9:fly
よく晴れた暖かい陽気の中、私はダライアス様の屋敷の庭園に立っていた。
この日は私が作った飛翔の魔石を試してみる日だった。
近くにはノアとオスカー、そして最近仲良くなったスチュアートがいた。
スチュアートは私より2つ年下で、癖っ毛の焦茶の髪に青い瞳をしている人懐っこい可愛い少年だった。
何故か私が魔石を作ると、この3人が集まってくるようになった。
みんな威力の高い私の魔石を使ってみたい、魔法に夢中な人たちだ。
「何に飛翔の魔法をかけるの?」
スチュアートが首をかしげながら聞いてきた。
飛翔の魔法は何か物にかけて浮かせるもの……というのがこのゲームの世界の魔導師たちの一般常識らしい。
「僕にかけるよ」
私はニヤッと笑った。
「!!」
スチュアートが目をまん丸にさせて驚いた。
この世界では、人に魔法をかける系は高度なものに分類された。
状態異常系と同じで難しいのだ。
けれど私は、その人に魔法をかける系が得意だった。
ピンクの瞳が魅了魔法をかけてしまうことに関係しているのかもしれない。
「〝fly!〟」
私はそう言って、自分自身に魔法をかけた。
イメージは背中に羽が生える感じ。
鳥になって飛ぶんだ。
私は光の粒子に包まれた。
そしてひときわ眩く光ると飛散して粒子は無くなった。
「…………」
私は背中の羽を動かすイメージで、集中して魔法の流れを意識した。
すると体が浮いて空に舞い上がった。
男の子の格好で良かった!
ズボンだし、動きやすい。
オスカーが驚いた表情で私を見上げ「飛んだ」と思わず言っていた。
私はそんなオスカーに「上手くいって良かった!」と笑いながら返事をした。
私は嬉しくなって、今度は横に移動できるか試してみた。
イメージ通りにヒュンと飛ぶことができた。
すごい!
いつも魔法を使う時は感動するけど、飛ぶのは格段に感動する!!
私はニコニコ笑いながら、しばらく空の中を泳いだ。
私が飛翔の魔法に満足して地上に降り立つと、その魔石をオスカーに貸した。
オスカーは有望なだけあって、自分に飛翔の魔法をかけることは出来た。
けれど飛ぶというイメージが上手く出来ずに苦戦しているようだった。
空中には浮けているオスカーに向かって、私は声をかけた。
「鳥が羽を広げて滑空しているイメージだよ!」
オスカーは1度私に頷いてからフワフワ移動しだした。
その次はスチュアートの番だった。
彼はまだ人に対して魔法をかけることができないので、私が代わりにかけてあげた。
「うわぁ! 浮いてる!!」
スチュアートはユラユラと空中を漂っている感じだったが満足気だ。
最後にノアの番だった。
いつもは1番に魔法を試したがるのに珍しい。
ノアも、もちろん自分に魔法をかけることが出来た。
そして余裕の表情で空中に舞い上がって自在に飛んで見せた。
「なるほど。みんなの様子を見てちょっとでもコツを掴もうとしたんだ……」
私は空を見上げながら呟いた。
「けど、この魔法疲れるねぇ」
スチュアートが芝生の上に寝っ転がった。
「イメージし続けるのに、集中力使うからな」
オスカーも芝生の上に座って足を投げ出す。
私も2人のように座り込んだ。
手を後ろについて目を閉じて上を向く。
そよそよと心地よい風が吹き、こんな日はどこかに出掛けたくなるな、と心の中で思った。
「ラズはどうして自分に飛翔の魔法をかけようって思ったの?」
スチュアートが寝っ転がったまま、好奇心に溢れたキラキラした瞳を私に向けてきた。
「うーん……せっかく魔法が使えるなら鳥みたいに大空を自由に飛んでみたいなって」
私は少しハニカミながら答えた。
それを聞いたオスカーも会話に入ってきた。
「ラズは魔法のセンスが抜群だからね。あのノアがそう言って褒めてたよ」
そう言って彼は爽やかに笑った。
「えー僕の前では一切褒めないのに……」
私は少し照れながら口を尖らした。
手のかかる弟みたいなノアだが、先生だから褒められると素直に嬉しい。
そんな私に、起き上がったスチュアートがコソコソっと喋りかけてきた。
「ノアと言えば、最近優しくなったよね。前は魔法も1番出来るし威張るしで近寄りづらかったんだ」
彼は眉を少し下げて苦笑した。
うーん。
