74:一緒に逃げよう
フェリックス王子が目覚めてから2人で部屋を出ると、王宮内が騒然とし出した。
王子と私が情事にふけったと思われたからだった。
その噂が王宮内を駆け巡り、現に私のそばから離れないフェリックス王子を見て、周りの従者たちの心の中は荒れていそうだった。
でも表には一切出さない。
さすが王宮の従者だ。
「ラズベリーは今日から僕の部屋で暮らして」
フェリックス王子が従者に指示し、自分の部屋に私の荷物を移動させた。
「…………」
従者たちが慌ただしく荷物を運んでいく様子を、私は他人事のようにただぼんやりと見ていた。
そんな私を元気付けるようにフェリックス王子が頬に手を添えた。
「ラズベリーはもう僕のものだから」
彼は魔法で淫夢を見たあとに私が横にいたから、夢と現実の区別がつかなくなっていた。
それで私と関係を持ったと思い込んでいる。
「ラズベリーに王太子妃につける侍女を手配したよ。ディナーの用意をしておいで」
フェリックス王子に送り出された私は、侍女たち数名に連れられてバスルームへと言った。
手厚くお世話されて磨き上げられていく。
服もいつものローブではなく、ドレスを着るために準備がされていた。
そのドレスたちの中に、ゲームのラズベリーが着ていたリボンのいっぱいついたピンクのドレスがチラッと見えた。
……呪いのアイテムだろうか……
「今日のお召し物は……こちらなんかどうでしょうか?」
侍女は大人っぽい青いドレスを選んでくれていた。
「お願いするわ」
私はホッとしながら身を任せて支度をした。
準備が出来た私をフェリックス王子が迎えに来てくれた。
彼が私をエスコートし、寄り添いながら廊下を歩く。
「綺麗だよ」
「……ありがとう」
私は静かに微笑んだ。
「あっ……」
「……セシリア」
移動の途中でセシリアにばったり会ってしまった。
彼女は私たちを見て初めはギョッとしていたが、そのうち不安げに視線を彷徨わせだした。
私の心が痛む。
「ごめんなさいね、セシリア。やっぱりフェリックス王子は素敵だから、私から好きになってしまって……」
私は目を細めてニッコリ笑った。
せめて私から迫ったことにしたかった。
「ラズベリー!」
私の発言で隣のフェリックス王子が盛り上がってしまった。
違う。
そうじゃない。
セシリアは青ざめたまま私と王子を交互に見つめた。
そしてなんとか言葉を絞り出す。
「……失礼します……」
彼女は頭を下げて立ち去ってしまった。
あぁ。
今回のことでセシリアだけは純粋に傷付けてしまう。
彼女にとっては本物の悪役令嬢だ。
ごめんね。
ごめんねセシリア……
私は心の中で謝罪を繰り返した。
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夜になると、フェリックス王子をまた誘惑のキスで眠らせた。
「おやすみなさい」
私はスヤスヤ眠る彼にブランケットをかけてあげた。
…………
普通の睡眠の魔法で眠らせてもいいかもしれない。
欲求不満になるかな?
王族は理性が残りやすいから助かってはいるんだけど……
私はバルコニーに続く大きな窓へと向かった。
「今日も星が綺麗だなぁ」
バルコニーに出ると、星空を見上げた。
さすが王子の部屋のバルコニー。
これで一部屋分の広さあるよねってぐらい広かった。
そこの真ん中に立ち、ノアからの光の伝達魔法を待っていた。
ーーちゃんと許可証を受け取ったかなぁ?
「見つけた」
その時、後ろから声がして抱きしめられた。
見なくても誰か分かった。
「ノア!」
私はくるりと振り返って抱きしめ返した。
久しぶりに彼の胸に顔をうずめる。
私の1番大好きなノアの腕の中だ!
