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第三十三話 エルフの地への出立準備


魔人討伐戦が終わってしばらく経った。ティアさんはあの後も何度か魔人に面会しに行き、くまなく調べていた。初回のような情報量は流石に無かったらしいが、何度も赴いたということはそこそこの収穫があったんだろう。


「それでね、次は私の故郷に行こうと思うんだ」


ティアさんはヴェラのおやつを出したあと、ダイニングの椅子に座ってそう言う。彼女の故郷、エルフたちの住む場所か。

エルフは、神の祝福を受けて長い寿命を獲得した種族である。『神の祝福を受ける合種』を創るためには、がむしゃらに生み出すより祝福が何か知った方が良い。魔人もエルフの持つ神についての知識を欲している。俺にもその理屈は理解できた。


「俺も行きます」

「わたしも!わたしもいきたい!」


ヴェラが氷菓を口に含んだまま元気よく手を挙げる。喉に詰まったら危ないからと軽く落ち着かせた。眼前のティアさんは仕方ないなというふうに微笑み、俺たちに言葉を返す。


「そう言うと思ったよ」

「いいの!?」

「危険な旅路でもないしね、君らに合うかは分からないけど」


ヴェラと顔を見合せハイタッチをする。ティアさんは積極的に自分のことを開示するタイプじゃないから、里帰りという個人的なことに付き合わせてくれるのが素直に嬉しい。


「かなり遠いし転移も使えないから結構な長旅になる。それでもいい?」

「勿論、雇用主を守るのも雇われ冒険者の仕事ですし」

「ありがとう。向こう、今の時期は祝祭のあれこれで忙しいだろうし……しばらくは私たちも準備期間ってことで」

「しゅくさい!?エルフのおまつり!?」


ヴェラが食いつく。ここらへんじゃ大規模な祭りなんてそうそうないし、気になるのも無理は無い。


「え……ヴェラは行きたいの?祝祭」

「うん!いきたい!どんなおまつり?」


ティアさんは予想外の反応に驚きながら、やや気が進まなさそうに答える。祝祭に苦い思い出でもあるのだろうか?


「普通のお祭りだよ。皆で飲み食いして踊って……やりたい奴は露店をしたりする。まあそもそも人が少ないから規模もそこまで大きくないけど」

「外から人が来たりはしないんですか?」

「エルフの集落はいくつかあるけど、私の故郷は特に閉じたところだし……たまに住民の招待で外から来る人もいたけど、大抵はエルフの中で完結してたよ」


俺は、エルフが焚き火を囲み踊る様を想像する。エルフは見目の良い人が多い種族だし、きっと目の保養になるんだろうなと思った。


「……祝祭に合わせて里帰りする者も少なくない。まあヴェラが行きたいならいいよ」

「やったー!」


ティアさんは優しく微笑んで、ヴェラの頭を撫でた。こういう光景は見ていてなんだか心が安らぐ。


「じゃ、準備しようか。荷物にしたくないけど持ち込みたい物とかあったら言ってくれよ、一応検討するから。魔法陣の中に入る物だけだけど」


彼女がそう言ったのを聞いて、俺は魔人討伐戦の後ティアさんが馬車を転送してきたのを思い出す。魔法陣の中にあるものなら転送魔法で持ってこれるということか、サイズの限度はもちろんあるだろうけど。


「ねえティア、わたしばしゃじゃなくてとんでいきたい!」


ヴェラがティアさんの服の裾を引っ張りながら無邪気に話しかける。

結局、ヴェラには変質の呪いのことを話したのだ。俺たちの想定外だったのは、彼女がそれをあまり気にしなかったこと。呪いという言葉はインパクトこそあるが、目覚めて間もない彼女はその言葉に変な先入観も無かったからだ。彼女は単に、自分の中にある姿を変える力としか思っていないらしい。

無論、勝手に変身はしないよう言いつけてある。したいときはティアさんに申告する決まりだ。魔人によれば変質は激痛を伴うらしいし、ティアさんの魔法による鎮痛が無ければヴェラにそんなことさせられない。


「うん、いいよ。でも疲れてきたら馬車の中に戻ること。急に地面に落ちたら痛いしびっくりするだろ?」

「わかった!」


……多分ヴェラは色々突っ切って空路で行きたかったんだろうけど、ティアさんは上手く軌道修正したな。古代魔鳥とはいえ幼いし、俺たちを乗せて長い距離を飛ぶのは些か……安心できない。俺は心の中でティアさんに拍手を送っておいた。


