第二十三話 魔人討伐戦
「ティアさん、起きてください」
「んあ……まだ早いじゃないか……ほらアヨくん、布団に入りたまえよ、一緒に二度寝……」
あと一時間半で行動開始なのに、ティアさんは完全に寝ぼけていた。昨日は作業などをせず休養に専念したのだが、早寝しても早起きはできないらしい。
ティアさんとの一件があってから、俺は彼女の部屋に入る頻度が増えた。彼女に呼ばれたり、そもそも工房で寝ることが減ったりと原因は様々だが、気を許されているようで素直に嬉しい。
「共寝はしません、というか今日討伐戦ですよ」
「とう……」
ティアさんがバッと布団を捲り起き上がる。どうやら目覚めの一言がよく効いたらしい。
「招集は?」
「一時間半後です、座標指定の強制転移なので遅れられませんよ」
急に起き上がった反動で乱れたシーツと枕を直しつつ答える。そこまでの寝坊ではないことに彼女は安堵のため息をついた。そしてベッドから降り、大きく伸びをする。
「朝食はもうできてます、補給用の行動食もダイニングに」
「ありがとう、着替えたら行くよ」
そういうと彼女は無防備にパジャマを脱ぎ始める。心臓に悪いので俺が出て行ってからにしてくれないかな……と内心思いつつ、部屋を出ようとする。
「あ、ちょっと待ってくれ。左の棚、一番右上の瓶取ってくれるかい?」
「よっと……これですか」
大きな棚の上の方にある、黒いガラス瓶を手に取る。他の合種たちとは違う、毒々しく光る核が中に入っていた。
「この子は大きいからね、急に出しても体の構築が追い付かないんだ。今から準備するくらいが丁度いい」
瓶を受け取りながら彼女はそう言う。こういう時のティアさんは頼りになる、そう経験が伝えていた。
……肌着姿で言われても、あまり迫力というものが無いが。
「あと遠見の術の調整もするから……早めに出て欲しいな」
彼女は顔を赤らめる。何処に恥の感情のトリガーがあるんだこの人は。何なんだ、遠見の術の下準備をする様子を見られるのってエルフ的には何か重大な意味があるのか。
頭にハテナを浮かべつつ、ティアさんに背を押されて部屋から追い出される。長らく住み込んでいても、彼女には分からないところも多い。
◇◇◇
「招集はもうすぐだよ、準備は大丈夫?」
その言葉に頷きで応える。……強制転移の心の準備はあまり出来ていないが。
強制転移は座標と個人の魔力の特徴を参照して行われる術なのだが、術の特性上体内をまさぐられているような感覚がする。俺はこれがどうにも苦手だった。
「そういうティアさんは大丈夫ですか?」
「ばっちりだよ。ほら」
ホルダーに提げた数々の瓶と、右手にびっしりと書き込まれた魔術式を見せてくる。俺は魔法には詳しくないが、指で輪を作ったり手のひらを眼に翳したりで起動する術式が変化するらしい。視界共有や遠見もこれに含めているんだろう。
「……ああ、時間だね」
彼女がそう呟くと同時に、体内の魔力を鷲掴みにされるような感覚に襲われる。強制転移ってよく使われる魔法なのに、なんでこれは改良されないんだ。
魔力が落ち着いてきてから、ゆっくりと目を開ける。
先程までいた家とは全く違う、青々とした草原の風景。どこか遠くから、焦げ付くような匂いがする気がした。
「あ〜、始まりましたねぇ」
「魔人だろうが関係ねえ、とっとと終わらせる」
横を見ると、シェイナとガーディアがいる。どうやら前衛でひとまとめにされたらしい。
「今日はよろしく」
その言葉に、二人は武器を構えることで応えた。シェイナは乳白色のタリスマンを小さく持ち上げ、ガーディアは刃のついた篭手を装着した腕を上げて見せる。
「全部隊に告ぐ。これより魔人討伐戦を開始する」
脳内に威厳のある男の声が響く。本部にいるギルドマスターの念話だろう。
「索敵担当によれば、前衛隊の真東、ほぼ一直線……このペースで行けばあと16分で接敵する。各員、覚悟しろ」
「……微妙な時間ですねぇ」
あと16分。そうしたら、戦闘が始まる。緊張か興奮からか、ごくりと唾を飲んだ。
少しの沈黙の後、ガーディアが口を開く。
「なあ、おい……」
そして、彼女の頭を一筋の炎が貫いた……と思われた。
「痛ってぇ!あのクソ野郎、狙撃してきやがった!」
流石は硬さを誇るガーディア、痛みはあるようだがピンピンしている。……最初の一撃でガーディアが狙われたのは幸運だった。俺かシェイナが狙撃されていたら、一発目から頭数が減っていただろう。
「とりあえず報告しますねぇ、これは脅威です」
ガーディアは俺とシェイナの前に立ち塞がり、念話を起動するのを邪魔させまいとする。俺はその間に祝詞を唱え、剣に光を纏わせた。敵前での詠唱は隙が多いから、できる時にやらねば。
「あ〜、聞こえますかぁ?こちら前衛隊のシェイナ・シビュラ、現在魔人によるものと思われる狙撃を受けています〜。後衛に飛んで来ないとも限らないので、各々対策してくださいねぇ」
後半は雑だが、こんな状況で俺たちにできることも少ない。できることと言えば……
「おい、このまま突っ込むぞ。消耗させられるばっかは割に合わねえ」
「私も同意見ですねぇ」
一斉に報告のあった方角へ走る。炎が数発頬を掠めて、髪の先が少し焦げた。
意図的に魔力の放出を抑えているようだったが、ここまで近付けば俺でも分かる。走る脚を止め、焼けた草むらに立つ魔人と相対する。他の二人は各々違う位置に着いたようだ。
薄明の剣と呼ばれる教会の奇跡──それを纏った剣を構える。
相手に動きは無い。緊迫した状況で、俺は魔人を観察しようとする──フードに覆われているせいで、顔を見ることは出来ない。体格は男のそれだが華奢……服は少々焼け焦げている。
すると不意に、魔人が口を開いた。
「その不快な術をワタシの前で使わないでください」
少し低いが、どこかで聞いた事のあるような調子の声。
「こっちは仕事でやってる、悪いな」
魔人が飛びかかり、熱気が俺の体を包む。
ああ……ようやく始まった。