するとノアが私を抱き上げて、飛翔の魔法で空に浮かんだ。
「許可証も貰ったし、さっさとこんな所から逃げよう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
私は慌てて彼を止めて、お城の屋根の上におろしてもらった。
「許可証は無事に届いたんだよね?」
「届いた。……ラズが何かしたんだろ? 昼間は拒否されたのに、夕方には許可証が来たから」
ノアが不機嫌な顔になる。
そこで、まず私が見聞きしたことを全て伝え、それから今フェリックス王子に魅了魔法をかけて欺いていることを伝えた。
「そんな危険な王宮には、これ以上ラズを置いておけない。一緒に行こう」
ノアが私の手を掴んで連れて行こうと引っ張った。
「ディアジェラス国には1人づつしか入国出来ないし、もしフェリックス王子の魅了魔法がすぐ解けて、許可を撤回されたりしたらどうなるか分からないから、しばらくは私が王宮に残って欺き続けたい……」
私はうつむきながらそう言って、頑なにその場から動かなかった。
「俺は大聖者になるより、ラズの方が大事だ!」
ノアが真剣な眼差しで私を見た。
「一緒に逃げよう!」
私は嬉しくて思わず泣きそうになった。
ノアは3年前も、逃げたいと言う私に一緒に逃げようと言ってくれた。
初めてフェリックス王子に魅了魔法をかけてしまい、引きこもった時だ。
「ありがとう」
私はノアをギュッと抱きしめた。
「けど……」
そっとノアから体を離す。
「今までずっと頑張ってきたのに。2人で一緒に目指してきたのに。……国の意思のせいでなれないなんて悔しい。許せない」
私は視線を下に向けたまま言った。
そして、ゆっくりとノアに視線を動かして彼の赤い瞳を見つめた。
「それに、アーヴァインにかけられた禁忌の魔法の痕跡をかすかに感じるの……彼も大賢者だからそれより強い大聖者になっておきたい。私のためになってくれない?」
私は笑いながら首をかしげた。
ひどい女だ。
こう言えばノアが断りづらいのを知ってるクセに。
私は心の中で自分に悪態をついた。
「フェリックス王子に〝誘惑のキス〟をかけてるのか?」
「そうだよ。今もそれで眠らせてるよ」
「あれは別に頬にしなくてもかかるぞ。手とかでも。次からは手にしろよ」
ノアがジトっと私を見てきた。
「何で知ってるの!?」
「……ラズがとても眠い時に、俺に無意識にかけてるから」
「!?」
多分、私が眠すぎる時にノアとキスすると、ノアに眠って欲しい気持ちが向かって魔法が発動するんだ。
彼には魅了魔法が効かないからノアが眠ることは無かったけど。
「じゃぁ、すごく眠いの知ってて、私に無理矢理付き合わせてたのね!?」
「…………」
ノアがフイっと顔をそむけた。
「次は絶対、睡眠魔法をノアにかけて眠らせるからね!」
「その時はもう大聖者になってるから、状態異常は効かないぞ」
「ほんとだ!! …………フフッ」
「「アハハッ」」
私たちは思わず笑い合った。
そして落ち着くと、少しの沈黙が流れる。
「……ラズが他のやつに触られるなんて、嫌なのに」
ノアが切なげに笑いながら、私の両頬に手を添えた。
「早く迎えに来てね。ノアの次は私の番だよ」
私が笑い返すとゆっくりとキスをかわした。
「絶対無茶はするなよ。いざとなったら俺のことはどうでもいいから逃げろよ」
「フフッ。うん。大丈夫だよ。私は大賢者だもん」
私は笑いながら、腕輪についてる魔石を1つ外して差し出した。
「これ、持っていって」
私の涙から作って強化された、聖魔法の魔石を渡す。
「次の役職名から〝聖〟が入る。だからきっと役立つはず」
「分かった。長年かけてラズが作った唯一無二の魔石なんだもんな」
ノアが苦笑しながら受け取った。
私がルミネージュ国でライオネル王子たちに言った嘘の話を言っているのだ。
「アハハ! そうそう。もう辛い香辛料はこりごりだから、2度と作れないやつ」
私も笑いながら冗談を返した。
何の弊害もなく2人で一緒にいたころを思い出して笑い合った。
優しい時間を少しだけ過ごすことが出来た。
「じゃぁさっそく行ってくる」
ノアはそう言うと、ヴィンセントから作った黒い魔石を光らせて、テールハイトを呼び寄せた。
「ここ、王宮なのに大胆だね?」
私は思わず目を見開いて、屋根にゆっくり降り立った白竜を見つめた。
「……ラズが最大出力の魅了魔法を使ったから、お城の半分ぐらいに薄っすら魅了魔法の空間が広がってる。魅了魔法に軽くかかってる人が大半だから、ラズが少しワガママ言えばみんな納得するだろ」
ノアが呆れながらテールハイトにまたがった。
「それもそうだね。……気をつけて、いってらっしゃい。待ってるよ」
私は飛び立つノアを笑顔で見送った。
そうして私の大好きな護衛魔導師は、白い美しい竜に乗って夜空を優雅に駆けていった。




