第二十六話 天誅の巫女、鋼の番人
俺たちはもう一度、魔人と対峙する。今度は三人一緒に。心強さも勿論あるが──
(それ以上に、相手が強すぎる)
先程までも十分すぎる程に強力だった魔人が、己に課していたらしい制限を解いている。ティアさんの合種である大蛇が辺りを鎮火した筈なのに、またジリジリと焼け付くような匂いが鼻についた。
『あー、聞こえるかい?こちら後衛、先程の一撃で魔力を結構な量使った、次の一発を叩き込めるのはまだ先だ』
魔人と斬り合いながら、頭に流れ込んでくる念話の内容を聞き取る。どうやら状況は悪いらしい。相手が力を増して復活したのにメイン火力が当分使えないなんて、余りにも分が悪すぎる。
「アナタ、先程よりも動きが良いですね。なぜでしょうか?」
「さあ、なんでだろうな」
魔人の大振りな一撃を見て、ガーディアが俺たちを庇う。俺とシェイナはそこそこ負傷しているが、彼女は全く傷ついていなかった。どういう原理なのかは分からないが、絶対的な盾役が一人いるだけで、戦場の安定感は格段に増す。
次の剣撃をどこに打ち込もうか思案していると、不意にシェイナに耳打ちされた。
少しの言葉を囁かれ、俺は思わず「はぁ!?」と声に出してしまう。
安定からはかけ離れた、半ば博打のような策。
「このままじゃジリ貧でやられますからぁ。どうせなら賭けでもした方がいいですよぉ」
彼女はニッと、血と砂の付着した顔で笑ってみせる。
「その作戦、気に入らねえが仕方ねえ。早めに決着をつけたいのはアタシも同じだ」
「聞こえてたんですかぁ、やっぱり地獄耳ですねぇ」
ガーディアは腕を払って炎を押しのけ、威勢よく魔人に啖呵を切る。
「てめえの炎は生ぬりぃなあ!アタシに傷の一つも残せねえ……殺したい奴がいるらしいが、このままじゃここで犬死で終わりだ、そうだろ?」
その言葉──正確には後半部分を聞いた魔人は、僅かな苛立ちを見せた。顔にも動きにも出ていないが、少し、ほんの少しだけ。しかし、往々にしてそのほんの少しが毒と成りうるのだ。
「少々品性に欠ける発言ですね」
「人面獣心の人喰いが、どうして人間に品性を説けるんだ」
俺も続いて相手を挑発する。敵が理性を無くせば無くすだけいい、あの冷静な面の皮を剥げれば成功率は確実に上がる。
大丈夫、シェイナは先程完璧な詠唱をしてみせた。魔人も完全にとはとても言えないが、怒りの片鱗を見せている。作戦は成功する。
俺はじっと前を見据えた。目の前にいるのは、大切な人の姿をした人類の敵。負ける訳にはいかない。
「ぐっ……!」
魔人が一気に詰め寄り、ガーディアに迫る。武器こそ身につけていないが、まるで鍔迫り合いのような気迫だ。
「背後からの攻撃は見飽きました」
「なっ……」
背後に回り込み剣を振り上げたところを、魔人の背から伸びる炎が襲いかかった。肌が嫌な音を立てて焼け、血が沸騰するような気持ち悪さを感じる。
「アヨ・スローン!」
「俊敏さは非常に脅威ですが、何度も同じ手を使われては面白みに欠けますね」
炎はじわじわと身を焼き、勢いが衰えることなく延焼していく。俺は片膝をつき、だらりと腕を落とした。剣を持つ手が硬直していく。
「残りは二人です、早めにいきましょう」
ガーディアとの殴り合いを続けたまま、平坦な声でさらりと言う。魔人は飛び上がってガーディアの肩に勢いよく踵を落とした。
「いっ…てぇじゃねえか!」
そのままガーディアは反撃の姿勢をとり、篭手に着いた刃で魔人の顔を切ろうとする……はずだった。
先程の踵落としの影響で、いつの間にか彼女の左足が地面にめり込んでいる。それに気付かず踏み切ろうとしたことで、体勢を崩してしまったのだ。
「しまっ……」
頭を落とされる。誰もがそう思った。
しかし、その一瞬の後。魔人の手の中にあるものは首ではなく──
「この眼帯、内側に術式が書いてあるんですね。長期間目と接させることによる融合型の疑似魔眼でしょうか?」
その手の中にあるのは、ガーディアの眼帯だった。内側──瞼に面する側には少しの血肉のようなものがこびり付き、その向こうには魔法の術式が見える。
「何にせよ、これで面倒が減りますね。見たところあの硬さも魔眼の補助あってのものでしょうし」
魔人は好奇心に満ちた目でじっくりと術式を見つめ、浅く頷く。そして、奪った眼帯を己に装着した。
「じゃーん、どうしょう?似合っているでしょうか?」
「このクソ野郎……!」
魔人が炎を形成し、ガーディアに向かわせる。誇りである硬さを失った彼女は、それでもなお己の後ろにいるシェイナを守ろうと一歩も引かない。
「ガー…ディア……」
先程までの無傷が嘘のように、彼女の肌は火傷を負っていた。
「全て直撃して、それでも立っているなんて。強情ですね」
「当たり前だろ。ここから先には行かせねぇし、後ろの奴らも傷つけさせねえ……アタシは」
「?」
ガーディアは緩やかに、しかし力強く息を吸い込む。
「……アタシは番人だ!!!」
気圧されるような、ありったけの咆哮。簡単に、それでいて潔く信念を表すその言葉が、俺にはとても眩しいものに思えた。
「素敵な心構えです、しかし……アナタはもうどうしようもありませんよ。ご自慢の能力も、ほら」
魔人はにっこりと笑い、ガーディアから奪った眼帯を着けた目を指さす。その仕草は酷く悪趣味だ。
客観的に見て、もう何も手の打ちようが無い。絶望、望みはもう絶たれてしまった。
「──貴方」
絶望的な状況に、凛としたシェイナの声が射す。
「その傲慢、罰せられねばなりません」




