75:罪を重ねて
フェリックス王子にわざと魅了魔法をかけている私は、彼にベッタリくっ付かれながら、王宮生活を送っていた。
寝食も一緒。
執務室でも一緒。
対外的な人と会う時も一緒だった。
今ではもう国中の噂になっていた。
『フェリックス王子が婚約者のいる大賢者様に手を出した』と。
……やばい。
ノアが帰ってきたら魅了魔法を解いて、何が何でもディアジェラス国へ入国するか、しばらく他国で雲隠れするつもりだったのに……
このままでは、私が去ったあとのリーネル国が荒れてしまう。
私は大好きな家族や魔導師仲間が暮らすリーネル国を、崩壊させたくは無かった。
国王様は、フェリックス王子が私に現を抜かしているの様子を見ても、特に何を言うわけでも無かった。
当初の予定通り国王様は、聖女セシリアを正妃に置いて、私を側室に置くつもりらしい。
大賢者の血筋が欲しい国王様からしたら、フェリックス王子と私が仲良いことは、むしろ思惑通りだもんね……
ジュードもあれからこれといった接触は無かった。
傷付いているセシリアを親身になって慰め、自分に気持ちを向けようと頑張っているのかもしれない。
ただ、私がノアのためにしている行動が、彼の思い通りにもなっている行動なので、非常に癪に触った。
「はぁ……」
フェリックス王子の執務室にあるソファに座っている私は、思わず深いため息をついた。
「どうしたの? ラズベリー」
執務机に向かい、書類にペンを走らせていたフェリックス王子が顔を上げて私を見つめた。
「何でもないわ……」
「そう? 体調が悪そうだよ」
フェリックス王子が席を立ち、私の隣に座った。
そして横から私の肩に腕を回して抱き寄せた。
「寝室で休む?」
「大丈夫ですわ。これ以上執務が遅れたら、レナルド王子に怒られますわよ」
私はフェリックス王子からの〝お誘い〟をハッキリ断った。
絶賛、魅了魔法かかり中の彼は、隙さえあれば私を寝室に連れ込もうとする。
日中も私と一緒に居たいから、よくさぼろうともするし……
王太子の仕事をあまりしなくなったことも悪い噂に繋がっていた。
もう、支配の魔法に切り替えようかな?
…………
頬を赤く染めてトロンとした瞳で私を見つめているフェリックス王子に私は半笑いを向けながら、どうしたらこの国に対して最善かを必死に考えていた。
**===========**
「わたくし、こちらの宝石が欲しいですわ」
「このドレス、わたくしが着たら素敵だと思いません?」
「今度のパーティではこれが食べたいですわ」
私はことあるごとにフェリックス王子に頼んで豪遊した。
少しでも王子に対する悪い噂が、私に向くようにだった。
フェリックス王子はあくまでも『悪役令嬢ラズベリーに魅了魔法で騙されていた哀れな王子役』だからだ。
「では、そのように手配致します」
私とフェリックス王子を訪ねてきていた、国1番の商会の代表が、恭しく頭を下げた。
私たちは広いソファにピッタリくっついて座り、そんな代表を眺めていた。
商会の代表は私がよく買い物をするので、最近熱心に通ってきてくれている。
本日の商談がまとまったので、代表はテキパキと荷物を片付け帰っていった。
……さすが商会の代表。
彼の話術も相まって、毎回、購入額が増えていくんだけど……
国の予算に対する私が使っていい使用額っていくらなんだろ?
遥かに超えてるとやばいなぁ……
私が不安気にしているのが伝わったのか、フェリックス王子が熱のこもった目線を向けてきた。
「ラズベリーのためなら何でも買ってあげるよ」
「ありがとう。フェリックス」
弱々しく微笑み返した後に、目線を横に逸らしまた思案する。
ーーもう少しで、セシリアの聖女の力が完全に目覚める。
おそらくそうなったら、私の魅了魔法は彼女の聖魔法で祓われるだろう。
その時にはノアに迎えに来といてもらいたい。
……せめて大聖者になれたと知ってから逃げたいな。
あれ?
そう言えば、ゲームのラズベリー断罪の時に大聖者のノアがいたから、間に合うものだと勝手に思ってたけど……
今の世界では出発が遅れたよね?
間に合うのかな?
ノアを待たずに逃げた方がいいのかも?
