表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/47

第三十五話 公爵様からの直依頼


「は〜っ、ようやく中間地点だ……」

「長かったですね……ヴェラ、疲れてないか?おんぶしようか?」

「だいじょうぶ、じぶんであるける」


合種の鹿の魔物による倒木被害の後は、特に足止めもなく。俺たちは予定通り、公爵領の宿屋街を歩いていた。不穏な噂が流れている割には、人通りも少なくない。忙しそうな商売人たちが通りを抜けていくのもちらほらと見えた。


「二番通りの白い塗装の宿屋が、値段の割に良いって聞きました。他にアテもないですし、とりあえず行ってみません?」

「分かった、行ってみよう」


ヴェラと手を繋いだまま、綺麗に並べられた石畳の上を歩く。不意に、ティアさんが口を開いた。


「……ね、気付いてる?街全体が膜みたいな……微弱な魔力で覆われてる」

「あ!いわれてみれば」

「……ち、ちょっと感じるような?」


どうしよう、正直あまり分かってない。魔力探知は得意ではないのだ。


「件の事件もありますし、単純に守りを固めるための結界とかじゃないですか?」

「だったらいいんだけど……あ、宿ここか」


小綺麗なドアを開け中に入る。外から見た印象と変わらない、良さそうな宿だ。カウンターのベルを鳴らして受付の人を呼ぶ。出てきたのは気弱そうな女性だった。


「あの、えっと……何か身分を証明できる物とか、お持ちですか?」


意外な質問に少し驚く。今まで宿屋で身分証明を求められたことなどなかったから。何かあったか……と考え込んでいると、受付の女性の慌てて弁解する声が聞こえてきた。


「えっとその、怪しんでいる訳ではなくて!最近ちょっと治安が悪くなってるっていうか……その、うちには用心棒とかもいないですし、その……できれば安心できるお客様を泊めたくて……すみません」

「いやいや、謝ることないですよ!冒険者ギルドの資格証で大丈夫ですか?」


俺は首にかけていた赤い輝石のペンダントを取り出す。冒険者になった際に身分を証明するものとして配られた物だ。女性はまじまじとペンダントを観察した後、上擦った声で大丈夫です!と答えた。


「三人、一泊でお願いするよ。代金はこれで」

「はい!お、お部屋は階段を上がって右……あ、鍵はこちらです!」


◇◇◇


「はあ……ここのお風呂、熱くて気持ちいいね」


大浴場から戻ってきたティアさんが、髪を拭きながらそう零す。確かに中々の温度感だった。明日起きたらまた入ってもいいかもしれない、といつの間にか寝付いたヴェラを撫でながら思った。


「明日も移動長いし、そろそろ寝ましょっ……!?」


俺は咄嗟にドアの方を振り返る。誰かが部屋の前にいる、宿の人じゃない……が、悪意を感じる訳でもないし武装している足音には聞こえない。

誰だ、と低い声で問うと少しの間を置いて身なりの良い男たちが部屋に入ってきた。


「おっと……これはこれは」

「突然の来訪、申し訳ない。この部屋に腕利きの冒険者が宿泊していると聞いたのだが、君がそうか?」


男は緊迫した面持ちで俺に聞いてくる。何か尋常ではない雰囲気だ。実力を推し量るような目で、じっと見つめてくる。


「質問を質問で返すようで悪いが……お前たち、その飾りボタンの紋章……公爵家の使用人か?」

「その通りだ。ふむ、君が腕利きというのも本当らしい。とにかく着いてきてくれないか、公爵が直々にお呼びになってる……ああ、勿論君一人でだ」


俺はティアさんの方を向いて判断を仰ぐ。俺一人のときならどうとでもなるが、こういう場合は雇われという都合上雇用主に判断を任せなくてはいけない。……もっとも、拒否権なんて最初から無いんだろうけど。貴族相手に真っ向から反発するなんてことはできない。


「……分かった、行ってくるといい。但しその子に危害を加えたら、1000年先まで呪ってやる」

「勿論、承知した」


男は雇用主からの承諾を得たことに満足気な笑顔を見せ、着いてこいと言うように踵を返して歩き始める。宿を出て通りを抜け、しばらく歩いてたどり着いたのは路地裏だった。

何でこんな場所にと怪しんでいると、男は石壁を叩いて何かの仕掛けを起動する。


「……転移の術か」

「ああ、公爵の屋敷に飛ぶ」


先に入れ、と指し示されたのでそのまま従う。転移魔法特有の気持ち悪さに耐えつつ一歩踏み出すと、眼前に広がったのはシャンデリアで照らされた壮麗な一室だった。こんなに広い応接室は見たことがない。

