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第三十六話 ひび割れた空の中


乱雑に放り投げられ、背中が打ち付けられる。肺が押されて喉を空気が通り抜けていく中、俺を放り投げた当人は呑気に手の埃を払っていた。


(一体ここはどこなんだ……?)


未だ俺に反応してこない犯人を警戒しつつ、辺りを見渡す。転送魔法と少し似たような独特な感覚がした……が、特に変わった様子はない。道の風景も、遠くに見える街も同じ。

──いや、違う。確実に、これだけは。


(人の気配が無い!)


慣れない探知魔法を駆使して周囲を探してみるも、人の気配がどこにもない。ここに居るのは恐らく、目の前の人物と俺だけ。一体何が起こっているんだ?


「……驚いた、お前はここでも起きていられるのか」


滑らかな長い黒髪のその人は俺に目線を向けて、あまり感情の感じられない顔でそう言った。どうやらこの場所は尋常ではない所らしい。


「お前の目的は何だ」

「……(われ)は…………」


相手はそのまま言葉を続けることなく、直接的な否定を寄越してくる。


「……お前に言う必要があるのか?」


そのまま踵を返し、スタスタと歩いていってしまう。どういうことだ?自分のテリトリーに引きずり込んでおきながら、直接的な害意は見えない。意図が読めないせいでこちらもアクションを起こしがたいのが困る。


(……着いていくしかないか)


隠密などはせず、普通に道を走るように足音を立てる。現時点で敵意がある訳では無いという、ささやかな意思表示として。

しばらく走ると、監視塔……森を見張るようにそびえ立つその建物に着いた。


「なぜ着いてくる」

「なんでって……こんなところで放置される訳にもいかないだろ」


相手は顎に手を当て、一瞬考える素振りをした。その後監視塔の扉を開け、入れと示してくる。中は螺旋階段になっており、上階までに結構な距離があった。俺は階段を上りながら、先行する相手に問いかける。


「色々聞きたいことがあるんだが」

「そうか、吾はお前と話す用はない」


……何なんだこいつ。いや、腹を立ててはいけない。こういう時こそ平常心が大切だ。


「隊商の失踪事件もお前が犯人なのか?なんの目的があってこんなことしてるんだ?」

「…………只人というものは本当にせっかちだな、そう急ぐ必要も無かろうに」


口振りからして長命種族か、これは骨が折れそうな相手だ。耳……は尖っていないしエルフではないだろう、背が高いし多分ドワーフでもない。メジャーな長命種族はこの二つだがどちらにも見えない、他の少数民族か何かだろうか。伝承だと竜の血が混じった者は不死性を獲得するというし、その線も……