「じゃ、必要なものを買いに行こうか」


◇◇◇


ヴェラを連れ、三人で街へ赴く。前まではヴェラと手を繋いで歩くのはまるで子連れのようで少々恥ずかしさを感じていたが、今ではすっかり慣れてしまった。

どこの店に行こうか考えていると、少し先の露店の前にいる見慣れた人影に気付く。


「あれ、あそこにいるのシェイナ達だ。ちょっと挨拶してきていいですか?」

「私も行くよ。一応私だって討伐戦に参加してた身なんだからな、一言くらい言わなきゃ駄目でしょ」


そう言われたので、変わらず三人で歩いていく……三人で行動するとイジられがちなのが面倒だが、この前の祝勝会でヴェラについては話したし、今更とやかくは言われないだろう。


「二人とも、また会ったな。間食の物色中か?」

「お、アヨじゃねえか」

「げえっ、なんでこう毎回鉢合わせるんですかぁ……」


ガーディアが挨拶がわりに緩く手を振り、シェイナは不自然に口角をぴくぴくと上げる。出先で知り合いに会うのが苦手なタイプなのか?


「やあ、こんにちは。先の討伐戦で後衛だったミクロサフティアだ、気軽にティアと呼んで欲しい。この前の活躍、とても凄かったよ」


ティアさんはそう言って二人に微笑みかける。よそ行きの笑顔……よりは幾分か、良い意味で崩した表情で。


「お褒めに預かり光栄です〜、私はシェイナ・シビュラ。仲良くしましょうねぇ」


シェイナはティアさんの手を取り握手する。俺はガーディアも自己紹介をするよう目線を投げかけたが、期待した反応は得られなかった。


「一々自己紹介なんざしねえよ、どうせアヨ・スローンに色々話されてんだろ」

「ふふ、それもそうだ。君もよろしく、ガーディアさん」


素っ気ない対応を見て、忘れてたけどこういう性格だったなと思い出す。よくこんな感じの悪さで冒険者やれてるな……とも思ったが、そういえばガーディアはソロ専だった。やはり協調性に欠けるのにベテランを張っている冒険者は例外中の例外ということだ。いやまあ、今はシェイナとタッグを組んでいるらしいけど。

遠い目をしていると、シェイナがヴェラの前にしゃがみこむ。


「とっても可愛いですねぇ、貴方がヴェラさんですかぁ?」

「うん!シェイナ、ヴェラのことしってるの?」

「そりゃあもちろん〜、この男がたっくさん話してましたからぁ」


シェイナとガーディアから生温い目を向けられる。親馬鹿とでも言わんばかりの目だ。一応睨み返しておいた。


「で、てめぇらは何しに街に来たんだ?」

「私の故郷……エルフの集落だね、そこの祝祭シーズンに合わせて帰省することになってさ。遠いし移動に結構かかるから、必要な物の買い出し」

「ああ、そういやお前エルフか。やっぱ耳が長くねえと分かりずれぇな」

「はは、おっしゃる通りだね」


俺もつい先日知ったのだが、ガーディアはエルフなのだ。合種のティアさんは只人の特徴が耳に出ているため耳が尖っていないが、ガーディアは純粋なエルフなので特徴的な長い耳を持っている。もっとも、普段はフードに隠れて分かりずらいが。


「ガーディアとティアさんは違う集落出身なんだよな……ですよね?」


咄嗟に変な敬語になってしまう。雇われの身としてティアさんに話しかけるときは敬語を心がけているが、こういう時はそれも剥がれてしまいがちだ。


「アタシはそもそも親の代から定住してる場所なんて無かったしな、エルフにも色々あんだよ」

「そうそう。アヨくん、人種で一纏めにするのはやめた方がいいよ」


勉強になります、とだけ言っておいた。実際エルフの情報、特に居住地なんかは知る機会が滅多にない。

教会が故意に流す情報を選別しているという噂もある。神秘性を保つためだとか、エルフ狩りが起こらないようにするためだとか、理由については好き勝手言われている。もちろん、全てあくまで噂だが。


「とにかく、お前の故郷は有名だからアタシも知ってる。そしてアタシは優しいから忠告しといてやるんだが……」


ガーディアは思い出すような素振りをしてから、もう一度口を開いた。


「あそこに行くには必ず公爵領の森沿いの道を通るだろ?気をつけな、最近そこで隊商が幾つも消えてんだとよ」


……ティアさんは、今回の旅路を危険なものでは無いと言った。どうやら前言撤回らしい。

Q・ティアは故郷を出る前に一通り祝福について調べた方が良かったのでは?

A・それはそう。でも周りのエルフたちと違って自分はすぐ寿命で死ぬという焦燥感や、単に周りのノリが合わなくて飛び出すように故郷を出てしまった。

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