78:旅立ち前に
私とノアは、まずオスカーを見つけて時間を止めている魔法を解除した。
オスカーは王宮のお抱え魔導師だったので処刑場内におり、吹っ飛ばされた人の1人だった。
「……いててて」
魔法を解除すると、オスカーが右足を押さえて痛がっていた。
「立てるか?」
「なんとか」
ノアが手を差し出して、それを掴んだオスカーを助け起こした。
「ラズがこんなことされて怒ってるのは分かるけど、いきなりは酷いな」
オスカーが苦笑しながらノアに言った。
「オスカー、私の腕輪持ってる?」
私は大賢者の目で、自分の魔石のありかを感じ取っていた。
「あるよ。どうにか助けられないかなって思って、持ってたんだ。……何も出来なかったけど」
オスカーが腕輪をポケットから取り出し、私に手渡してくれた。
「ううん、ありがとう。ダライアス様を人質にとるなんて酷いよね。今はどこにいるの?」
「ダライアス様は自分のお屋敷にいるよ。王宮の兵士が、外に出れないように門の所で見張っているだけで、普段と変わらない生活を送ってる」
オスカーが少しだけ悲しそうに笑った。
するとノアが提案した。
「旅立つ前に、ダライアス様の屋敷に結界を張っていこうか。ダライアス様が許可した者だけが、中に入れるように」
私は驚きながらノアに聞いた。
「え? そんなこと出来るの?」
「あぁ。今回はブランジェ家に張ってたんだけど、ダライアス様にまで気が回らなかった」
ノアがサラッと言った。
……うちの護衛魔導師は本当に優秀だ。
どうりで私の家族関係は、脅しの材料に使われなかった訳だ。
次にレナルド王子を見つけて魔法を解除した。
彼は王族用の観客席にいた。
吹っ飛ばされたのを免れた人だ。
私は1番に謝った。
「レナルド王子ごめんなさい。心配してくれたのに魅了魔法をかけちゃって……」
「……いいよ」
レナルド王子が珍しく、目線を逸らして頬を赤くした。
魅了魔法がかかった時に、言ったことや、したことに照れてるのかな?
ノアが光の剣の剣先をレナルド王子に向けた。
「その態度はどういうことだ?」
「うわっ! ノア!? やめろよっ!?」
青ざめたレナルド王子が、後ずさりして慌てている。
私は剣を持っているノアの腕にしがみついた。
「わぁー!! 大丈夫だから! くさいセリフ言っちゃって恥ずかしがってるだけだから!!」
今のノアは、お怒りモードなので、いつ爆発するか非常に怖い。
なんとか鎮めると、次はジュードの所へ行った。
「こいつか?」
「そうそう」
吹っ飛ばされて床に転がっている人の中にジュードを見つけた。
顔がよく見えない姿勢なので、ノアが私に本人か確かめた。
そして時間を止めていた魔法だけを解除する。
「……グッ」
ジュードはうつ伏せの状態で苦しそうな声をあげた。
重力の魔法は残しているのだ。
「へぇー、2つ魔法をかけて片方だけ解除とか出来るんだね! すごい!!」
私はノアの腕にくっついていたので、腕を軽く引っ張りながら感嘆の声をあげた。
「こんな時まで……ラズは本当に魔法が大好きだな」
はしゃぐ私を見ながらノアが苦笑した。
それからジュードに目線を戻す。
「こいつ、どうする? どうしたい?」
「うーん……側近としては優秀だから、引き続き国のためには働いて欲しいんだけど……〝洗脳〟するか、私にしようとしたように〝暗闇〟で長い間、目が見えなくするか……」
私がブツブツ言っていると、ジュードがたまらず声をあげた。
「や、やめてくれ! 謝る、謝るから!!」
「〝darkness〟」
ノアが呪文を唱えた。
ジュードが暗闇に包まれたらしく悲鳴をあげた。
魔法が解けなければずっと暗闇の中なので、何も見えないままだ。
私たちはジュードの元を去りながら喋った。
「何日も魔法をかけ続けれるの?」
「それは流石に出来ない。けど遠くからかけることは出来るから毎日かける」
「……3日ぐらいでいいんだけど。仕事が出来ないだろうし。彼も彼で、それなりの悩みがあったのを知ってるし」
「…………」
ノアは不服そうな表情をしていた。
そして最後にフェリックス王子とセシリアの元へ向かった。
セシリアはしゃがみ込んで両手を地面についており、それを守るようにフェリックス王子もしゃがみこんで横から抱き込んでいた。
近くにはキャロルとヴィンセントもいた。
キャロルは乙女ゲーム「君のひとみに恋してる★」の登場人物や建物を見て回っており、それにヴィンセントがなんとなくついていっていた。
ゲームの主役を見つけたキャロルがはしゃぎ出す。
「フェリックス王子と聖女セシリアだ! なんか感激しちゃう!」
私も興奮気味に返事をする。
「分かる! しかもセシリアなんてゲームの時に自分で操作してたから、もう1人の自分みたいだよ」
「えー、私はディアナにそんな感情いだかなかったけどなー」
私とキャロルはいつものようにキャアキャア騒いでいた。
その間にノアが、フェリックス王子とセシリアの魔法を全て解いた。
動けるようになったセシリアが、ハッと私を見た。
「……ラズ!」
彼女はフェリックス王子の腕の中から飛び出てきて、私に泣きながら抱きついてきた。
「刑が執行されなくて本当に良かった!」
「うん。必死に止めてくれてありがとう」
私も抱きしめ返した。
そしてセシリアから体を離し、立ち上がったフェリックス王子に向き合った。
