番外編 討伐戦後の冒険者たち
討伐戦が終わってから、少し日が経った頃。俺はシェイナとガーディアが泊まっている宿を訪ねていた。
勿論、ガーディア用の大量の食糧やシェイナに贈る雑貨なんかを携えて。人に会いに行く時は手土産を持っていった方が良いと最近学んだのだ。
「せっかく会える距離にいるんだからな、労いくらいはしておこうと思って」
食べ物をテーブルに広げながら言う。シェイナはそれを手伝ってくれているが、ガーディアが見当たらない。宿に入ってから一度も見ていないし、浴場にでも行っているのだろうか。
「態々来なくても良いんですけどねぇ……そこまで親しい間柄でもないじゃないですかぁ」
「同僚のよしみだ、別に良いだろ」
シェイナは俺と同じように、教会から命じられて冒険者になった聖職者だ。教会の方針としては、冒険者として功績をあげさせ、ギルドに圧をかけようというものらしい。俺が言うのは立場的にまずいかもしれないが、内部から教会に染めようというのは少々陰湿な気がする。
「そういえば〜、ギルドマスターって私たちの素性流石に知ってますよねぇ?大丈夫なんでしょうかぁ?」
「知ってなかったとしても、今回のでバレるだろうな」
そう返事をすると、シェイナは特大のため息を吐いた。何となく彼女には勝気な人物というイメージを抱いていたので、少し意外な行動である。
「はぁ、この件について追加の通達もな〜んにもありませんしねぇ。末端は知らなくていいってことなんでしょうかぁ?功績をあげるのと圧をかけるのがどう繋がるのかも、いまいち分かりませんしねぇ」
「別にそこまで考えなくてもいいんじゃないか?」
「アヨ・スローン……貴方はそんな呑気なことを言いますけどねぇ、貴方と違って私は……」
シェイナがそこまで言いかけたとき、不意に部屋の外からガーディアの声が響く。なんだと思ってドアを開けると、そこには不機嫌そうな顔をしたガーディアが立っていた。いつもの眼帯とフードもセットなので、いつも通り、険しい顔をしている分いつも以上に人相が悪い。
「そんなにピリピリしちゃって〜、どうしたんですかぁ?」
「眼帯の術式が上手く定着しねえ、あのクソ野郎に取られる前の半分くらいしか効力がねぇんだよ」
ガーディアは頭を掻きながら、吐き捨てるようにそう言った。その言葉を受け、俺は討伐戦の最中を思い出す。ガーディアの自慢だった、硬すぎる肉体の所以。術式が書き込まれた眼帯を、一度魔人に奪われたのだ。それに、それも作戦の内だったので避けようがなかった。不憫な役回りである。
「目に術式を触れさせ続けることで擬似的な魔眼を作り出して、それで身体強化の補助をする……だったか?随分回りくどいやり方をしているな」
「うるせぇ、これが一番慣れてんだよ」
俺の言葉にぶっきらぼうな返事をしつつ、彼女はテーブルの上にある料理をつまんで食べる。まだ並べ終わっていないのに……。
「はあ……瞼でも切除すりゃ、もっと直接術式が効いて効力が増したりすんのかね」
「うわっ、それ本気で言ってます〜?」
俺は瞼を切除したガーディアの姿を思い浮かべる。少しグロテスクだ。自らそれを提案できるのは、自身の追い求める強さに対して覚悟が決まりすぎている気がする。
「じゃ、勝利を祝して。乾杯」
「かんぱ〜い」
「おう、乾杯」
各々が杯を掲げ、思い思いに酒を呷る。俺が飲んでいるのは典型的なラム酒、シェイナは甘い香りのする果実酒。ガーディアはやたらと強いウィスキーを飲んでいた。
「今回は俺たち前衛の報酬がかなり増やされたらしいが……二人は何に使うんだ?」
「え〜?考えてませんでしたねぇ、貯金でしょうか〜?」
「冒険者しててんなことあるかよ?アタシは装備の新調と……魔道具でも探そうか」
二人は口々に自分の考えを話す。シェイナは自ら進んで冒険者になった訳じゃないから、大金の使い道も思い浮かばないんだろうなと思った。かく言う俺もそのタイプだが。
「アヨ・スローン、お前は何に使うんだ?」
「うーん……ヴェラ……うちにいる子供に何かしてやれたらと思うんだが」
「おいシェイナ、こいつ家庭持ちなのか」
「さぁ、私に聞かないで下さいよぉ」
俺の金の使い道を聞いて、二人でコソコソ喋っている。丸聞こえだけど。
「でもアタシの場合、纏まった金が入ってもすぐ消えちまうからなぁ……」
ガーディアは遠い目をして、口に咥えた串焼きの串を上下に動かす。確かに、ガーディアは食費やら何やらで人一倍金がかかりそうだ。でも、これ程の実力を持つ冒険者と資金難は頭の中で結び付きにくい。何か特別な事情があったりするんだろうか?
