲気の話だけど。


「何を言う。もう試した」

「もう試した!?!?」

「やはり上手く行かなくてな、贄が正常に死にすらせん。悔しいが閉じることなど以ての外だろう」


少しも表情を変えずに衝撃の事実を発する。協力的な態度を見せたと思えば何も言わずに行動する、本当に……本当に何なんだこの人!?長命種族と接したことも何回かあるけど、ここまで感覚のズレを感じたことは無かった。


「というか……無理だって分かったなら解放してくれないか?俺やあの商人たちは自力で脱出できないんだ」

「無理だ。吾はここで生活こそしているが、ここが吾の領域という訳では無い。入れることは容易だが出すのは不得手だ」


なんと言うか、もう目眩がしてきた。


「そう顔色を悪くするな。機運というものがあるだろう、時が来れば外へ出す」

「……俺にはあまり時間が無いんだ」

「案ずるな、外の時間は少ししか進まん。只人からしても全く取るに足らん時間だ」


シーグァンはその後に、ここでの体感時間がどうなるかは知らんが、と付け足した。

……勿論朗報ではある。懸念していた事項が急に解決したのだ。外に出られることになったし、外との時間差も問題ないと確認できた。でも何か、何か引っかかるのだ。杞憂だったら良いのだが。


「短命の者は暇でも死ぬと聞いた」

「只人も流石にそこまでヤワな生き物じゃない」

「……そうか、なら良いのだ」


その時のシーグァンの表情は、どこか寂しげに見えた……多分俺の見間違いだろう。

疲れや安堵がのしかかってきて、急に睡魔が襲ってくる。いつ殺されるか分からない状況から脱せたのも大きい。俺はシーグァンが敷いた布団に潜り込む。シーグァンの方を見ると、やはりか……とでも言いたげなドヤ顔をしている気がした。やっぱりさっきの顔は俺の幻覚で間違いないだろうな。


「すまない、先に寝る」

「謝るな、子供は寝るのが仕事だ」


またもや少しズレたシーグァンの発言に突っ込もうとしたが、もうそんな体力も残っていなかった。俺は目を瞑り、慣れない布団で体を休めた。


「………………」

「どうした、早く寝ないか」


……前言撤回、シーグァンがやたら見てくるので全く休まらなかった。

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