76:運命の日
「うぅ……どんどん悪いことをしてしまっている……どうしよう」
フェリックス王子を〝誘惑のキス〟で眠らせた後、その寝室からつながる外のバルコニーに私は佇んでいた。
そして1人で静かに涙を流す。
フェリックス王子とレナルド王子、王族2人に魅了魔法をかけてしまっている。
2人の王子が私を取り合うので、家臣たちの王子たちへの心情も最悪だ。
おまけに2人が執務を怠けるから、政が乱れだした。
夜にしか1人になれない私は、ここ毎日バルコニーでメソメソして過ごしていた。
わざわざバルコニーに出るのは、ノアからの光の伝達魔法をいち早く受け取りたいためだった。
私の唯一の癒しになっていたから……
今日も遠い空から光の鳥が飛んできて、私の周りをぐるぐる回ると、赤く光ってからパッと消えた。
「…………」
私も手を横に振って、光の鳥を優しく送り出した。
ノアのくれるメッセージが私を励ましてくれる。
自然と口元に笑みが浮かんだ。
ーーもうちょっとだ。頑張ろう。
私は涙を拭いて、夜空の月を見上げた。
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運命の日は、突然来た。
フェリックス王子といつものように朝食を済ますと、彼だけ呼ばれてどこかに行ってしまった。
私はたまにあることだから……と特に気にせず、王子の部屋でソファに座ってゆっくりしていた。
ーーーーーー
数時間たってもフェリックス王子は帰ってこなかった。
おかしい。
何だか胸騒ぎがする……
逃げるなら今かも。
私はバルコニーに出た。
外に出てしばらく進むと背後に魔法の気配を感じた。
私は慌てて呪文を唱えた。
そのすぐ後に、重なるように呪文が聞こえた。
「〝reflect〟」
「〝flame 〟」
誰かの炎の魔法が私に向かって発動された。
けれど同じタイミングで反射の魔法を自分にかけていたので、炎の魔法が術者に跳ね返った。
「うわっ!」
炎の魔法を喰らってしまった術者が、うめき声をあげた。
私はすぐさま振り返り、魔法を浴びせようとその術者に手を向ける。
けれど彼を見て息を呑んだ。
「っ!? ……オスカー」
2年ぶりに会うオスカーは、逞しくてカッコいい青年になっていた。
彼は賢者になり王宮お抱えの魔導師になっていた。
今まで会えなかったけど、同じ王宮にいたのだ。
「ラズ……ごめん」
オスカーは私に手をかかげたまま、俯いて泣いていた。
「……俺たちはラズがノアのために、こんなことをしているのは分かってるんだ。王族が大聖者になることを反対したのを知ってる。だけど……」
オスカーはそこまで言うと泣き濡れた瞳を私に向けた。
「ダライアス様が人質に取られた! オレがラズを捕まえなきゃダライアス様が処刑されてしまうんだ!!」
オスカーが泣きながら叫んだ。
「!!」
私は目を見開いて驚愕した。
オスカーに向けている手が震える。
おそらく私の魅力魔法がバレたのだ。
何も分からなかったけど、セシリアが聖女の力に目覚めて、フェリックス王子の魅了魔法を解いたのかもしれない。
辺りの空気を探ると、お城の半分に薄っすらかかっていた魅了魔法が無くなっていた。
「……それは……私が魅了魔法持ちだから?」
「そうだ。……魔物の血が流れてるんだろ? そんなラズを指導した罪にダライアス様が問われているんだ。……オレ、どうしていいか分からない……」
オスカーがまた力無く項垂れた。
……ダライアス様……
この分だと家族も危ないかもしれない……
「……すぅ」
私は呪文を唱えるために息を吸った。
「ラズ!」
オスカーがそう叫んで慌てて呪文を唱えた。
「〝heal〟」
「〝paralyze!〟」
私はオスカーに回復魔法を放った。
オスカーの先ほど受けた炎の魔法の傷が癒えていく。
「……ラズ」
オスカーが一層泣きながら私を見た。
「うぅ……」
麻痺の魔法を受けた私は、バルコニーの床にへたり込んだ。
どうしよう。
このままじゃ罰せられてしまう。
瞳を取られてしまう。
逃げたい!
