第十五話 灰心喪気の冒険者
急に俺たちの目の前に現れ、俺に教会の魔人暗殺作戦に参加しろと宣ってきた正体不明の聖職者。
黒い外套が風に靡き、仮面は薄暗闇の中で鈍い光沢を放っている。
(最悪だ……こんな状況でティアさんに秘密をバラされた)
俺が彼女と出会ってからずっとひた隠しにしてきた事実。俺が教会の処刑人であるということが、部外者によってこんなにもあっさりとバラされてしまった。
「沈黙は受諾と見なします、次会う時を楽しっ──」
その聖職者は最後まで言う前に、背後から襲ってきた三つの頭を持つ獣に体を食い破られた。ティアさんが使役する合種ケルベロスのサーベラだ。
「ふん、ただの人形じゃあないか……サーベラ、汚いから食べちゃダメだ」
サーベラは主人の命令を聞くと、執拗に破壊していた人形の体を差し出す。ティアさんはそれの断面や中身をまじまじと見て、心底不思議そうな顔をしていた。
「教会の技術はどうなってるんだ……?からくり仕掛けでもないただの人形なのに、魔法の気配も無いじゃないか……」
「ねえ、アヨくん」
彼女は壊れた人形をカチャカチャとパズルのように弄りながら、こちらに話しかける。これ以上ない程に、心臓がはち切れそうだ。
「その……本当なのかい?あれだろ、処刑人って……噂じゃ教会の暗部で、教会の命に従う暗殺者」
「……はい」
嘘をついても仕方がないと思い、控えめな肯定を送る。今否定したって怪しさは残るのだ。彼女にこれからずっと疑念を持たれて生活するのは辛い。
「そう……ずっと隠してたんだ」
今何を言ったって、言い訳にしかならない。あなたのことが大切だから傷つけなくなかっただとか、関係を壊したくなかったとか、全部俺の勝手な感情だ。彼女は神に反骨心を抱く者で、俺は教会の人間。立場上は相容れない存在。
「家に帰ろうか、外は寒い」
彼女は複雑そうな面持ちで、それでも尚俺に笑いかけた。
◇◇◇
家に帰りシャワーを浴びながら、冷えた頭で考える。先程の出来事からずっと、ティアさんは気まずそうにしていた。それも当たり前か、一年半以上一緒に住んでた人間が重大な隠し事をしていた訳だし。
(ん……なんかシャワー変だな)
水勢が強くなったり弱まったりで不安定だ。絡繰式じゃなくて水の魔法石タイプのシャワーだから、魔力を流すだけで使えて故障なんてないはずなのに。
(……俺の魔力が不安定になってるってことか)
はあ、と特大のため息を吐き出す。ここまでとは思わなかった。自分の中でここでの生活が大切なものになっているのは感じていたが、まさか魔力を乱してしまうまでなんて。
シャワーを止め、浴室から出る。今日は湯に浸かる気分ではなかった。
(……あ、ティアさん呼ばないと)
この家では風呂から上がったら、次の人を呼ぶ習慣がある。俺は服を着て、ティアさんのいる工房へ向かった。
「ティアさん、お風呂開きましたよ」
「ん?んん、分かった……」
彼女はギルド本部で配られた書類を心ここに在らずな様子で眺めながら、間の抜けた返事をした。なんというか、こんな様子の彼女は珍しい。
「すみません、今日は外で泊まってきます」
「え!?あ、うん……」
俺の言葉に対し、彼女は素っ頓狂な声を出す。急な提案だが、今は別々の場所で過ごした方が、お互い気分的に楽な気がしたのだ。
「じゃあ、行ってきます」
「……うん、気をつけてね」
◇◇◇
(あんなことを言っておいて、宿のあても無かったな)
街をふらつき、酔っぱらいが行き交う様を眺める。夜の街は酒場の色が強くなって騒がしい。酒場で飲み明かすのも良いが、やっぱり宿を探したい気持ちも強い。さて、どうしたものか。
「げえっ、なぁんでアヨ・スローンがここに……」
聞いた事のある声がして振り返ると、そこには今日の集まりで見たツインテールの少女がいた。えっと、名前は……
「シェ……シュ…シェイアだっけ?」
「シェイナ・シビュラですよ、同業者の名前も覚えられないんですかぁ?」
「すまない」
俺は謝りつつ、シェイナの持つ荷物を見る。食べ物のいい匂いがする袋が三つ、彼女の腕に抱えられていた。
「そんなに見てもあげませんけどぉ?」
「いや、そんなに買ってどうするんだろうと思ってな」
彼女は大食らいなタイプには見えない。むしろ細い体をしている。こんな量の食料が胃に入るようには到底思えなかった。
「ああ、ガーディアと一緒に食べるんですよ。彼女大食いで困るんですよねぇ」
ガーディア、俺たちと同じく魔人討伐戦で前衛に配置される予定の冒険者だ。
「……もしかして、俺抜きで作戦会議しようとしてたのか?」
「あなたが集まりの後、あの魔法使いだか錬成術士だかの女と一緒にとっとと帰ったからですよぉ。ガーディアは残ってたから誘っただけ」
ふむ、宿に困っていたところにちょうどいい話だ。
「今から俺も参加していいか?宿賃はもちろん払う」
「……足りないですねぇ、私たちの分の宿賃も払ってくれるならいいですよぉ」
「決まりだな」
彼女の重そうな荷物を持ち、大通りに面しているという彼女達の宿へ向かう。
一時的に問題を忘れられる上に討伐戦の話し合いもできるなら、きっと一石二鳥のはずだ。そう思い込むことにした。