「フェリックス王子、数々のご無礼お許し下さい。けれど私たちが受けた酷い仕打ちは許せません。私とノアはリーネル国に属するのを辞めます」
私は真っ直ぐにフェリックス王子を見た。
あらかじめノアと決めていたことだった。
ノアがディアジェラス国から帰ってきたら、2人そろってそうしようと。
……今からディアジェラス国に私の許可証を持っていって入国したいから、それまではリーネル国に属すつもりだけど。
「…………」
フェリックス王子は、私とノアを交互に見つめるだけで何も言わなかった。
「あ、手が滑った」
ずっと不機嫌な顔をしていたノアが、光の剣を一振りした。
フェリックス王子の顔の横を太刀筋がかすめる。
「!?」
彼はワンテンポ遅れて焦った表情を浮かべた。
フェリックス王子の後方へと飛んでいった光の攻撃魔法はお城にぶつかり、大きな音を立てながら建物が一部崩れた。
「ノア!」
私が非難も込めて名前を呼ぶ。
「大丈夫。人がいない所を狙ったから」
お怒りモードのノアが、フェリックス王子を睨んだまま私に返事した。
そしてそのまま低い声で王子に告げる。
「ラズの目を取ろうとするようなやつは、例え王子でも容赦しない」
ライオネル王子にも似たようなことを言おうとした。
あの頃からブレないな。
私は嬉しくなって、人知れず笑ってしまった。
「……すまなかった。けれど虫がいい話だがリーネル国には属していて欲しいのが、王族としての本音だ」
フェリックス王子が俯きながらそう言った。
「これから出てくる大賢者を大切にして下さい」
私はきっぱり言い切りながら続ける。
「ちなみに私の家族やダライアス様……そういった大事な人たちにも、手出ししたら容赦しませんからね」
私はノアの言い回しを真似して、脅しをかけた。
すると、これまで静かに聞いていたセシリアが、フェリックス王子の袖を引っ張って喋りかけた。
「フェリックス……ラズたちが怒るのも無理ないよ……2人を引き留めるのは諦めましょ」
彼女はそこまで言うと、今度は怪訝な表情をフェリックス王子に向けた。
「というかこれ以上2人を怒らせないようにして下さい。下手したらリーネル国が壊滅しますよ」
「……そうだね。僕も本当は怖いんだけど、王太子だから一応交渉しないとね……」
フェリックス王子が冷や汗をかきながら、視線を横に逸らしていた。
私はその様子見て苦笑しながら言った。
「じゃぁそういうことなので、さようなら」
去りぎわにセシリアと目があった。
私たちは頷き合ってニッコリ笑った。
私とノアは、キャロルとヴィンセントがいる場所に戻った。
話し合いも終わったので、ノアにみんなにかけた時間停止魔法を解除してもらった。
処刑場に来ていた観客たちは、ざわめきながらもその場を動けないでいた。
どうやら時間が止まる魔法は、動けなくなるだけで、見聞きすることは出来ているらしい。
処刑場の真ん中にいる私たちと、白い竜に驚きの声をあげる者はいなかった。
その代わり観客たちは、畏怖の念を込めた視線を私たちに向けていた。
そんな中、キャロルが首をかしげながら私に聞いてきた。
「あんなんでいいの?」
彼女はニシシッと笑いながら続ける。
「もっとドカーン! ってルミネージュ国でしてたみたいに、魔法をぶっ放してやったらいいのに」
キャロルの声が聞こえたのか、王族サイドがビクッとしていた。
「一応、大事な人たちが暮らす国だからね」
私が苦笑しながら答えた。
そこにヴィンセントも会話に入ってきた。
「人間の揉め事は面倒だな」
「フフッ。そうだね。でも借りを作っておけば、後で役に立つこともあるよ」
私はそう言って目を細めて優雅に笑った。
するとすかさずキャロルのツッコミが入った。
「さすが! サキュバス様!」
「もう!」
私とキャロルは笑い合った。
「よし、これで後腐れなく出発の準備が出来るね!」
私が両手を握って小さくガッツポーズしながら、隣のノアを見上げた。
ノアはテールハイトを近くに呼び寄せ、待たせてしまったことを謝りながら、体を撫でてあげていた。
「そうだな。ブランジェ家に帰ろうか」
「うん。そう言えば、ディアジェラス国には、私みたいに前世の記憶がありそうな人は居なかった?」
「……んー、居たかも。超神聖賢者の名前を聞いて、ダサすぎるって呟いてたやつがいた」
そう言いながら、ノアが先にテールハイトに飛び乗った。
「アハハ!! 絶対同じ転生者だ。やっぱり違う国は、違う乙女ゲームの舞台かもね」
私は差し出されたノアの手をとって、テールハイトにまたがった。
そして「よろしくね」と言いながら体を優しく撫でる。
「テールハイト、ブランジェ家まで飛んでくれるか?」
ノアがそう声をかけると、白い竜はゆっくり空へと舞い上がった。
キャロルもヴィンセントに黒い竜の姿に変身してもらい、私たちに並走して空を飛んだ。
「そう言えば、とっても楽しそうな設定の国があったわよ! 魔動物みたいなのを倒すとお金が手に入るの! ラズたちも行って、ちょっとひと稼ぎしようよ!」
キャロルが目を輝かせながら言った。
「いいね! でも先にディアジェラス国に行ってこようかな」
「結局ラズも超神聖賢者になるのね。……光の翼が何色になるのか楽しみにしておくわ」
「キャロルもなろうよ! 使える魔法がたくさん増えるよ!」
そんな感じでワイワイ喋りながら、私たちは空を駆けていった。
あとに残された人たちは、2匹の竜が空を飛ぶ夢のような光景を、ただ呆然と見ていた。




