73:悪役令嬢ラズベリー
ある日の午後、授業の合間の休憩時間に、私とセシリアはソファに座ってゆっくりしていた。
「さっきの授業は疲れたね……」
私はお行儀悪く、机に突っ伏していた。
先程受けた授業は、セシリア用に聖魔法についての内容だった。
聖魔法が上手く使えない私は、魔力? 気力? を大量に消費してしまい疲弊しきっていた。
「……ラズって聖魔法苦手だよね。私は聖女として早く力が目覚めて欲しいから、今日習った魔法ぐらいは簡単に使えるようになりたいんだけど」
「でもだいぶ安定して使えるようになってきたよね。初めの時よりも上達してるよ!」
私は体を起こして、不満気なセシリアを励ました。
セシリアの瞳は黄色がとても濃くなっていた。
「そうかな? 大賢者様に褒められると嬉しいわ」
その神秘的なオッドアイを細めてセシリアが柔らかく笑った。
「アハハ! そうそう。大賢者様のお墨付き! 力が完全に目覚める日も近そうだね」
私は笑い返しながらも、内心不安でドキドキしていた。
確か乙女ゲームでは、好感度の1番高い攻略対象者がそれぞれ違った理由で、セシリアの言う『悪いものや嫌なもの』に囚われてしまう。
それを祓いたいというセシリアの強い気持ちがきっかけになり、聖女の力が目覚めるというイベントがあったはず。
その時は王宮内が騒がしくなると思うから、その場にいない私も気付くだろう。
問題はその後に、私が無事に帰してもらえるかだ。
『真実の瞳』でセシリアに見られる前に、彼女の元から居なくなってしまいたいのに。
「…………」
私は笑顔を浮かべながらも悶々と考え込んでいた。
**===========**
数日後、王宮内の広い廊下を私は1人で歩いていた。
出来るだけ人目につかないように、道を選びながら。
今日はノアがお城を尋ねてくる日だった。
昨夜やり取りした光の伝達魔法で知らせてもらっていた。
ダライアス様が大聖者になるための推薦状を書いてくれて、だいぶ前に届いているはずなのに、王族からは何も音沙汰が無い。
そのため、ノアは改めて大聖者になりたいという申請を出すことにしたのだ。
私は呼ばれていなかったけれど、胸騒ぎがするのでこっそり謁見の間へと向かった。
ーーーーーー
私が謁見の間につくと、まだ誰もいなかった。
死角になる隅の柱に隠れると、ちょうどフェリックス王子とジュードが入ってきた。
「今日は大賢者ノアが来るんだけど、国王様は僕に対応を任せたんだよ。気が重いな」
「フェリックス王子、時期にあなたが国王の座を継ぐのですから、しっかりして下さいよ」
どうやら今日は国王様は来ないらしく、フェリックス王子が代理で対応するらしい。
王座の前に2人は立ち、ノアを待っていた。
国王が来ないのも少し怪しいな。
…………
私はますます嫌な予感がした。
「大賢者ノア様がお越しになりました」
しばらくすると従者に案内されてノアが謁見の間へと入ってきた。
「…………?」
国王様ではなく、フェリックス王子たちが待ち構えていたので、ノアは視線を鋭くしながらも2人の前に面と向かって立った。
「……本日はお時間を作っていただきありがとうございます。フェリックス王子に許可していただきたいことがーー」
ノアが当初の予定通り、大聖者になりたいため、私と2人分の許可証が欲しいことを説明した。
「……ダメだ」
フェリックス王子が重々しく発言した。
「何故ですか?」
ノアが明らかに不機嫌な顔をした。
「大賢者ノアと大賢者ラズベリーは、ルミネージュ国をはじめ各国から注目されてる。リーネル国にはダライアスも含めると大賢者が3人もいるから、1人渡せという国もある」
フェリックス王子が真っ直ぐにノアを見据えて説明を続ける。
「その2人をリーネル国から今出すのは、得策じゃないと判断した。……もう少し時期を待ってくれないか。万が一でも優秀な人材が流出するのを防ぎたい」
「でも……」
ノアが食い下がろうとした時、横で聞いていたジュードが口を挟んだ。
「王族の判断に従えないの? それに今、大賢者ラズベリーは王宮にいる。もう少し考えて動いた方がいいと思うよ」
ジュードは蜂蜜色の目を細めて笑った。
「…………」
ノアはそれ以上何も言うことが出来なくなった。
ーーひどい!
