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第十八話 シェイナ・シビュラ


寝心地の良い寝袋に包まれるのを堪能しつつ、ゆっくりと目を開ける。ああそうか、今日は宿に泊まったんだった。起き上がり寝袋を片付ける。

宿の中でもできる鍛錬はある、とりあえず魔力制御を……


「……なんだ、ガーディアも起きてるじゃないか」

「なんならてめえがビリだ、もう明るい時間帯だぞ。シェイナなら朝風呂に行ったぜ」


ガーディアはまた何かを食べている様子だ。何か固いもの……ガリガリとした音が聞こえる。


「それ輝石じゃないか?」

「食って魔力補給してんだよ、討伐戦はもう二日後だろ」


輝石を……食べる……?理解が追いつかない。輝石って石じゃないのか。魔力を大量に含んでいるとはいえ石を経口摂取……?

今度俺もやってみようかな、と思った。慣れない場所での寝起きだから頭が働いていないのかもしれない。


「あ、起きたんですねぇ。またビリ、ノロマですねぇ」

「シェイナ」


ラフな格好して、髪をタオルで拭きながら部屋に入ってくる彼女。今日はこの女、シェイナ・シビュラと買い物に行く約束をしている。ティアさんに謝りに行く用の土産だ。


「もう開いてる店もありますし、早く支度してくださいね〜?こっちの時間を無駄にしないでください」

「さすがにそこは弁えている」


そう言いつつ、寝間着から普段着に着替える。当たり前のように女性がいる部屋で着替えているけどこれは大丈夫なんだろうか。いや、二人ともパーティ単位での野営やダンジョン攻略で見慣れているのかもしれない。冒険者は職業柄過酷な環境で寝泊まりすることも多く、着替えや風呂に贅沢を言えない状況もままある。


「おい露出狂、着替えは脱衣場でしろ」

「そんなに自分の肉体を見せびらかしたいんですかぁ……?」


それはそれとして駄目だったらしい。俺は半裸のまま脱衣場へ向かい、そこで着替えることにした。


(ティアさんだったら怒らないんだけどなあ)


……俺はなんて甘ったれたことを考えているんだ。その彼女を傷つけてしまったから、今からシェイナの手を借りてまで許しを乞いに行くんじゃないか。


「支度は終わった、いつでもいけるぞ」

「はいはい、じゃあ行きますよぉ」


部屋に戻ると、いつも通りのシェイナの姿があった。ツインテールも黒く艶々としている。


「ああそうだ、これ」


貨幣の詰められた袋を投げ渡す。飛び入り宿泊させてもらったお礼も含めての宿賃だ。


「まあ、貰っておいてあげますよぉ。貯えがあるに越したことはありませんしねぇ」


そして、俺たちは街へと歩き出していった。


◇◇◇


小綺麗な店が並ぶ大通り。近くの通りで朝市をしているらしくここもそこそこ人通りがあるが、騒がしいという程ではない。窓に並ぶ商品を眺めながら、俺はシェイナと会話していた。


「あなた、彼女の好きな物とか知ってるんです?それすら知らなかったら流石にドン引きですねぇ」

「合種研究がライフワークで、あとよくフワフワしたものを撫でたがってる」


よく柔らかい小型の魔物の合種たちが標的にされていることを思い出す。まだ雇われたばかりの頃、工房で突っ伏していたティアさんがフワフワに埋もれていた時は驚いた。後に知ったが、あれは「吸い」というらしい。


「ふむ……後者は却下ですねぇ、既に家に愛玩対象がいるのに代替する必要はありませんからぁ」

「となると……合種に関する書籍とか?」

「本屋はここから遠いですねぇ、まあゆっくり行きましょうか」


パンの焼ける匂い、子供の軽い足取りが石畳の上を躍る音、朝特有の澄んだ空気の肌触り。

早起きしてぶらつく時の特権──いつもはこれより早く起きているけど、鍛錬しているときは自らの外に気を配る余地はない。だから、今の感覚は新鮮に心地よい。


「なあ、シェイナはどうして家に帰りたいんだ?というか、教会の指令書には人を指名する文言は無かっただろ?なんでシェイナだったんだ?」

「……どういう風の吹き回しですかぁ?」

「話すことがない……あと、単に気になった。俺以外に教会からの冒険者はいないと思ってたんだ」


シェイナは一瞬考え込む素振りをする。話し始めるかと思いきや、また考え込む。少しして、ようやく口を開いた。


「……家に帰りたいのは、冒険者の仕事より巫女をしている方が性に合うからですねぇ」

「もうひとつの方の答えは?」


また考え込む。今度は開口するまでが早かった。


「言いたくありません」


その目はどこか物悲しさを感じさせた。俺は質問したことを、少し後悔する。


「まあでも、言いたくなったら言ってあげますよぉ。教会に言われて冒険者になった経緯上、身の上話はしにくかったですけど〜……まあ、一応教会の同僚なわけですし」

「そうか。気長に待ってる」


やはり同じように教会の命令で冒険者になった人間だということが効いているのだろう。初対面のときより、彼女の態度は随分軟化した。彼女の言い方的に実家も遠いんだろうし、俺と違って何かあっても頼れる人が居なかったんだろう。そんな彼女の話し相手になれるのは、存外に嬉しい。


「……そういえば、最初はなんであんなに俺に突っかかってきてたんだ?」

「本当に分からないんですかぁ?」


頑張って頭の中を探る。こんな女の子と関わった記憶はどこにも埋まっていない。


「すまない、本当に分からない」

「冒険者試験のとき!あなたの成績がこっとごとく私より上だったんですよぉ!唯一勝てたのは保存魔法だけ!このシェイナ・シビュラがですよぉ!?」


なんと、彼女もあのときあの場に居たのか。目の前の試験をこなすのに夢中で、受験者のことはあまり気にしていなかったせいだ。俺は辛うじて受験者の顔を見た記憶のある場面……対魔物の実技戦を思い出す。長く苦しめるのは悪いと思って、速攻で急所を刺したあの戦闘……


「……あ、だからギルドのときにスピード狂って」

「はー……ここまで鈍いとか有り得ませんよぉ?ティアもさぞかし苦労してるんでしょうね〜」


幾度目かの呆れを受け、ピタリと脚を止める。目の前には立派な本屋がそびえていた。


「着きましたよぉ、どの本を買うかはあなたが決めるんです」

「もちろん、俺がティアさんに贈るものだからな」


魔人討伐戦まであと二日。俺と彼女はまだ仲直りしていないし、教会からの指令もどうするか決めていない。問題は山積みだけど、それでもできることをしようと決めた。

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