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第二十九話 再見、収容所にて


魔人討伐戦から、三日ほど経ったときのこと。俺たちは、しばしの休息に身を委ねていた……のだが。


「なんか……むずむずする、きもちわるい……」


ヴェラの身に小さな異変が起きていた。普段は不調とは全く無縁なのに、昨日からずっとこうなのだ。

ティアさんもそれを問題視して全身見てみたそうなのだが、おかしなところも特になく……首を傾げる結果となった。


「大丈夫か?あんまり辛いようなら大きい街の医者に……」

「くるしいわけじゃない〜…」


本日幾度目かのやりとりをしていると、ティアさんが後ろから呼びかけてくる。少しの興奮を滲ませた声音だ。


「アヨくん!魔人が目を覚ましたらしい、今ギルドから連絡が来た」


彼女は綺麗な便箋をこちらに突きつける。ギルドからの文書だ。

内容を見ると、先の討伐戦での働きに感謝する旨、魔人が目を覚まし現在は拘束していること……そして、特別に面会を許可するということが書かれていた。


「やっぱりアヨくんが一芝居打ったのが効いたみたいだ。ありがとう」

「いえ、役に立てたなら良かったです」


ギルドからの文書をもう一度読む。場所はギルド本部から少し離れた所にある地下収容所。今はその最奥に魔人が閉じ込められているらしい。そして、俺たちはそれと面会する権利を得たのだ。


「……あ」

「どうしたんだい?」

「これ、今日の午後からです。それと必ず二人で来ることって」

「……はぁ!?」


ティアさんが驚いて大きな声を出す。珍しい。


「今連絡が来て、招集が今日の午後!?ギルドってこんな……こんななのか!?」

「流石にいつもは違いますよ」


まずいな、今すぐ出発しないと……と呟く声が聞こえてくる。それを聞いて、俺はヴェラの方を振り返った。一人で留守番させるのはやはり心配だ。ヴェラはそんな俺の心配を感じ取ったのか、ポケットからゴソゴソと何かを取り出す。掲げて見せたのは、やたらと凝った細工のお守りだった。


「だいじょうぶ。これもってる」

「それは何だ?」

「アドウェールからもらった。たいへんなときにぎゅっとするとアドウェールがすぐくる」


……あの人、こんなものを持たせてたのか。俺の中にある、冷徹な師匠という人物像が崩れていく音がした。もう子煩悩……孫煩悩?の域に達していないか?

ただまあ、有事の際に彼が駆け付けてくれるというのなら大抵の心配事は無くなる。それは素直にありがたいことだ。


「俺は特に用意するものも無いので、ティアさんの準備が出来たら……」


そう言いながら振り返ると、もうそこにティアさんはいなかった。廊下の方から、私もすぐ用意するからー!という声が響いてくる。何ともまあ、忙しない人だ。


◇◇◇


道中で色々ありつつも、魔人のいる収容所へ辿り着く。石造りの広い地下は物々しい気配を放ち、来るものを歓迎しない雰囲気を醸し出していた。

入口からずっと案内人?が付いているが、その人が何も言葉を発しないのも不気味さに拍車をかけている。

少し歩くと、ひときわ明るい光源が見えてきた。受付だ。


「あ!アヨ・スローンさんにミクロサフティアさんですね、ギルドマスターから話は伺ってますよ」

「ありがとうござまいす、入室の手続きとかは……」

「必要ないです!じゃあ、僕が案内していきますね」


俺とティアさんの頭の上にハテナが浮かぶ。案内人?この人が?


「入口からずっとこの人が案内してくれてるんですけど」


受付の青年は怪訝な顔をする。そして俺たちの隣を見た後、合点がいったような表情になった。

そして案内人……と思っていたその人の肩を押し、扉の向こうへ歩いていく。少しすると、彼は一人で出てきた。


「え、今のは……?」

「じゃあ、魔人のいる部屋はずっと奥なので!ゆっくり行きましょう!」

「ねえ今のなんなの!?」


ティアさんの問いかけも虚しく、受付の青年は通路の奥へと歩いていった。


◇◇◇


長い廊下を歩き、段差のきつい階段を下り、また長い廊下を歩き……そして、ようやくそこにたどり着く。

今まで通り過ぎてきた部屋よりずっと厳重な、その一室。この扉の向こうで、魔人が拘束されている。


「開けますよ、僕はここで待機していますので。後はお二人でごゆっくり」


青年はレバーを引き、からくり仕掛けの大扉を開く。薄暗い部屋の中が、徐々に顕になっていく。俺は雰囲気に圧倒され、ごくりと唾を飲んだ。

ひんやりとした空気の室内に、ティアさんと一緒に足を踏み入れる。部屋に入った瞬間また扉が閉じられ、少し体を強ばらせてしまった。


「ごきげんよう。こんなところへ何をしに?」


ティアさんとよく似た、けれどどこかが違う声。薄ら寒い室内によく響いた。


「ギルドマスターから許可が下りてね。君を調べに来たんだ」


ぽつぽつと蝋燭が灯り、暗い部屋をぼんやりと照らす。魔人は、拘束具を巻き付けられた姿で椅子に座っていた。無機質な、貼り付けたような笑顔はこんな状況でも欠かしていないらしい。


「ワタシを調べる?どうぞご自由に、ギルドの人間にもう散々触られ尽くしましたけど」


ティアさんは返事をせず、そのまま魔人に歩み寄った。巻き付けられた縄状の拘束具を指さし、これは?と質問する。


「魔道具の一種ですね、これでワタシの魔力を吸い上げているようです。そのせいで力も発揮できません、なんと忌々しい」


それを聞くと、ティアさんはおもむろにその縄を解いた。魔人も呆気に取られたような顔をしている。


「な、何してるんですか!?話聞いてました!?」

「勿論聞いてたさ。だから解いた」


俺は臨戦態勢をとる。まさかこんな状況になるなんて思わなかった。パチパチと火の粉の音が聞こえ、魔人は体に炎を纏っていく。


「何を考えているかは知りませんが、感謝します。アナタを殺して外に出なければ」


物騒なことを口にする魔人に、彼女は冷静に言葉を紡ぐ。


「殺すかどうかは話してから判断してくれたまえ。君は私の話を無視できない」

「何を──」


ティアさんの目が、すっと細められた。企みごとをするときの顔だ。



「そうだね、神についてでも話そうか?」

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