第二十話 実家?訪問
ティアさんとの件も一件落着し、三人で昼の食卓を囲んでいる頃。
「まずいな」
「すみません、口に合わなかったですか」
「いやそういう意味じゃなくて」
ティアさんは綺麗に食べ終わった後の食器を片付けるために席を立ち、律義にまた着席した。
「うっかりしてたんだけど、魔人討伐戦の時ヴェラをどうするか決めてなかった」
「わたしもいきたい!!」
ヴェラがスープを口の端に付けながら会話に参加してくるので、口を拭いてやる。元気なのは良いことだが、魔人討伐に行きたがるのはこっちがひやひやする。強力な古代魔鳥とはいえ、俺たちからすれば子供だ。
「危ないから駄目だ……普通に留守番じゃダメなんですか?」
「私もそう思ってたんだけど……」
彼女は言葉を濁す。
「相手の能力が分からない以上、長期戦になる可能性もゼロじゃない……もし日を跨いだらと思うと留守番させるのも少し心配だろ」
流石に過保護じゃないですか?と言おうとしたが、先日のことを思い出して口を閉ざした。俺に教会からの任務を伝えるため、人形が家にいきなりやってきたのだ。あのときはただ俺に連絡を取る為だったが、もしかすると今は目をつけられているかもしれない。なにせ、その人形を有無を言わさず壊してしまったわけだし。
もし何かあったとき、明るい時間帯なら街へ行って助けを求められる。しかし夜だとそうもいかない。……これは、確かに心配だ。
「知り合いに当たろうと思ったんだけど、店が休みで連絡も取れなかった」
「それは……どうしましょうか」
俺も必死に知り合いの顔を思い出す。ダメだ、冒険者の顔ばかり浮かんできて子供の相手が得意そうな奴が一人もいない。処刑人時代なんてもっとダメだ、ろくに周囲との関りが……
「……あ」
「思い当たる人物でもいた?」
「一人……いやでも、ティアさんに雇われてから全然会ってないんですよね」
思い浮かんだのはアドウェールの顔だ。俺が身分を隠していた影響で、ティアさんに雇われてからは全く連絡を取っていなかったが。
幼い俺を育てた人だから、まあヴェラの相手もできるだろう。多分。自信を持って言えないけど。それに一応処刑人は裏の顔で、普段は神父をしている人だ。近くの村の人からの評判も悪くなかった。
「うーん……当たって砕ける覚悟で訪ねてみますか」
「本当にいいの?」
「元々会いに行く予定はありましたし……ついでということで」
「へえ……ちなみに何の予定が?」
なんと言えばいいのか分からず、俺は頬をかく。
「『賭けをするための賭け』です」
◇◇◇
馬車を走らせて二時間半と少しした村の外れにある、小さくも入念に手入れされた教会。拾われてからの俺が育った場所だ。馬車が止まるのは村の入り口なので、そこから少し歩く必要がある。
本来は俺一人で来る予定だったが、ヴェラの件もありティアさんとヴェラと一緒に三人で来てしまった。
「ここ、アヨのおとうさんすんでる?」
「父親じゃないが……まあそうだ」
馬車に揺られればヴェラも眠くなって大人しくしているだろうと思っていたが、そんなことはなく。行きの馬車の中では初めて見る景色たちに興味津々ではしゃいでいた。ずっと相手をしていたので少し疲れる。子供はそういう生き物なので仕方ないが。
「アヨくんが教会の人間ってバレて逆に良かったかもね、こうして育ての親の方に会える訳だし」
ティアさんが馬車から降りながら話す。彼女はいつもの服より、少しきっちりとした衣装に身を包んでいた。中々新鮮なものである。
「もう来たことは感づかれてると思います、なるべく自然体で行きましょう」
アドウェールは俺とは比べ物にならない程の実力を持った処刑人だ。何度か仕事現場に付き添ったこともあったが、これを自分がやろうとしても猿真似にしかなれないんだろうなと毎度思っていた。……今見れば、違う感想を抱けるのだろうか。
