第三十二話 冒険者の突飛な憶測
『それと……ティア、アナタの作る呪いはとても素敵ですよとお伝え下さい』
魔人のいる部屋を後にし、また長い廊下を歩く。
魔人が先程言っていた言葉、あれはなんだったんだ?ティアさんの作る呪いが素敵。呪い?ティアさんが呪いを作っているなんて有り得るのか。
(ただ単にこっちを乱そうとして言っただけかもしれない……下手にティアさんに言わない方がいいか?)
口に手を当て考え込む。元よりあまり考え事は得意では無いから、思考が坩堝にはまっていく感じがした。
とりあえず情報を纏めよう。魔人の言う呪いは『変質の呪い』で、魔人はそれによって獣から人型になった。ヴェラが人間の姿になったのもこれが原因。
そして確証は無いが──その呪いはただ姿を変えさせるだけでなく、力の増幅や寿命を延ばす効果もある。
(呪いと言うには益も多いな)
その分、姿を変えさせられる時は耐え難い苦痛に苛まれるらしいが……そもそも体のつくりが変わるなんて尋常ではない出来事だし、その激痛が呪いによるものかなんて俺には判別できない。
(それを言ったらメリットの方も呪いの効果かなんて分からないけど)
力の増幅に長命化。これらをどう見るべきか?……というか、こういう効果はどこかで聞いたことがある気がする。なんなら慣れ親しんだような。
そして、俺は一つの可能性にたどり着く。それと同時に歩く足を止めた。
「…………合種」
──合種は通常、元となった種族の二倍生きる。いつの日か、ティアさんが俺にそう説明した。他種族の魔力が混ぜ合わさり複雑になっている関係上、魔力も元の種族より強い。
そして何より、合種は複数種族の特徴が混ざっている……言い方を変えれば、変質していると言っていい。
無理やりだとも思うが、点と点が線で繋がったような気がした。こう考えれば先程の魔人の発言も説明がつく。魔人は実際、討伐戦のときティアさんの合種に大打撃を与えられていた。それの強力さを褒めるのもおかしなことじゃない。
(どうしようか……今日は本当に情報量が多すぎる)
うんうん唸っていると、いつの間にか受付に戻ってきていた。行きで案内してくれた受付の青年は、俺が魔人のいる部屋を出た時扉を閉めていたから、俺より後に歩き始めたことになる。だからここには今誰もいない……はずだ、多分。
「ご帰宅の際はサインをお願いします」
「うわっ!?」
カウンターの奥から青年が顔を出してきた。なんでもう居るんだ。職員用の近道でもあるのか?
「魔人、ギルド職員が調べると結構抵抗するのに。お二人が入ってる間、何の騒ぎも聞こえてきませんでしたね」
そう言いながら彼は俺に紙とペンを渡してきた。俺たちが特別だっただけで、普段の魔人はもっと反抗的らしい。
「壁とか見ました?所々溶けてたでしょう」
「……思い返してみれば、確かに。よく拘束できたな」
「何人も医務室送りになりましたけどね。今収容所の人員が手薄なのもそのせいです」
そんなことを話しながら必要事項を記入していく。書き終わって顔を上げると、青年はもう一度口を開いた。
「お二人と一緒にいる時の魔人があんなに大人しいなら、ギルドも何か対応を考えるかもしれませんよ」
「厄介事を持ってこられないように祈っておく」
サインをした紙を手渡し、俺は地下収容所を後にした。とりあえず、家に帰らなければ。
◇◇◇
【ティア視点】
地下収容所から出た後のこと。時間があるので、適当な飲食店に入りちびちびとお茶を飲んでいた。
今日は何だか、収穫と厄介事が表裏一体な気がする。いやまあ、情報が多いのは良いことではあるが。
私が今まで生物的な論理で説明できると思っていた合種が、神の産物である可能性さえ出てきた。魔人の言っていた呪いの作用が合っていると仮定しての憶測なので、信憑性には未だ欠けるけれど。
(祝福を受ける合種を創るためには、まず祝福がどんなものか詳細を知らなければ……と思ってたけど)
今日は祝福のしの字もなかった。呪いの話ばかり。しかし、祝福と呪いは本来区別できないもので、良いものか悪いものか人間の尺度で判断しての呼称……と考えるなら、今回の頑張りも無駄ではないはず。私はそう考え込むのに努めた。
祝福について、それを受ける種の関連性について……色々調べ続けなければいけない。そんな遠回りをせず心の赴くままに合種たちを創り出せば良いと思われるかもしれないが、そんなことをしたら多くなりすぎて溢れ返ってしまう。産んですぐ殺すなんてこともしたくない。
(それとあれだ、魔人の要求にも備えておかなければ)
私は魔人と取引をした。神についての情報提供を引き換えに。しかもエルフの所有する文献の閲覧までちらつかせてだ。流石に大盤振る舞いすぎたかと考えるも、過ぎたことは考えても無駄という結論に至った。
今回は私が一方的に調べたし、次回の面会予約も入れてしまった。近々向こうも要求をしてくるだろう。
故郷に行く……行かなければならない。うへえ、と思わず声が出た。嫌なところでは断じてないが、如何せん私には合わなかった。姐さん達も良い人ではある、ではあるけど。
「純エルフかあ……」
あそこにアヨくんを連れて行きたくない。本当に。何を言われるか分かったものじゃないし。だから一人で行きたいけど、どうせあの子は同行を申し出てくるだろう。どうしたもんかな。
唸っていても仕方がないので、私は運ばれてきたサンドウィッチを軽くつまみ咀嚼する。おいしい。
(とりあえず故郷に行く。今後の動きはそれで大丈夫、細かいところは後で詰めよう)
もくもくと食事をしながら今後の方針を定める。
──故郷、エルフの住むところに行く。次はそれだ。祝福についての調査、それから魔人の欲する情報の収集。
「すみません、メルティレモンと蜂蟻蜜のソーダ、それから竜肉のハンバーガーください」
……また頼んでしまった。討伐戦のときに大蛇──ルムンくんを使って魔力を物凄く消耗した結果、やたらと大食いになってしまった。魔力が回復しきれば元に戻るだろうが。
ため息を吐き、伸びをする。色んなことが一段落するとともに、きっと色んなことが始まったのだ。




