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第二十八話 帰還とお迎え


「はあ、アドウェールさんの村に着くまで暫し休憩だね……」


討伐戦の後現地解散となり、ヴェラを迎えに行く為に俺とティアさんは馬車に乗り込んだ。乗り合いなどではなく、ティアさんの合種たちが引く個人用だ。今回帰宅に使うために、わざわざ馬車本体を座標指定の転送魔法で転送できるようにしたらしい。というかいつこんなの買ったんだ。

……合種たちは命令式で動いているので、言わば自動運転ということになる。事故を起こさないか、少し心配な気持ちが芽生えた。


「ということでアヨくん、服脱いで」

「どういうことでですか……?」


首を傾げつつ、言われるがままに上着を脱ぐ。恐らく治療してやるから脱げと言っているんだろう。


「違うよ、シャツも脱いで。火傷を診るんだから肌が見えなきゃ駄目だろ」

「俺にも恥ずかしさってものがあるんですけど……」


シャツを脱ぎ、ティアさんに背中を向ける。腹部の傷は自分でも処置したが、背中はできていなかったからだ。痛みには慣れていると自負しているが、それでもジンジンと痛んだ。


「恥ずかしさで言うなら私の方がずっとあるって思わないかい?」


彼女は急にそんなことを言い出した。俺に脱がさせておいて何を……と思ったが、魔人のことに思い当たりハッとする。


「その……魔人は魔人だし、ティアさんではないので……」

「でも…自分と同じ顔の奴の裸を見られるってさあ!なんと言うか……羞恥心はあるだろう!?」


ティアさんの言うことはもっともだ。魔人は魔人でティアさんには関係ない……それは勿論心の底からの本心だが、彼女の方に想像が及ばないなんてことはない。

俺だって、俺と同じ見た目の奴が急に全裸になってティアさんの前に現れたらと思うと……普通に死にたくなる。


「遠見で見てたら急に全裸になるしさぁ……倒したと思ったらアヨくんがお姫様抱っこで運んでくるしさぁ」

「あの抱え方ってそんな名前なんですね」

「アヨくん……君ってば本当に……」


ティアさんは薬を塗る手を止め、俺の肩を掴んで揺さぶる。視界がぐわんぐわんするのでやめて欲しい。

少しすると満足したのか揺さぶる手を止め、特大のため息を吐き出した。


「はぁ、やめよう。こっちばかり意識してるみたいで居心地が悪いね」

「すみません、俺ももうちょっと意識した方が良かったですか」

「それはそれで気まずいからやめてよ」


控えめな笑い声が狭い馬車の中に響いた。なんだかすごく平和だ。


「まあ、何で同じ顔なのかはちゃんと理由を知りたいですね……今考えられるものとしてはなんでしょう?」

「男体から女体になってたし、変身能力があると見るのが妥当かな。こっちを油断させるために私の顔を使ってたとか」


そこまで言って、ティアさんはため息をついた。今憶測でものを言っても仕方ないのだ。


「生け捕りにできたのは大きいよね、尋問とかするのかな」

「そこまで理性があるんでしょうか……」

「無かったら解体(バラ)されるだけだろ」


彼女は手際良く回復魔法を施しながら物騒なことを言った。魔人が解体される……やっぱりあの見た目で想像してしまうので、少し気分が悪くなってしまう。結局はただの魔物なのに、見た目の持つ力は凄まじい。


「はい、終わり。私の方でもできることはしたけど、念の為に一週間は安静にしててくれたまえ」


包帯の巻かれた俺の背中をぽんと叩き、処置の終わりを告げる。治癒を施された箇所がほんのりと暖かく、どこか心地よかった。


「到着するまで寝る、魔力を使いすぎた……アヨくんも寝るかい?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


ティアさんは椅子下から薄いブランケットを取り出し、それに包まる。この人はどこまで用意が良いんだ。俺もそのブランケットに少し間借りし、快い眠気に身を任せた。


◇◇◇


馬車が緩やかに停止したのを感じ取り、すっと目を覚ます。アドウェールの教会がある村だ。隣でまだ寝ているティアさんを起こそうとしたが、余りに深く眠っているので流石に憚られた。


(迎えに行くだけだし、俺一人でも大丈夫か)


馬車を引いている馬の合種──ニゴくんと呼ばれる彼を軽く撫で、アドウェールの家に向かって歩き出す。

ヴェラに会うのは二日ぶりだ。二日だけなのに長い間会っていなかったような感覚がある。俺も過保護になってしまったのだろうか。

教会横の家屋の前に立ち、ドアをノックする。


「失礼します、アヨです。ヴェラを迎えに来ました」


すぐに戸が開けられ、いつも通りの顔をしたアドウェールが姿を現す。家の中からはバターの良い香りがした。


「……あの子も待っている、早く入れ」

「あ!アヨかえってきた!」


忙しない足音が聞こえてきて、程なくして腹にドンと突撃される。全身で喜びを表してくれるのは保護者冥利に尽きるが、今は全身怪我しているので嬉しさと痛みが拮抗してしまった。


「二日間ありがとうございました、迷惑はおかけしてませんでしたか」

「何も無かった、真面目に教育しているのだな」


アドウェールの手がヴェラの頭を撫でる。ヴェラもそれを嬉しそうに受け入れた。関係はかなり良好なようだ。


「その……今回は本当にありがとうございました。ヴェラを預かってくれただけじゃなく、俺の仕事も代わってくれて」

「構わない、特に難しい仕事でもなかったからな。家を空ける時間もごく短かったから心配は無用だ」


トドメだけとはいえ、魔人を相手取る仕事を特に難しくもない……と言い放つ。面倒見の良い面ばかり見ていて忘れていたが、そういえばこの人物凄い実力者だったなと思い出した。上には上がいるものだ。


「その、そうじゃなくて。俺の無茶振りを聞いてくれましたけど、結果的に魔人を回収しろって教会からの命令には背くことになったじゃないですか」

「問題ない、処罰があったとして受け入れよう」


アドウェールは平然とそう言った。回収を諦めてくれと頼んだ張本人である俺にそんな権利は無いが、思わず驚いてしまう。彼はそんな俺の顔を見て、おもむろにヴェラに話しかけた。


「お嬢さん、貴方から見てアヨはどんな存在だ?」

「むずかしいしつもん……かぞく?」

「血は繋がっていないのにか?」

「いっしょにくらしてるし、だいたいそう」


彼は視線をヴェラから俺の方に戻す。何か言いたげな目だ。


「私も同じだ、そして親とは子の願いを聞いてやりたいものだろう」

「そう……ですか」


思わず呆気に取られた。前回彼と話してわだかまりを取ってから二日しか経っていないのに、父親らしさが随分磨かれている。元々父性の強い人だったのだろうか。


「ティアさんを待たせているだろう、こちらのことは良いから早く帰りなさい」

「はい、ありがとうございました」


ヴェラの手を握り、ティアさんの待つ馬車に戻ろうとする。身を翻したところでアドウェールに肩を叩かれたので見てみると、クッキーの入った袋を差し出していた。何とも不器用な人だ。思わず微笑みながらそれを受け取り、ヴェラと二人で手を振りながらアドウェールに別れを告げる。


「たのしかった。アドウェールのいえ、またいきたい」

「ああ、皆でな」


ヴェラと顔を合わせながら、他愛ない話をして歩く。日常が、ぬくもりが着実に戻ってきている感じがした。

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