……でも、ダライアス様が……
「…………うぅ……うわーん!!!!!!」
麻痺の魔法を受けている私は、へたり込んだまま両手を床につけて泣き叫んだ。
床にボタボタと涙が落ちて、そこだけ色が濃くなった。
そこにフェリックス王子とセシリアが駆けつけた。
「!? セシリア! すぐに〝聖女の祈り〟を!」
「分かったわ!」
大泣きしている私に驚いた2人は慌てて聖女の祈りを展開した。
私の魅了魔法が発動しているからだ。
セシリアは両手を組み合わせて祈りのポーズを取っている。
すると私の魅了魔法は浄化されているかのように、跡形もなく消えていった。
けれど、ずっと泣き喚いている私は、魅了魔法を後から後から発動し続けていた。
セシリアが額に汗をかきながら祈りを続けている。
そんな彼女に気付くことはなく、衛兵に連れていかれるまで泣き続けた。
**===========**
私は地下の罪人用の牢屋に入れられた。
魔石をセットしていた腕輪は取られた。
指輪は宝石の入った普通の物に見えるので、オスカーがわざと残してくれた。
私はその指輪を見つめながら、部屋の端っこに三角座りをして一日中メソメソ泣いていた。
私がずっと泣くものだから、魅了魔法が発動してしまうので誰もいなかった。
その代わり、牢屋には頑丈な鍵が取り付けられていた。
ーーーーーーーー
1日経つと、フェリックス王子とセシリアが私に会いに来た。
牢屋の柵ごしに2人が並び、中にいる私の様子をうかがっていた。
私はお構いなしに、三角座りをして膝に顔をうずめていた。
フェリックス王子が戸惑いながらも私に言う。
「大賢者ラズベリー。君の正体はもう分かっている。その瞳に魅了魔法を宿す魔物の血が混じった者……セシリアが全てを教えてくれた」
私はゆっくりと顔を上げて2人を見た。
セシリアが聖女の祈りを発動させているため、両手の指を絡めて手を組んでいた。
そのセシリアの両肩にそっと手を添えて、フェリックス王子が寄り添っている。
……そっか。
乙女ゲームのシナリオ通り、セシリアの1番好きなフェリックス王子が〝悪いものや嫌なもの〟……私の魅了魔法に囚われてしまうから、それを祓いたいという強い気持ちでセシリアの聖女の力が目覚めたんだ。
「……セシリア……聖女の力が完全に目覚めたのね……おめでとう」
私は弱々しく微笑んだ。
彼女はずっと悩んでいたから。
自分の力が、なかなか目覚めないことに。
私は素直に祝福した。
2人は顔を見合わせて困惑していた。
けれどセシリアは気を取り直して、ピンと背筋を伸ばして私に告げた。
「フェリックス王子とレナルド王子に、魅了魔法をかけていたわね。城にも軽い魅了魔法が充満していたわ。……けれど、全て私の力で祓いました。もうラズベリーの好きには出来ません」
フェリックス王子もセシリアに続いた。
「王族に魅了魔法をかけた君の罪は重い。国家転覆罪に値する。……それで協議した結果、大賢者ラズベリーの諸悪の根源、その瞳を取らせてもらう」
私は目を伏せた。
諸悪の根源なんてひどい。
ノアは綺麗な瞳だって言ってくれたのに。
そこでジワッとまた涙が溢れてきた。
……ノアに会いたいよぉ。
「…………」
私のそんな様子に、フェリックス王子とセシリアはまたお互い顔を見合わせていた。
そしてセシリアがおずおずと王子に尋ねる。
「フェリックス……ラズベリーも酷いと思うけど、貴方達がラズベリーにしようとしたことも酷いと思うの。本当に瞳を取ってしまうの?」
さすが聖女様だ。
自分の好きな人を魅了魔法で篭絡していたのに、私のことを可哀想だと思ってくれている。
「……そうだね。僕もジュードに言われて迷いながら進めてしまったのも悪かったんだ。けど王族に対してこんなことをしてしまったら、本当は極刑である処刑なんだ。それを大賢者だから……このぐらいで許されるんだよ」
フェリックス王子が悲しそうな笑みを浮かべてセシリアに説明した。
「だから……」
フェリックス王子が言葉を続けながら私にゆっくり視線を向けた。
私も視線を感じてゆっくりとフェリックス王子と目を合わせた。
「明日、刑を執行するよ」
静かで重々しい声が、牢屋に響いた。




