第三話 錬成術士の攻略法
ダンジョン内部に足を踏み入れると、湿った土の匂いが鼻に入ってくる。
「いよいよ本番だね、大丈夫?」
「誰に口きいてるんですか、これでもそこそこ長く冒険者してるんですよ」
「それもそうだね、はい動かないで」
そう言うとティアさんは身の丈ほどもある杖を地面に突き立て、魔法陣を展開した。杖の頭部である銀でできた逆三角に、通された遊環がぶつかり合って音を立てる。おそらく守護の魔法をかけてくれたんだろう。普段の言動からは想像できないが、この人は意外と用心深いところがある。
毎度思うけど、ダンジョン内でのティアさんはとても頼りになる。さっきまでバテてたとは思えないくらいだ。いつもこれくらいしっかりしていればいいのに。
「今回のお目当ては第二層にいるスライムと兜ヤドカリだ、余裕があれば道中の魔物も狩っていこう」
「それなら日帰りでいけますかね」
歩きながら大まかな行動内容をおさらいしていく。まだ入ってすぐなので、危険も少ないのだ。ダンジョンで危険なのは150歩を過ぎたころからだ、とギルドの連中も口酸っぱく言っていた。
「ティアさん、そろそろ準備を」
「ああ、任せたまえよ」
ティアさんが薬瓶を地面に投げつける。すると煙とともに、中からスライムのような体表を持つ角の生えたウサギが出てきた。
「ミラくん、斥候は任せたよ」
そう言って魔法の命令式を書き込む。文字が光ると、ウサギは俺たちを先導し始めた。どうやらこの先は異常なしらしい。
──そう、これが錬成術士であるティアさんのダンジョン攻略法。創り出した合種を使役することで、偵察や戦闘をこなす。彼女自身も魔法が使えるので、治癒やサポートも可能……つまるところオールラウンダーなのだ。魔法適性の高さは流石エルフと言うべきだろうか。
(俺も役に立てるようにしないと)
雇われの身として、全く役に立たなかったという結果は避けるべきだ。意思を固めつつ、腰に下げた剣の柄をぎゅっと握った。
◇◇◇
一層も終盤に差し掛かってきたころ。
「おかしい」
ティアさんがしゃがみこみ、地面になにかの魔法陣を書きながら言う。
「今日一度も魔物と遭遇してないし、ミラくんも全く反応しない」
「確かに妙ですね」
ダンジョン内で魔物に遭遇しないのは、ありえないことではないが確率はとても低い。魔物が逃げるのは強烈な命の危機に瀕したときくらいだ。
……このダンジョンでそんなことが起こるか?
少なくとも、とんでもない実力の冒険者が来ただとか、竜が住み着き始めたとかなんて噂は聞かなかった。
(じゃあなんで……)
考え込んでいると、ティアさんの素っ頓狂な声が耳に入る。今度はなんなんだ。
「ミラくんとの視界共有の魔方陣を起動したのに、一瞬で切れた……多分無理やり切られたんだと思う」
さっきのは視界共有の魔法陣だったのか。
……いやいや、今重要なのはそっちじゃない。
「ティアさんの術を中断させられるくらい強力な奴が、この先にいるってことですか」
「順当に考えればそうなる……この層で魔物が出なかったのも納得だね」
ごくりと唾を飲み込む。長らく対峙していなかった、強大な敵。柄にもなく体が疼くのを感じる。
「もし戦うことになったら、頼りにしてるからね」
「もちろん、任せてください」
「ふふ、いい返事だ」
俺が剣を抜くと同時に、ティアさんも杖を地面に突き立て、呪文を唱える。強壮の魔法だろうか。
それにしても、二人分の守護魔法や強壮魔法、道中を照らす光魔法などかなり魔法を使っているのに、全く疲れている気配がない。エルフの魔力量はよく分からないが、俺たち只人の基準で見れば凄いことである。
「ここからは奇襲を受けることも視野に入れて動きましょう、俺も剣はしまわないようにします」
「ああ。守ってくれよ、冒険者様?」
こんな予想外の状況にそぐわない程、いつも通りの笑顔で言われる。
「はい、必ず守ります」
横にいるティアさんは、いつもより柔らかく微笑んでいた。
「……雇用主を守るのも、雇われ冒険者の仕事なので」
前言撤回。これ以上ないほど真顔になってしまった。何がいけなかったのだろうか。
「…………いつも思うけどキミ、ムードってもんがないよね。ていうかそれさっきも聞いたし」
「すみません」
「せっかくバディとしての信頼関係って感じの会話ができたと思ったのに!アヨくんのアホ!アホくん!」
「すみません……」
杖で背中をバシバシと叩かれながら歩く。
……この先の戦い、本当に大丈夫なんだろうか…………?
兜ヤドカリは人工建造物型のダンジョンによく出現する魔物です。遥か昔の兵士が被っていた兜を宿としているんだとか。衝撃吸収にとても優れていますが、兜を取れば斬撃が効くのでそこまで脅威ではありません。対処法さえ知れば簡単な魔物として知られています。