まぁあのプライドがちょっと高い感じは、年の近い子からしたら鼻につくかもしれない。
そんなことを考えていると、オスカーが口を開いた。
「ラズもすごいよね。そのノアの隣でいつもニコニコ話を聞いているから」
「…………弟みたいに思ってるからかな?」
「アハハッ! そりゃいいね。弟かぁ」
オスカーと2人して笑い合った。
「誰が弟だって?」
気が付くと、私たちの近くにノアが立っていた。
飛翔の魔法はやめて地面に立ち、眉間にシワをよせて怒っていた。
「どっちかって言うと俺がラズの世話を見てるんだから、お前が妹だろ?」
ノアが私を少し睨みながらそう言った。
そして次の瞬間『しまった』という顔をした。
「「妹?」」
オスカーとスチュアートがそろって私の方を見た。
「……ラズって女の子なの?」
スチュアートがあんぐりした表情を私に向けた。
「中性的な子だなって思ってたけど、女の子だったんだ……」
オスカーは薄々勘付いていたのか、少し頷いて納得している感じだった。
「……ごめん」
ノアが珍しく素直に謝った。
「うん。やっぱりノアが弟だね」
私はニコニコしたままノアに対して怒っているオーラを出した。
「じゃあじゃあ、ラズは良いとこの令嬢なの?」
気を取り直したスチュアートが好奇心旺盛な目をまた向けて聞いてきた。
「……どうしてそう思ったの?」
「ラズは寮で暮らさずに家に帰るでしょ?」
スチュアートが首をかしげた。
ダライアス様の元で魔法を学ぶ人たちはほとんどの人が一般市民なので、この屋敷で暮らしている人が大半だった。
広大な屋敷の中には寮も完備されており、スチュアートたちも、もちろん寮で暮らしていた。
家からわざわざ足を運んでいるのは何か理由があるか高貴な生まれだからと推測されているようだ。
いつの間にか私の近くに座ったノアが喋り出した。
「師匠のもとでは皆平等だ。あんまり深入りするのは失礼だぞ」
そう言ってジト目でスチュアートを見た。
スチュアートは一瞬ビクっとして「ごめん……」と青ざめた表情で私に謝ってきた。
それを見たオスカーがニヤニヤしながらノアに言った。
「そんなこと言って、ノアだけいろいろ知ってるのはずるいよ。俺も可愛い女の子の弟子が欲しい」
「なっ! 別にいろいろ知ってるわけでは……」
ノアが顔を赤くしてそっぽを向きゴニョゴニョ言っていた。
そんな2人のことは気にもせず、スチュアートが私を見つめた。
「でも帰る家があるのっていいなぁ。僕は戦争孤児だから親の顔すら覚えてないし……」
眉を下げ目線を落とした悲し気な表情で、スチュアートが無理に笑いながら俯いた。
この、のほほんとした乙女ゲームの世界でも8年前に、近くの国で大きな戦争があった。
そっか、スチュアートの両親はその戦争で亡くなったんだ……
8年前っていったら、スチュアートは2歳?
だから両親の顔を覚えてないのか……
「…………」
私の瞳から音もなく涙がハラハラとこぼれた。
「!! ラズ!!」
ノアがいち早く気付いて自分の袖を私の目に押し当てる。
そして私を抱えるように立ち上がらせてオスカーとスチュアートから距離をとった。
「バカ! 何泣いてんだよ!?」
「だって……」
私はノアの腕からそっと顔を上げた。
オスカーとスチュアートがゆっくりと立ち上がった。
2人とも虚ろな瞳で口元は笑っている。
魅了魔法がかかってしまったようだ。
「〝sleep!〟」
私は慌てて魔法を叫んだ。
こんな時のために腕輪にあらかじめ睡眠の魔石をセットしていたのだ。
「……ラズ、こっちおいでよ」
オスカーがニヤリと笑いながら私に手を伸ばして近づいてきた。
「魔法が効かない……」
私は唖然とした表情をノアに向けた。
「……魔法が弾かれてた。おそらく魅了魔法の方が強力なんだ」
ノアはオスカーたちに目を向けたまま、苦々しく答えた。
睡眠の魔法が効かない……
おそらく、他の状態異常の魔法も効かないだろう。
……魅了魔法をかけてしまった時の対策がやっぱり無い!
私は目の前の出来事に、愕然とした。
「……逃げるぞ!」
ノアが私の手を握って走り出した。
「どこへ!?」
私も引っ張られながら走り出した。
「今、考えてる!!」
ノアの叫び声が穏やかな陽気の青空に響いた。




