8:実験
「あー気が楽になったー! 魅了魔法が効かない人がいるなんて、本当に良かった」
後日のダライアス様のお屋敷でのノアとの授業中、休憩時間になったので私たちはお喋りしていた。
私は机に伏せながら、自分の腕の上に顔をのせた。
「ふわぁぁ。……ほら、あくびも気兼ねなく出来る」
口を片手で隠しながら、あくびをする。
涙が軽く目尻に滲むがノアの前なら大丈夫。
なんて素晴らしいのだ。
「お前なぁ、魅了魔法は効かないけど、鬱陶しい感じはまとわりつくんだぞ」
ノアが足を組んで頬杖をついて私を見下ろしていた。
不機嫌な顔で。
「……ちなみに今のでどのくらい?」
私は目線のみ動かしてノアを見た。
「2分ぐらい……」
ノアは律儀に答えてくれた。
あくびの涙で2分ぐらい魅了魔法が発動するらしい。
「恐ろしい」
私はポツリと呟いた。
ノアの協力のお陰で、この魅了魔法について、いろいろなことが分かってきた。
まずは発動する条件。
私のピンクの瞳が、ある一定の量の液体で濡れることが条件だった。
涙を拭いたハンカチとかには効力は残らない。
けれど、泣いている状態で涙をすぐにハンカチで拭いたり、目を覆って隠したりしてみても、辺りに魅了魔法がかかってしまう。
ちなみにこの時の実験方法はシュールだった。
泣き虫な私でもいきなり泣くことは難しいから『目をずっと開いておく』という方法をとったのだ。
「……アハハ!」
初めはジーッとノアと見つめ合っていたが、睨めっこみたいで笑ってしまった。
「……笑ってたら泣けないぞ」
ノアが何故だか頬を薄っすら赤く染めて、照れながら私を睨む。
「クフフッ……そうか、別にノアを見てなくてもいいのか」
私はそう思い、部屋のある一点に集中して目を開いた状態を維持する。
「あー、涙出そう。……来た来た」
私はそう言いながら、ドヤ顔で涙を流す顔をノアの方に向けた。
「はいはい。魅了魔法も発動したぜー」
「涙、拭いてみたよ。どう?」
「んー、まだちょっと発動してる……」
「そっか。待って。ちょっと落ち着く。…………今は?」
私は気持ちを落ち着かせて泣いている状態を止めた。
瞳から涙は溢れてこない。
「……止まったかな」
「ふむふむ。なるほど」
そうやって、実験の結果を私はノートにメモしていった。
また、目薬の要領で瞳を濡らしてみればどうなるのだろう?と思い、水で実験した。
この世界にはまだ気軽に手に入る目薬は無かったからだ。
「……どう?」
私は上を向いてスポイトのような道具で瞳に水を垂らした。
「あー、発動してる。泣いてる時よりは弱いけど……」
「……お願いしたら聞いてくれそう?」
私はゲームのラズベリーを思い出しながら聞いた。
彼女は目をウルウルさせるだけで、涙を流して泣いていたのは断罪される最後だけだった。
魅了魔法が発動していたハズなのに襲われたりはしていない。
なぜか周りがわがままを聞きやすくなるぐらいだった。
だから私は、弱い魅了魔法は人を服従させる力があるのでは?と考えていた。
「……何かお願いしてみろよ」
ノアがそう言った。
「〝涙をふいて〟」
私が首をかしげながらそう言うと、ノアの腕があがり私の方に手が伸びる。
「!! あぶねっ! ボーッとしてた!」
ノアは慌てて手を引っ込めた。
「ふむふむ。なるほど!」
私は仮説が当たっていたので喜びながら早速ノートにメモをした。
「けど、目を潤ませるだけって加減がすごく難しい……練習しなきゃ」
ゲームのラズベリーはどうやって習得したのだろう?
「……悪用するなよ」
ノアが少し呆れた目線を私によこした。
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「あー、もう無理。酔った」
私の実験に付き合ってくれてたノアが椅子の背もたれにふんぞりかえる。
少し青白い顔をしているので、本当に気分が悪そうだ。
「……大丈夫? ごめんね。いろいろ付き合ってもらって。ありがとう」
私は感謝の気持ちを込めて笑った。
「……まぁ俺しかいないからな」
ノアはプイッと顔をそむけながら言った。
「よし、じゃぁ次はもし魅了魔法をかけてしまった時の対策として、眠らせる魔法を習得するよ!」
私はそう言いながら、両手でグーを作り小さくガッツポーズをして意気込んだ。
状態異常系は難しいけど、そろそろ挑んでみてもいいんじゃないかな。
ちなみに状態異常系の魔法は専用の薬材から魔石を生成させることができる。
すっごくゲーム的なファンタジー感あふれる設定だ。
「習得に向けて頑張るのはいいけど……外では魔法、気軽に使えないぞ」
ノアが頬杖をつきながら言った。
「え!?」
私は揺れる瞳でノアを見た。
「王宮で認められた魔導師しか無理だ。この屋敷内は魔導師育成のために、特別許可されているんだぜ」
ノアがそんな私を薄目で見る。
呆れているようだ。
……そういえば、ゲームの中のノアは王宮お抱えの魔導師でもあった。
そして、確かにゲーム内で魔法が出てくる場面なんて、まったく無かった。
「……もし外で魔法を使ったら?」
私は冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「罪に問われるだろうな」
相変わらず呆れた視線のままのノアが教えてくれた。
「……この魅了魔法は?」
私は自分のピンクの瞳を指差した。
「もちろん、罪に問われるだろうな」
そんな!!
王族に魅了魔法をかけるとさすがに罪に問われるのは分かるけど、日常生活でも!?
外で気軽に泣けなくなってしまった。
生きづらい……生きづらいよー!!
このピンクの瞳のラズベリーに転生してしまったせいで、2度目の人生は本当に生きづらい。
私は悲しくなって目頭が熱くなったのを感じた。
魅了魔法が効かないノアの前だと、余計に気が緩くなってしまう。
「あ″ー、だから魅了魔法かけてくんなって!」
ノアがとうとう机に突っ伏した。
私は勝手に出てくる涙を急いで拭った。
「……ごめんね」
目を閉じてみても涙が溢れる。
「……ったく」
ムクっと起き上がったノアが〝お願い〟してないのに指でそっと涙を拭いてくれた。