…………
私は思わず頭を抱えた。
「どうしたの?」
フェリックス王子が私を心配してのぞきこんだ。
「…………」
「……?」
何も言わずに俯いている私を不思議そうにフェリックス王子が見ていた。
**===========**
今日もフェリックス王子が一緒に居たがるから、執務室のソファで1人お茶をしていた。
私は特にすることが無いのだけど、彼は目の届く所に私を置いときたいらしい。
執務の途中に、満足そうなうっとりした視線を送ってくる。
「失礼します。フェリックス王子……」
「何かな?」
従者がフェリックス王子を呼び出し、急用らしくて彼は部屋を出て行ってしまった。
「今のうちに1人を満喫しとこうかな〜」
ベッタリ生活に疲れていた私は、部屋をそそくさと抜け出して目的もなく王宮内を歩いていた。
そしてフラフラと庭園に足を運ぶ。
すると誰かの驚く声がした。
「あ!」
「レナルド!?」
私は声を発した人の名前を叫び、思わず小走りで逃げだした。
絶対何か言われる!
王宮で1番気さくな関係者だから、今は絶対会いたくない人だった。
「待てって!」
レナルド王子がすぐに追いついて私の腕を掴んだ。
これじゃあ、この前とてんで逆じゃない。
「ラズベリー、何をしようとしているんだ? ヤバいことしてるだろ?」
レナルド王子が声をひそめて言った。
「何のこと?」
「いきなりフェリックスと一緒にいるようになって……オレは分かってるんだ」
「……」
「ノアのためだろ?」
「……やめて」
私は俯きながら掴まれた腕を振り解こうと抵抗した。
けれどレナルド王子がそうさせないように、力を込めていたから出来なかった。
そんな彼が眉を下げて心配そうに私の顔を覗き込む。
「何か困ってるんだったら、オレがどうにかしてやる」
「やめてって言ってるでしょ!!」
私は叫びながら顔を上げ、レナルド王子を見た。
涙が浮かんだピンクの瞳で。
「そんな優しいこと言われたら、泣いちゃうに決まってるじゃない!?」
私は泣き叫んだ。
いっぱいいっぱいだった。
人を欺き続けるなんて私には無理だったのだ。
その苦しさから、すぐに泣いてしまった。
「……ラズベリー……」
レナルド王子の目が虚ろになり、頬を黄鳥させながら笑みを浮かべる。
そして掴んでいる私の腕をぐいっと引き寄せて、私のよろけた体を抱きとめた。
「!?」
私は驚きながらも急いで涙をふいた。
「〝era……」
「レナルド!?」
私が魅了魔法を解除する呪文を唱えようとすると、間が悪いことにフェリックス王子が来てしまった。
最悪だ!
今ここで魔法を解除出来なくなっちゃった!!
レナルド王子の魅了魔法を解除すると、近距離にいるフェリックス王子の魅了魔法も解除されてしまうからだ。
フェリックス王子の魅了魔法を解除したあとに、彼にすぐにまたかけるなんて難しすぎる。
そんなにすぐに泣けないし!
だから彼の魅了魔法解除は絶対にしてはいけない!
私が何も出来ずに固まっていると、フェリックス王子が私たちに近付き、私を抱きとめているレナルド王子の片腕を掴み上げた。
「ラズベリーに何をしていたんだ?」
「何って、ラズベリーの相手は王族であるオレでもいいんだろ? フェリックスにはセシリアがいるじゃないか。……ラズベリー、オレはお前を正妃にする。フェリックスみたいに側室なんかにはしない」
レナルド王子は掴まれていない腕で私を抱き込み、離さなかった。
「王太子はこの僕だ。僕に決定権がある。ラズベリーは渡さない」
フェリックス王子がそう言って私に手を伸ばし、無理矢理レナルド王子から私を奪い返した。
そして自分の背中に私を隠した。
「…………」
修羅場だ。
どうしよう。
王子2人に取り合いされているのに、まったく嬉しくない。
騒ぎを聞きつけて従者たちが集まってきた。
けれど、いがみあっている王子2人に対して、遠巻きに見ているしか出来ないらしい。
あぁぁぁ。
罪を上塗りしていってしまう……
レナルド王子も王族だから〝退魔のアイテム〟を持っていそうだ。
長いあいだ継続的に魅了魔法がかかったままになるだろう。
はやく……はやく迎えにきて!
ノア!!
私はいつまでも反発しあっている王子たちを眺めながら、心の中で大きなため息をついた。




