第二十七話 幕引き、青空
「その傲慢、罰せられねばなりません」
シェイナが手に持つタリスマンが眩しいほどに光り輝き、神々しい気配を放つ。仕掛けておいた奇跡が発動したらしい。
傲慢を罰する奇跡。神から賜った奇跡の中でも、特に強力なそれ。それを発動させるために、態々やられ役に徹したのだ。こんなものかと侮らせ、魔人の内にある傲慢を引き出すために。
「二度も言わせないでください、ワタシの前でそのような術を……ッ!?」
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。魔人の様子が急におかしくなり、空を見上げる。何も居ない、青々とした空を。
「ああ……どこまで邪魔をすれば気が済むのです、どこまでワタシを追い回して……」
段々と声が弱々しくなり、魔人の端正な顔が怒りと僅かな失意に歪んだ。目や鼻から血が垂れ、ゴホゴホと咳き込む。
「今です、トドメを!」
先程までの底知れなさが抜けた声音のシェイナが、俺に指示を出す。伏している間回復に努めていたおかげで、問題無く立てる。呻き声をあげながらその場に立ち尽くす魔人にゆっくりと歩み寄り、トドメを刺すために剣を突きそうとする。
「……は?」
俺が剣を立てる前……一瞬前。黒いローブに身を包んだ人影が魔人の背後に現れる。金の装飾が施された短剣が見えたと思ったそのときには、既に魔人の首に刺突刃が突き立てられ、鮮やかな赤が流れていた。
「クソが、この局面で部外者かよ……!」
ガーディアの悔しそうな声が響く。目の前にいるのは、死体を掠め取りに来た教会の手先。
──いや、俺が代打を依頼したその人。
(大丈夫、ここから先はマッチポンプだ)
目の前の処刑人に剣を振りかざす。相手も短剣とは逆の手に持った長剣でそれを受け止め、鋭い金属音を響かせる。しばしの鍔迫り合いの中、教会の処刑人──顔を隠したアドウェールは、俺に合図を送った。
(あと四回打ち合ったら、『冒険者に任務を阻まれ達成が困難になった』という名目で彼は撤退する)
一回。中段の切り払いを難なく受け止められる。
二回。短剣の刺突を剣で弾く。
三回。仕込み刃で顔を狙うも刃先を砕かれる。
四回。俺が長剣を彼の手から弾き飛ばす。
舞い上がり地に刺さった長剣を一瞥し、処刑人は現れたときと同じように、霧のようにゆらりと消えた。
それと同時に、ぴんと張り詰めた空気が緩む。魔人は血を流して倒れているし、謎の来訪者(俺以外にとっては)は去った。
「びっ……くりしましたぁ、何だったんですか今の」
へたりこんだシェイナが呟く。同じ教会の人間だからもしかしたらバレるかもと思っていたが、上手くいったらしい。
倒れ込み気を失った魔人をどうするかと思い目を向けると、それと同時に念話の声が入り込んでくる。ティアさんからだ。
『お疲れ様、前衛の皆。結局ほとんどそちらが片付けてしまったね、申し訳ない』
「別にいいですよぉ、貢献が大きければ報酬も多くなりますし〜」
『ありがとう、では本題に入ろう。魔人の輸送馬車がもうすぐ到着する、こちらまで運んでくれるかな』
「馬車ぁ?転送じゃなくて良いのかよ?」
『あんな魔力の塊を強制転移させるだけの力も設備もここには無いよ。すまないね』
俺は地面に伏す魔人を見つめる。こんな状態になっても尚、魔法隊が力を合わせても強制転移させられない程の魔力を持っているのか。少し寒気のする話だ。
「止血は……した方がいいでしょうか、かなり血が出てるんですけど」
『大丈夫、それくらいじゃ死なないよ』
じゃあよろしく、と言ってティアさんは念話を切った。それと同時に疲れからため息が出る。
ガーディアとシェイナも同じように、顔に疲労を浮かべていた。
「ガーディア、ほら。眼帯お返ししますよぉ」
「ああ……ったく、アタシを傷つけるのを策に入れるなんざ大した女だ。盾役が居なくなってもいいのかよ」
「結果的には良かったじゃないですかぁ」
ボロボロになりながらも、二人の表情はどこか清々しい。態度も、前に宿に泊まった時よりお互い幾分か柔らかくなったように思える。同じ戦場に立って芽生える友情というものだろうか。
俺はそんな二人を尻目に魔人を背負う……そのまま数歩歩いてみたが、やっぱり直接見れないのは不安なので抱えることにした。ティアさんと同じ顔で全裸なのを見るのはかなり……かなり抵抗感があるが、急に目を覚まして後ろから攻撃される、なんて事態の方が恐ろしいので仕方がない。とりあえず心の中で彼女に謝っておいた。
「はぁ、疲れましたねぇ。腕もくっつけないと、まともに武器も握れませんよぉ」
「アタシも眼帯の術式の定着をやり直さねぇと……暫く無茶はできねえな」
「二人とも……すまない」
「?」
歩きながら口々に話す。二人は後ろを歩いているので顔こそ見れないが、俺の唐突な謝罪に不思議そうな声を上げた。
「二人は大怪我を負った、でも俺は……そこまでじゃない。あまり役にも立てなかったと思う。だから申し訳なくてな」
これは本心だ。俺は今回そこまで役に立てなかった。二人に無理をさせた挙句怪我まで負わせてしまったのだから、謝るのは当然のこと。
しかしガーディアもシェイナも、俺を責めることはしなかった。
「だからなんだよ、んなことで責めるなんざダセェことする訳ないだろ。アタシが活躍するのは当たり前だ」
「本当に申し訳なく思ってるなら〜、美味しいケーキでも奢ってくれればいいですよぉ」
「……ああ、ホールで奢る」
そんなにはいらないんですけどぉ?という真っ当なツッコミを聞きながら、後衛の待つ場所へ歩き続ける。沈黙が続いたが、不思議とそれも気まずくはなかった。
「あ!着いたんだね、お疲れ様」
「皆様の活躍、しかとこの目で……」
「お疲れ、ギルド職員が待ってるぞ」
後衛の魔法隊に挨拶される。軽く手を振り、そのまま輸送馬車の前で待っているギルド職員に気を失っている魔人を受け渡した。これで俺たちの仕事は終わり……正真正銘、任務達成だ。
長いようで短い魔人討伐戦が終わりを迎える。ふと空を見上げると、どこまでも澄む青が眼前に広がった。
「清々しい空だね」
薬箱を持ったティアさんが俺の隣に来る。シェイナの応急処置を済ませてきたらしい。
「青空も好きだけど、私は夜空の方が好きかな……アヨくんはどうだい?」
「俺は……」
口ごもる。俺の思う、一番綺麗な空。
「夕焼けの少し前……青に朱が混じる、あの空が好きです」
「そうかい、それも素敵だ」
俺の目には、美しい空を遮るものは映らない。目線を下げ、魔人を乗せ出発した輸送車を目で追う。
魔人は一体、空に何を見たのだろうか。