ハッとしてテーブルの先に視線を落とすと、小洒落た顎髭を生やした顔色の悪い男──公爵は、重々しい表情でこちらを見る。


「君が……アヨ・スローンくんかね」

「はい」

「まずは急に呼び出した非礼を詫びよう。元々力ある者を探していたのだが、先程宿屋の物から連絡が入ってね、強力な冒険者がやってきたと」


俺は宿屋で身分証明を求められ、ペンダントを出したことを思い出す。身元が安全な客を泊めたいというのも本当だが、恐らくは公爵の命で有力な人物を探していたというのが一番の理由だったんだろう。


「……不躾な質問をお許し下さい、公爵。貴方の領地は凶暴な魔物の棲む森に面しているという理由から、兵の育成に力を入れていると記憶しています。本来ならば自分のような一介の冒険者に頼らずとも、領内で問題を解決できるのではずです……今回の件、一体何があったのですか?」

「おお、その言い草、呼び付けた原因まで理解しているのか。何とも聡明だ……順を追って話そう、そこに座るといい」


そして俺は、近頃流れている不穏な噂……隊商の失踪について公爵から話を聞いた。もっとも、彼自身事態を把握しきれていないようだったが。

簡単に話すとこうだ。最初の失踪事件は一ヶ月半前に起こった。争った形跡も無く本当に忽然と消えたため捜査が難航し、特に手を打てないままなあなあに終わった。同じように二度目が起きて危機感を覚え、何人か兵を出し監視をさせようとした──が、何故か事件現場にたどり着けない。商人や旅行者などは問題無く外へ出て行けるのに、兵士だけ。不可解な現象に頭を悩ませていると、今度は三度目。公爵領の民にこそ被害は出ていないが、商売相手が消えては評判も悪くなる。


「監視の任を与えた兵士たちに休暇を取らせて外出させてみたんだがね、その時は問題無く外へ出られた。思うに、条件付きの結界のようなものが我が領地に張られているんだろう」

「私の雇用主は魔力探知に優れているのですが、彼女も領地を魔力の膜が覆っているというような旨の発言をしていました。魔物対策かと思っていましたが、公爵が出処を把握しておられなかったとは……」


慣れない敬語を使いながら、状況を擦り合わせていく……しかし、この問題を武力でどうにかしようという意思に合わせて結界が発動するなら、俺にもどうしようもないのでは?と考える。しかし、公爵はそんな俺の思考を見透かすように口を開いた。


「それから、結界に阻まれるのはこの土地の人間だけだ」

「……なるほど、それで冒険者を」


この依頼、受けてくれるか?と憔悴した顔で問われる。元々選択肢は無いようなものだが。どうせ俺たちもエルフの地へ行くために使わなくてはいけない道だし、問題を今解決するか否かの違いでしかない。


「直々の依頼、身に余る光栄です。死力を尽くします」


恭しく頭を下げる……目上の人間に対する礼儀作法は本当に苦手だ。これで合ってるのかと考える間もなく次の行動をしなくちゃいけない。

その後報酬金なんかについて説明を受け、屋敷を出て事件現場へ急ぐ。普通に歩けば一日かかるような距離だ。今日ばかりは自分の足の速さに感謝した。


「……本当にここで失踪事件が起きてるのか?驚く程なんの痕跡もないな」


血痕の一つや二つはあるだろうと高を括っていたが、そんな舐めた考えは通用しないらしい。魔力探知か何かの魔道具でも借りてくるんだったなと思い頬を掻こうとしたその時。


「なんだ、良い獲物が来たと思えば只人一人か」


気だるげな掠れた声が耳元で響く。

振り返る間もなく首根っこを捕まれ、俺は後ろへ引きずり込まれた。

冒険者ギルドの身分証明は赤い輝石のペンダントです。装飾品としての役割が強いですが、輝石としての機能も失っていないためずっと持っていると魔力が流れこみ触媒のようにできます。入っている魔力を見れば、ある程度実力を測ることができるそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