往日に思いを馳せていると、ヴェラが池を指さしてみせた。池には真っ白な花が浮かんでいる。
「みて、いけにはないっぱい」
「本当だ、睡蓮……雫蓮かな、アドウェールさんがお世話してるの?」
「はい、ここの様子を見るのが日課で。世話を欠かしたとこは見たことないですね」
本当に見たことがない。仕事が長引いて夜遅くに帰ってきたときなんて、血の付着した外套もそのままに池に直行していた。今思えば完全に不審者である。そんな男でも村民に尊敬される神父様としてやっているのだから、つくづく不思議なものだ。
「……あ、こっちに向かってきてる」
「えっ嘘!?大丈夫かなヴェラ、私見た目変じゃないかい!?」
「ティアうるさい、どうどうとするべき」
呑気に花を見ている場合じゃなかったか?しかし今から速足で向かってもどうせ途中で鉢合わせる、それならここで待っていた方が……
「やあ、見慣れないお客人がた。この村に何か御用でも?」
……思ったより早かった。俺は彼に背を向ける形で立っていたのを、振り返りアドウェールに顔を向ける。俺の顔を見たアドウェールは、驚いたように眉を上げた。
「……アヨ?なぜ急に」
「その……立ち話もなんですし、一旦室内に入りません?」
◇◇◇
アドウェールの管理する教会──の隣、彼の住む家にて。俺たちは応接間に通され、アドウェールの淹れたお茶を飲んでいた。
「ああ、貴方がアヨの雇い主なのですか……うちの弟子がご迷惑をおかけしてはいませんか」
彼がにこやかにティアさんに話しかける。この人の外面ってこんな感じだったんだな……と思いながら、出された菓子をつまんだ。
「全く、むしろとても優秀な人ですよ。私も助かっています」
「アヨいいやつ!わたしともあそんでくれる」
ヴェラがクッキーを食べながら手を上げる。アドウェールはそんな彼女を見て、疑問に思うような顔をしてこちらに話を振ってくる。
「アヨ、このお嬢さんとはどういった関係なのだ?」
「ダンジョンで拾った子供です、今は一緒に暮らしています」
そう聞くと、彼は懐かしむような視線をヴェラに投げかけた。俺を拾って育てたのと重ねているのかもしれない。俺はこんな可愛げのある子供ではなかったが。
「……少し席を外させてください」
アドウェールは席を立ち、俺にアイコンタクトを送った。二人で話をしたいのだろう。俺はそれに応じ、彼に続いて外へ出た。
「一年以上顔を見せなかっただろう。急に来たかと思えば女性を引き連れて子供までいる、驚いたな」
「そういう関係ではないです」
庭のベンチに並んで座り、話し始める。客人用の敬語で話す彼より、こちらの方がしっくりきた。
「あの女性の杖……銀の逆三角、神に立ち向かう者の証だ。教会へ連れてきて……いや、共にいて良いのか」
「俺もそう思ってついこの間までは処刑人の身分を隠してました、バレてからも特に問題は無いです」
そういうことではない、とでも言いたげなため息が聞こえてくる。しかしその後、お前が良いなら良いがという付け足しも聞こえてきた。
「……まあいい。紹介できるようになったからと言って、それだけで顔を見せに来るたちでも無いだろう。要件は何だ」
「二日後に魔人討伐があります、ヴェラ一人で留守番させるのも心配なので預かってもらいたくて」
「……私に?」
まずい、さすがに駄目だったか。急に帰ってきたかと思ったら子供の面倒を見ろだなんて、普通だったら嫌がるか。当たって砕けたな、と思い一周まわって穏やかな顔をしていると……
「な、何故だ?」
初めて聞くような、アドウェールの素っ頓狂な疑問の声が耳に入ってきた。