私は程のいい人質じゃない!?
柱の影で私は思わず両手を握った。
そうしている内に3人の話し合いは終了し、ノアは立ち去るしか無かった。
ノアが謁見の間から帰ったあと、フェリックス王子は人払いをし、ジュードと2人で話しだした。
「本当にこれでいいのだろうか?」
「大賢者を引き留めておかないと、他の国にすぐ取られてしまいますよ。しかもあの2人はセットで動く。2人に他国につかれると圧倒的に不利になります」
ジュードがフェリックス王子を嗜める。
そしてニヤリといやらしく笑いながら告げた。
「幸いラズベリー様は、王宮でこのまま囲ってしまえそうですし」
「セシリアが聖女の力に目覚めるまで、ラズベリーを留め置くのは賛成しているが、そのあとに囲ってしまうのはどうかと思う……」
フェリックス王子が弱々しく反論した。
「大賢者の血を王族にも取り入れたいという、国王様の命令もありますよね。ラズベリーはまだノアの子供を宿してませんし、フェリックス王子かレナルド王子との間に子供を作ってしまえばいいんじゃないでしょうか? 王位継承権は無いでしょうが……」
ジュードがおぞましいことを言い出した。
「…………っ!」
私は思わず息を呑み、両手で口を押さえた。
そしてさらにジュードが続ける。
「いいですか? セシリアが聖女の力に目覚めて正妃になれば、ラズベリーはノアとの婚約を解消させて側室のような立場に出来ます。その時までずっと王宮にいてもらい、大賢者として働いてもらいましょう。王子もラズベリーをそばに置いておきたいでしょ?」
……酷すぎる。
ジュードはセシリアを手に入れたいから、フェリックス王子と私をどうにかくっ付けてしまいたいのかもしれない。
セシリアが正妃になって、側室に私がいたりしたら、セシリアのフェリックス王子に対する気持ちに陰りが出るはず。
そこをジュードは狙っているのだろうか……
人として歪んでいると思うけど、ジュードの恋のライバルは王太子だ。
正攻法では勝てないから……
ーーーー
ううん、やっぱり理解出来ないや。
私がいろいろ考えている間に、フェリックス王子が喋り出した。
「勘違いしてるようだけど、僕のラズベリーへの気持ちは3年前に婚約を断られた時に、きっぱり諦めたつもりだよ。今はセシリアと共に歩んでいきたいんだ」
「じゃぁそれからもずっと、ラズベリー様の報告書を読んでいたのは何故ですか?」
「…………」
フェリックス王子が黙ってしまった。
…………
ジュードから言われた話は本当だったのかも知れない。
私は王子の反応を見て、そんな思いがよぎった。
黙ったままのフェリックス王子に、ジュードが更に念を押した。
「ラズベリーには王宮内で働いてもらい、ノアにはラズベリーを盾にして外で働いてもらいましょう」
「……2人の大賢者に国のために働いてもらいたい気持ちはジュードと同じだけど、本当にそれでいいのかよく考える……」
フェリックス王子はしぶしぶ了承していた。
私が大賢者だから……
ゲームと違って、私までもが大賢者だから、ノアが大聖者になれなくなってしまうのかな?
国がこんなに、自分たちの威厳のために大賢者の私たちを使おうとするなんて考えていなかった。
今までノアと2人で頑張ってきたのに。
私たちの想いは考えてくれないのかな?
