第十六話 巫女と番人
「それにしても、あなた住み込みの雇われじゃなかったんですかぁ?こんな夜にフラついてるなんて……もしかしてあの女に捨てられたとかぁ?」
いきなり嫌なところを突いてくる。捨てられてはいないと思いたい。
「……あのねぇ、さっきから辛気臭いんですよ。こんなにカワイイ美少女が隣にいて、そんな顔面蒼白なことありますかぁ?」
「すまない、人の顔で判断するタイプじゃないんだ」
そう言うと、即座にシェイナにゲシッと脚を蹴られる。さすがは討伐戦の依頼が来るほどの冒険者、割と蹴りが痛い。持っている食べ物の袋が揺れるのでやめて欲しい。
「着きましたよぉ、ここが私たちの宿です」
「おお、デカいな」
この街でも一二を争うほどであろう立派さだ。ここを利用するのは大体、この街を経由して大都市に商売へ行く豪商だとか、ベテラン冒険者だとかだろう。
「すみませ〜ん、私たちの部屋一人追加で泊まるのでぇ、寝袋とか貸して頂けますかぁ?」
「承知しました、後ほどお持ち致します」
流石良い宿、サービスも良いんだな。受付の女性に要求を伝え、階上へ向かう。二階の角部屋でガーディアが待っているらしい。
「はぁ、あの人実力は凄いんですけどねぇ?素行に難ありって言うかぁ……」
「おい、聞かれてる可能性もあるのにそんな事言わない方がいいぞ」
少し歩き、角部屋のドアを開ける。ガチャリと小気味良い音が鳴る。
眼帯の冒険者──ガーディアは、窓際の椅子に座って待ち受けていた。室内だというのに、マントを外さずフードを浅く被っている。そういえばギルドの集まりのときもそうだったな。
「ああ、この男の言う通りだな。本人に聞こえる位置で陰口を叩くのはカスのすることだ」
「地獄耳さんごめんなさぁい、聞こえてたんですか〜?でも素行が悪いのはほんとなので直してくださいねぇ」
「ハッ、じゃあ良い子になるためにまずテメェのうるせえ喉を掻っ切ってやろうか?」
ガーディアは親指で喉を横切るジェスチャーをする。
この二人、一緒の宿に泊まっている割に険悪すぎないか?それとも、俺の常識で測れない「仲良し」というやつなんだろうか。
「テメェ失礼なこと考えてねえか?アタシとコイツは仲良しなんかじゃねえ」
「……心を読まないでくれるか」
小さな拒否を示しつつ、食べ物が詰められた袋をテーブルの上に置く。彼女は機嫌を直した様子でその中に手を伸ばし、タレの香ばしい匂いが漂う串焼きを取り出し嚙みついた。豪快な食べっぷりだ。
「まったく、作戦会議するつもりあるんですかぁ?」
「ああ、簡単な話さ。アタシが守って後衛でぶち抜きゃいい」
「ほら、ずっとこの調子なんですよ」
「豪快を絵に描いたような人間だな」
でも、今まで出会ってきたこういうタイプの人間は、とどめも自分で刺したがる奴が多かった。彼女はきっと一味違うのだろう。完全な「例外」だと思っていたが、案外協調性のある冒険者なのかもしれない。
「とりあえず、互いに能力の詳細を開示しておきませんかぁ?同じ部隊の人間がそれすら分かってないようじゃお笑い種ですから~」
シェイナも、声色こそヘラヘラとしているが言っている内容は至極真っ当だ。なんだ、第一印象が先走ってただけで二人共ちゃんとした人じゃないか。
「ああでも、アヨ・スローンはその必要もないかもしれませんねぇ?本番じゃきっと、あなた抜きですぐ片が付きますから」
前言撤回、彼女は完璧に例外だ。俺を嘲笑うかのように黒いツインテールの先が揺れている。こういう言葉にカッとなるたちではないので受け流せはするが、この女は今までパーティとかどうしてたんだろうな、というどうでもいい疑問が通り抜けていく。
「互いに紹介?てめぇらはアタシのことだけ覚えといて、アタシの後ろで喚いてりゃいいんだよ。番人様、魔人の炎から守ってくださいー……ってな」
「自分の身は自分で守る、それに二人してお前の後ろにいたら魔人を足止めできないだろ」
「そりゃ結構なことだ。じゃあお前は何が出来る?」
「俺は……」
思わず口ごもってしまう。俺もまた彼女らと同じくベテランと呼ばれる身だが、恥ずかしいことに自らの能力を顧みることは少なかった。速さは誇れるものだろうが、それも人間の暗殺由来で培ったもの。魔人に通用するだろうか?
「なんです、まさか得意分野もないんですかぁ?」
「足が速い」
「てめぇはガキか?」
まずい、二人から怪訝な目で見られている。いやでも……教会のことは言っていいのか?現場判断というのもマズいのでは?
(いや……人命がかかってる討伐戦でそんなこと言ってられないな)
「それと、教会の奇跡を使える」
「はぁ?なんであなたなんかが……」
「さっきのよりはだいぶマシだな。アタシは教会には詳しくねぇが」
ガーディアには先程との落差もあってか割と好印象のようだが、シェイナはわなわなと震えている。なにか教会に因縁でもあるんだろうか。
「わっ……私も神から賜った奇跡を扱えます。勿論、アヨ・スローンとは比べ物にならない程強力ですが」
「へえ、シェイナも教会の出なのか?」
そう言うと、シェイナは堪忍袋の緒が切れたようにバッと顔を上げこちらに詰め寄って来た。俺はやはり彼女と仲良くなれないかもしれない。
「シビュラって本当に聞いたことないんですか!?あなた仮にも奇跡を扱う身ですよねぇ!?」
「……すまないガーディア、知ってるか」
「アタシに聞くんじゃねえ」
シェイナは有り得ないものでも見るような目で俺を見る。そんな目で見られても知らないものは知らない。
シビュラ……シェイナの家名か。何か高名な神官の一族とかだろうか。昔アドウェールが少し言及していた気がしないでもない。
「というか、何故あなたが奇跡を使うんです〜?聖職者という出で立ちでもないでしょうに」
「実家が小さい教会で」
嘘は言っていない。実家と呼べるのはアドウェールと過ごしたあの教会くらいなものだ。ああ、思い返したら久しぶりに訪ねたくなってきたな。彼は今元気にしているだろうか?処刑人の仕事を一人でこなすのは負担だろうな。
「ガーディアは何ができるんだ?俺達もそれによって動きを変えるかもしれない」
「なっ、なんであなたが決め──」
「だから言ってるだろ、アタシは番人だって」
俺たちが首を傾げたままでいると、ガーディアは痺れを切らして目の前のテーブルに置いてあったナイフを手に取る。こいつこんなに短気なのか?咄嗟に身構え迎撃の体勢を取る、しかし……
ガーディアが刺したのは、俺ではなく彼女自身の腹だった。




