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番外編 囚人と餌


ギルド本部を擁する大都市。その外れにある地下収容所の最奥に、近頃新入りがやってきた。

人を喰い、炎を操る魔人である。

それは人間と同じように腹が減るし(多少空腹に強いが)、人間と同じように会話もする。そして人間と違うのは、普通の食べ物は食べこそすれ栄養にならないということだ。


ということで、飢えて凶暴にさせないが満腹にもさせない程度に餌が与えられる。魔人の餌、人間だ。勿論罪なき人々を犠牲にする訳にもいかないので、死刑囚が与えられる。


そして、今日はその給餌の日。一人の只人の男が、魔人のいる牢に入れられた。男の罪状は強姦殺人、それを何回も繰り返したため無事死刑囚コースだ。男が邪悪な魔人に喰われることで、被害にあった娘たちが天国で少しでも安らげたらと皆一様に言った。


「おいおいおい、おめえが魔人ってやつか?」

「はい、ワタシが魔人です。今回の方は随分と活きがよろしいですね」


男は野蛮な声を出し、眼前の魔人をじっとりと舐め回すように見つめる。聞いた話によると縄状の拘束具で縛られていたそうだが、今は使う拘束具を変えたのか首輪をはめられているのみである。


「へっ、女じゃねえか。強いって聞くが所詮女だろ?俺が殴れば股を開いて、殺さないでってみっともなく泣くんだ」

「おや、アナタは今までそうして人を殺してきたのですか。随分と野蛮ですね」


魔人の冷たい声に男は激昂し、魔人の薄い体に掴みかかる。魔人は抵抗する様子すらなく、己に殴りかかろうとする醜い男を見ていた。

不意に、肉の焼ける臭いが牢の中に漂った。一瞬遅れて、男は苦悶の表情と汗を浮かべる。


「おめえ、この俺に何しやがった!?殺されてえのか!?」

「そう急がないでください、食事はもう少し会話を楽しんでからでも遅くありませんから」


魔人は金と紫が緩く混じった瞳を細め、問いかけるように首を傾ける。銀の髪がひと房、ゆっくりと肩から落ちた。薄暗い牢に似合わない、いや本来有り得ない場所にいるからこそ、その美しさは人を惑わす程に膨れ上がった。


「アナタは何かを殺したいと思ったことはありますか?欲望の発露や成り行きなどでではなく、確固たる思いに基づいてです」

「このクソ女、何言ってやがるんだ?」

「ああ、無いのですね。ワタシはあります、神を殺したい。ワタシをいつまでも監視し、美しい青空を見ることを阻む不快な目を潰してやりたい」


魔人は男に歩み寄り、滑らかな白い手で髭の生えた男の頬をすっとなぞった。


「もう一つ聞きましょう、アナタは人を好きになったことがありますか?」

「なんで俺がおめえと話なんか……!」


男は吠えるように拒絶を示そうとした。しかしすぐに、パチパチと火花の弾けるような音がすることに気付く。ここでようやく男は思い知った。この場において被食者なのは、目の前の美しい化け物ではなく自分なのだと。


「お、俺は……」

「はい、お聞かせください。ゆっくりで大丈夫ですので」

「ガキの頃、好きな女がいた。顔と体は良かったが、俺を選ばなかったクソ女だ。この俺が結婚してやるって言ったのに……それを有り難がりもしねえで断りやがった」


男はぽつぽつと昔の話をし始める。犯罪者らしい、どこまでも利己的で醜い視点で。


「だから犯してやった、せめて俺が使ってやろうと思って……でもあのクソ女、ヤってるときに殴ってきやがった。だから殺してやったんだ」


男はそう話し切ると、反応を伺うように魔人の顔を見た。

魔人は、先程と同じように薄く微笑んでいた。

男はそこである結論にたどり着く。この女はこちらを舐めているのだと。男が自らの過去について話した時、聞いた相手は大抵怯えるか蔑むかの表情をしていた。無論、後者の人間は殴って立場を分からせていたが。そして、魔人はそのどちらでもない。男は、自分が嘲笑の対象にされているのだと感じた。


男は乱暴に魔人の体を掴んだ。肩、なんの反応もない。腕、なんの反応もない。これはやはり自分が相手になんの害も与えられない雑魚だと認識されているからだと男は考え、カッとなり首を絞めようとする。

しかしその手は魔人に叩き落とされ、触った肩や腕も炎に覆われた。滅菌消毒である。男はそんなことなど分からずに、どこまでもこちらを舐める生意気な女めとしか思っていないが。


「話を戻しましょう、好きな人の話です……ふふ、実はワタシも好き……かまでは分かりませんが、気になる方が居るのですよ」


魔人は男に背を向け、牢の中央にある椅子に向かってゆっくり、一歩を踏み出す。


「その人間は仕事でワタシのことを殺そうとしたのですが……今は協力関係にありまして。只人の聖職者兼冒険者なのですが、そこそこ腕も立つんです。勿論ワタシより弱いですが」


魔人はもう一歩、もう一歩と歩く。話の中に出てくるのは、魔人と同じ顔をした錬成術士の付き添いとして度々この牢に足を踏み入れる冒険者の男だろう。


「なぜ気になっているかというと……青い瞳がとても美しいんです。青空のようで、でも空と違ってワタシは彼に触れることができる」


今までの冷たい声音とは違い、その言葉には仄かな温度があった。


「殺してやる、俺の前にいる女が別の男の話していい訳ねえだろうが!」

「……なんですか、その意味不明な理屈は?」


至極真っ当なツッコミが入る。しかし女という自分が見下す生き物に反論されたことや、自分の前にいる女が自分以外の男について話しているという初恋のトラウマを感じさせるシチュエーションに男は沸騰したように怒り、魔人の腹に重い拳を捩じ込んだ。男は今までこうして腹にパンチを入れることで、泣き叫ぶ女を黙らせてきたのだ。


「弱いですね、本当に全力なんですか?」

「てめえ、このクソ女……!」


男は二発目を入れようとする。しかしそれは叶わなかった。いつの間にか、腕が燃えていたから。


「あっ、あちい、あちい……!」

「ゲテモノ喰いをするときは流石に少し手間をかけたくて……火を通せば食べられるっていうじゃありませんか」


魔人はずっと微笑んでいる。人の命を奪う時も、ずっと。まるでなんでもないことかのように、男の体を燃やす火を広げた。


「大丈夫です、しっかり完食しますから。ここの食事は少ないので、ちゃんと食べないと勿体ないんです」


男はそこで意識を無くした。



少しすると、看守たちが牢の中に押し入ってくる。残された部位、骨なんかを回収するために。

魔人の首輪がしっかりとあることを確認して、床に散らばった骨を拾い、部屋に充満した肉の焼ける匂いに顔を顰めながら退散する。


なんてことない、魔人の日常の一幕である。

魔人は神を殺すため、強くなるためだけに人を殺すので、欲望を満たすために殺す奴は合わないなーと思っています。傍から見たらどっちも同じ凶悪殺人犯ですけど。

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