第二十四話 燎原の火
ばちばちと燃え盛る炎の塊を間一髪でかわす。熱気で視界が揺らめいている。下手に剣で受け続けたら剣が駄目になってしまいそうだ。
(隙を探さないと)
何度か打ち合い、かわし、相手の観察を続ける。傍から見たら防戦一方だが、ここで無闇に反撃しようとするより情報収集に徹底した方が良い。相手もこちらの意図を理解しているのか、肉弾戦ばかり仕掛けてくる。簡単に手札は切らないらしい。
そして、相手のタイミングがほんの少しズレたその瞬間。魔人の背後から鋭い雷撃が遅いかかった。シェイナの援護だ。
「ぐあっ……」
不意打ちに怯んでいると、追い討ちのようにガーディアが飛び出してくる。篭手を着けた拳は魔人の脳天に直撃し、その体をよろめかせた。
「モタモタするな、畳みかけろ!」
膝をついた相手の脚に剣を突き立て、逃げられないようにする……はずだった。
「なっ……」
「アナタ方、とても強いんですね。ふふ、食べたらきっと更に強くなれる」
いつの間にか別の場所に立っていることもそうだが……俺は、それの顔を見て驚きの声をあげた。
そっくりなのだ。彼女──ティアさんに。
「てめぇ、驚くのは分かるがボサっとすんな。確かめるのは今じゃなくて解剖の時だ」
「あ……ああ」
性別こそ恐らく異なるが、本当に……本当に似ている。どういうことだ?単なる他人の空似?それとも何か別の意図が絡んでいる?
……ダメだ、戦場で余計なことを考えるのは。
「おや、ワタシは解剖されてしまうんですか。それはいけませんね、ワタシはまだあの穢らわしい目を殺していませんから」
衝撃を受けるこちらを他所に、魔人は呑気に喋っている。間違いない、あれは強者の余裕だ。何となく予想はついていたが、先程の打ち合いでは力の一割も発揮していなかったんだろう。
戦闘の昂りから唾を飲み込むと、隣のガーディアに囁かれる。
「あんま興奮すんな、火力はあくまで魔法隊だ」
「……ああ、分かってる」
心を落ち着かせ、未だ動きを見せない魔人の方に向き直る。それは、あの人と同じ綺麗な笑顔でこちらを見つめていた。
大丈夫、顔が同じなだけだ。斬るのに何の支障もない。そう自分に言い聞かせ、剣を握り直す。
(相手が仕掛けてこないうちに……!)
地面を蹴り、魔人に切りかかる。相手に時間を与えてはいけない、こちらが主導権を握る展開でなれけばいけない。俺たちの仕事は時間稼ぎ、後衛に繋ぐまではきっちりこなさなければ。
◇◇◇
《ほぼ同時刻、ティア視点》
「敵は俊敏な様子、拘束魔法を……」
「あれほど強力な相手に拘束が効くのか?」
「通常のものは意味がないでしょうが、相手の魔力の情報を術式に含め専用の拘束魔法を構築すればあるいは……」
同部隊の魔法使いたちは口々に意見を言い合い、発動する魔法について話し合っている。私は索敵役だけど、多分後で駆り出されるんだろうなあ。
それにしても、拘束魔法をやろうとするのか。何事もそうだが、対象を指定しようとすると難易度は跳ね上がる。通常は対象に関わる物なんかが必要だし、それが無ければ……相手の魔力を事細かに解析して、それを術式に組み込まなければいけない。そんな面倒なことをやりたがる奴なんていない。普通は。
魔法使いたちが話し合っている間に魔人の魔力を探っておいてやるか……と思い、平原の至るところに配置した合種たちの視界を借りるため、目を閉じて手を目に重ねる。今はアヨくんたちが魔人と交戦しているみたいだ。もっと詳しく見るために、目を開けて手の形を変え、起動する術を遠見に変更する。
(おお、雷撃に頭狙いの殴打……容赦なくいくねぇ)
前衛の子たちだ。アヨくんとガーディアさんは敵前に姿を現しているが、シェイナさんは見受けられない。搦手タイプの子だったはずだし、姿を隠すのは合理的な判断だろう。
「……は?」
魔人に視線を戻したとき、そんな素っ頓狂な声が出た。同じ顔……同じなのだ。私と、魔人の顔が。私の声に驚き、何があったのかと魔法使いたちも集まってくる。
「いやその……君らも遠見で見て欲しいんだけど」
「……ティアさんと同じ顔をしているな」
「もしや親戚などでは……」
いやテンション低っ。普通もっと驚くことじゃないのか?隣にいる奴と人を脅かす魔人が同じ顔面してるのに何だこの反応は。二人とも、「どうせ解剖するし謎とかは今じゃなくて良いよなあ」というような顔をしている。
「……はあ、もういいよ。とりあえず拘束の魔法陣を書こう、私も協力する。その後は何のプランが?」
「もちろん、君のそれに俺たちが強化を重ねがけする」
ホルダーに提げた黒の瓶を指さされる。私が主導で攻撃をしかけるのは願ってもない幸運だ、戦果をあげれば魔人の死体を調べる権利を得る可能性が高まる。
「核だけですので不明瞭ですが、それでも禍々しさは充分に……」
流石はベテラン、魔力探知も一流なようだ。私は立ち上がり、スカートの裾に付着した土埃を払う。前衛たちが頑張っているんだ、こちらもモタモタしている暇は無い。
「やろう、行動開始だ」
何としてでも、私は魔人の死体を自分の手で調べなければいけない。私の悲願のため、それと……少しの個人的な興味のために。