「この人アレなんですよぉ。普通パーティ単位で受けるべき依頼を一人で受けまくって、でも範囲処理能力に欠けるせいで早めに決着をつけられなくて周辺に被害が増えて……それがギルドに悪質な遅延行為って判断されて、反則金分報酬を減らされがちらしいんです〜」
「最悪だな!」
「アヨ・スローン、てめえいい度胸じゃねえか。表出ろよ」
「ちょっとぉ、建物壊したらま〜た罰金取られちゃいますよぉ?」
シェイナがからかうようにクスクスと笑い、それにガーディアが青筋を立てる。
……実際、わざと戦闘で手を抜いて敵による被害を増やす行為は最近だと結構な額の反則金が取られる。少し昔に、魔物相手に手を抜いてわざと村の建物までに被害を出させ、『依頼概要に書いてあるよりずっと凶暴で強力な敵だった、表記されている危険度に見合わない仕事をさせられたのだから報酬の補填があるべき』と主張し不当に補填金を得る者たちが居たのだ。
ギルドマスターが代替わりし現在の彼がその地位に就いてからは、前述した『利敵による補填金狙いを罰する規則』が作られ、そんな輩も居なくなったそうだが。
俺は、香ばしいタレのかかった揚げ物を頬張るガーディアを眺める。良い食いっぷりだ。
……ガーディアは補填金狙いなどではなく、単に戦闘に身を投じたいだけだろうな。
「そういえば、この街には後どのくらい滞在するんだ?」
「アタシは……特に決めてねえ、典型的な迷宮周辺街で便利だしな、しばらく拠点にしてもいいかもしれねぇ」
「確かに、何だかんだこういうとこって落ち着きますよねぇ」
典型的な迷宮周辺街。100人中100人がこの街に下しそうな評価だ。そこそこな難易度のダンジョンがあって、そこそこの冒険者がそれを求め集まる。そしてギルドの支部や冒険者向けの酒場や商店ができて、いつの間にか街になっている。冒険者からしたら住み良いことこの上ないし、一般人からしても、新鮮な魔物の素材が流通していたりいつでも活気があるのは良いらしい。
「しばらくここに残るんだったら、一緒にダンジョンに潜ってみても良いかもな。発見されてない深層とかあるかも」
「な〜んで私がアヨ・スローンと……」
「あそこのダンジョンは力試しにゃ足りないだろ」
返ってくる反応はあまり宜しくない。せっかく討伐戦を通して仲間ができたと思ったんだけどなあ。
「でもアタシは、お前と組むのは歓迎だ」
ガーディアはシェイナの肩に腕を回し、迷惑そうなシェイナを見ながら酒をグビっと呷る。多分組むのが歓迎されている人員の中に俺は含まれていない。悲しい。
「……なんでですかぁ?貴方割と私のことウザがってましたよねぇ?」
「それとこれとは別だろ、喧しいのはアレだが能力も申し分ねえ。補助も上手そうだしな」
その言葉を受け、シェイナは少し恥ずかしそうにする。率直な言葉で褒められるのにあまり慣れていないらしい。
「ま、まぁ?どうしてもって言うなら組んであげなくもないですよ〜?」
シェイナがツインテールの片方を指でくるくると弄り、照れ隠しのようにわざとらしい声音で言う。
「というかぁ、この天才美少女シェイナ・シビュラにかかれば眼帯の術式を最適化することだってできちゃいますし〜?」
「お前凄いな、これ親戚の知り合いに書かせた年代物の長ったらしい魔術式だぜ」
ガーディアは眼帯を外し、それをシェイナに投げ渡す。本当にできるか見てみろということだろう。
魔人に奪われた時と違って肉片も一緒に剥がれていないのは、まだ定着しきっていないからか、それとも単に無理やり剥がされるのと自分で外すのとの違いか。他者の術はつくづく興味深いものだ。
「ふふん、私は天才ですからねぇ。エルフ特有のやたら複雑な魔術式だって………………エルフ?」
シェイナは訝しむような顔をして、もう一度眼帯の魔術式を調べる。するとわなわなと震え、ガーディアの肩を急に掴んだ。
「ちょ……ちょっと!親戚に書かせたって言ってましたよねぇ!?どこからどうみてもご長寿エルフ特有の書き方なんですけどぉ!?」
シェイナはそのまま矢継ぎ早に言葉を続ける。勢いがすごい。
「いっつも私より遅く寝て早く起きて……隠し事してたってことですかぁ!?」
「単にお前とアタシで生活リズムが合ってねえだけだろ、お前は寝すぎなんだよ。赤ん坊か?」
ガーディアはシェイナに揺さぶられるがままに脳をシェイクされている。そのとき、ガーディアがずっと浅く被っていたフードがとうとう落ちた。
「……尖り耳」
俺はぽつりと、これ以上ない驚きの言葉をつぶやく。
この長い夜の宴会は、衝撃的な事実によって幕を開けたのだった。
ガーディアの生まれはティアの故郷とはまた別です。