「いつまで考え込んでいる」

「……あぁ、すまない」


考えに耽っていたことを指摘される。どうやらもう上階に着いたようだ。まだ上へと続く階段は残っているので、恐らくここは休憩室のような場所なんだろう。


「……吾の部屋だ、迂闊に踏み荒らすなよ」


そう言って通された部屋はどこか殺風景な印象を受けた。ワンルームという生活を一部屋に押し込めるものにしては生活感が無いというか、やたらと均一というか。


「その、そろそろ事情を説明して欲しい」

「座れ」


言われるがままに椅子に座る。

……沈黙。ただひたすらに、沈黙。家にまで招かれたんだから事情説明の一つや二つあるだろうと思ったらこれだ。時間を浪費している場合では無いのに……。


「お前はやたらと知りたがるな……ふむ、こういうのはどうだ」


相手はどこからかサイコロを取り出し、指先で摘んで俺に見せてくる。


「2の目が出れば情報をやろう。どうだ?乗るか?」

「それ以外が出たら?」

「知る必要のないことを知らないままでいるだけだ」

「……乗った」


相手は一寸も表情を変えずにサイコロを投げる。6分の1、出ない確率じゃない。頼るには細い止まり木のような数字ではあるけれど。


「ふむ、2だ。お前は運がいい」


俺は心の中で安堵のため息を吐いた。


「私の名前は……この言葉だと発音が難しい。シーグァンが音としては近い、希望の光というような意味だ」

「……俺はお前の名前を聞かせてくれなんて一言も言っていない」


シーグァンはやはり無表情のまま、そうか?と言ってくる。この人、もしかして思ったより抜けてるのか?少し不安になってくる。


「そうか、事情か。お前は話すに足る男だと信じよう」


何も言わずにシーグァンは賽を振った。俺には見えないように数字を確認した後、少し眉を動かす。俺に顔を向ける時にはまた元の無表情に戻っていたが。

シーグァンはゆっくりと話し始める。伏し目がちになって、長いまつ毛が揺れるのが見えた。


「……まず、ここはお前が元いた場所ではない。人間も、以前吾が攫ってきた者くらいしか居ない。その者たちは今は街の外れで生活している」


とりあえず失踪事件の当事者たちは無事らしい。犠牲者が居ないようで俺はほっとした。


「そもそもここが何か、とでも聞きたげな顔をしているな……詳細は吾も知らん。少し前に発生した空間だ、もっとも初めはここまで広大ではなかったが」

「もう少し具体的に話して欲しい……その少し前っていうのは只人基準で考えて良いのか?」

「そうか、感覚が違うのか。ここができたのは確か……500年ほど前だったな」


全然、ぜんっぜん少し前じゃなかった。質問しておいて良かった。500年前というのに少し引っかかるが、続けて質問を投げかけていく。


「この場所については大体分かった、ありがとう。じゃあお前の目的は?何のために人攫いを?」

「贄だ」

「……はあ!?」


思わず素っ頓狂な声が出る。引きずり込んできたと思えば害意がなく、害意が無いかと思えば贄。一体なんなんだこいつは。


「ここは広がりすぎてしまった。閉じねばならないが、吾の力では叶わない……贄を用意すれば足しになると思った」

「人を犠牲にしてまで閉じなきゃいけない理由でもあるのか?シーグァンだってここについてよく知ってる訳じゃないんだろ?」


俺がそう言うと、シーグァンは顎に手を当てる。先程もしていた考える素振りだ。何かを思い出しているのか、空中を見上げている。


「……空が一片、ぱきりと欠けた。誰もそれを気に留めなかった、なぜなら見えていなかったから。空はゆっくり、ゆっくりと破片を落とした。誰にも知られることなく、ひっそりと」


童話か何かの一節だろうか。発言の意図が読めない。とりあえず続きを聞くことにした。


「千年経つ頃には、大きな穴が開いた。誰もそれを気に留めなかった、なぜなら見えていなかったから。空はゆっくり、ゆっくりと我らの国を飲み込んだ。誰にも知られることなく、ひっそりと」


シーグァンは上を見るのをやめ、視線を落としてまた俺に向き合う。そして最後の一節を口にした。


「いつしか、穴の裏側は表になった。皆消えてしまったが、誰もそれを気に留めていなかった。なぜなら見えていなかったから」


言い終えると、どうだ?と問いかけてくる。意味深な話だが、いまいち真意を掴めない。


「この寓話は吾の一族に伝わっていたものだ。身の回りに気を配らないと知らぬ間に破滅してしまうぞ、と子供を躾けるための話だな」

「それが現実になると?」

「ありえない話ではないだろう。特にここ最近、20年……この空間は凄まじい速度で広がり続けている。まだ発生して500年そこらだが、大きな穴程度では済まされん」


世界の裏表がひっくり返るなんて、そんな馬鹿げた話があるのか。第一、それは子供を躾けるための寓話の中の話であって現実じゃない。

……しかし、シーグァンが危惧する気持ちも理解出来た。正体不明の異空間がどんどん大きくなっていって、それを止める有効な手段も無いなんて……不安に駆られるのも仕方ない気がする。生き物は未知が怖いものだから。ただ、だからと言って人を贄にしていいなんて訳では無いが。


「……久しぶりに話したら疲れた。小僧、吾は寝る」

「おい、まだ話は……!」


制止も虚しく、シーグァンは滑り込むようにベッドに潜った。戻そうと思い傍に行くと、すやすやと寝息が聞こえてくる。疲れていたとして、こんな一瞬で寝れるものなのか。


「はあ……」


思わず特大のため息が出る。何から何まで思い通りに行かない。とりあえず、シーグァンが起きたらまた話を聞こう。

俺は夜風に当たるため、部屋を出て監視塔の最上部へと向かった。冷たい風が頬に当たって心地よい。

空を見上げる。空自体は好きだが、最近は何か……不思議な感じがした。魔人の言う空から監視してくる視線もそうだし、シーグァンの言う空のひび割れもそう。厄介事は空に集まるなんてジンクスでもあるのか?


しかし、俺の目には見下ろしてくる目も不吉なひび割れも映らない。俺はただ、静かな世界で夜空を独占しているのだった。

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