……私たちを利用しようとするなら……
こっちが利用してやる。
私は昔も今も『ノアの成長を妨げてくる奴は無性に腹立つ』のだった。
怒りとやるせなさで目の奥がツンと痛くなる。
目の前の視界が歪んでくる。
ちょうど都合よく、先にジュードが謁見の間を出ていった。
残されたフェリックス王子は何かを思案して立ち尽くしている。
「すぅ……」
私は1度大きく息を吸った。
「…………ふぅ」
そして目を閉じながら息をゆっくり吐く。
目を閉じたことで溢れ出した涙が頬をつたった。
…………
私は今から『悪役令嬢ラズベリー』だ。
ゆっくりと瞼を持ち上げて、ピンクの瞳でしっかりと前を見た。
「フェリックス王子」
私は柱の影から飛び出して、フェリックス王子の前に歩み出た。
「ラズ……ベリー…………」
涙を流し、瞳がキラリと光った私を見てしまったフェリックス王子は、途端に目が虚ろになった。
大賢者になったことと、魅了魔法をかけたいと思っていることで、強力な魅了魔法が発動した。
そして、おそらくまだ持っている〝退魔のアイテム〟のおかげで、長いあいだ継続してかかってしまうだろう。
「どうしたの? 愛しいラズベリー」
フェリックス王子が甘く囁きながら私を抱きしめた。
「…………」
「泣かないで」
そして当たり前かのようにキスしてこようとしたので、その唇に人差し指をあてて少し押し返す。
「その前に、ジュードにお願いして欲しいことがあるの」
「何かな? 可愛いラズベリーのお願いなら何だって聞くよ」
フェリックス王子が頬を染めて笑った。
「フフッ。じゃぁ行きましょう」
「分かったよ」
彼は私の腰を抱いてピッタリ横にくっつき歩き出した。
「…………」
私は涙を拭って前をキッと見据え、魔法省にいるジュードの元へ向かった。
魔法省の執務室にジュードは居た。
中に入ると、ジュードは執務机に向かいペンを握っていた。
「……何でしょうか?」
ジュードが自分の目の前に立ったフェリックス王子に向かって首をかしげた。
そして隣に寄り添っている私にも視線をうつし、訝しむ。
「大賢者ノアと大賢者ラズベリーにディアジェラス国へいく許可証を発行して」
フェリックス王子が、あらかじめ私が頼んでいたことをジュードに命令してくれた。
「はぁ? ラズベリー様……どういうこと?」
ジュードが私を睨んできた。
いきなりフェリックス王子と連れ立ってきたのだ。
私が何かしたとバレバレだろう。
私は目を潤ませてジュードを見た。
「〝許可証を発行してくださらない?〟」
私は〝お願い〟をした。
「……分かった……」
ジュードが軽い魅了魔法にかかった。
そして何やら豪華な専用用紙を2枚取り出し、必要事項を書いてくれた。
「……ディアジェラス国へは2人同時には入国出来ないよ。1人づつになる。……そういった取り決めだから」
虚ろな目をしたジュードが親切に教えてくれながら用紙を渡してくれた。
私は隣にくっついているフェリックス王子に書類を渡した。
「じゃぁサインを……」
「もちろんいいよ」
フェリックス王子がニコニコしながらサインを記入した。
これで王族からの許可証を手に入れた。
「ありがとう。ジュード」
私はジュードに向けてニッコリ笑った。
ちょうどその時〝お願い〟が解け、彼が慌てだした。
「……はっ! 僕は何を!?」
「〝sleep〟」
瞬時に手をかざして睡眠の魔法をかけた。
ジュードは目を閉じてユラユラすると、執務机に突っ伏して眠ってしまった。
…………
これで記憶がさらに曖昧になるかな。
こんなやつは、ここにこのまま置いておこう。
私は眠ってしまったジュードに冷たい目線を向けていた。
そんな私の様子を気にすることもなく、フェリックス王子が切なげな表情を向ける。
「……ラズベリー。もういい?」
「じゃあ王子の部屋に案内してくださる?」
私は口元に弧を描いた。
私たちはまた連れ立って部屋を出た。
そしてちょうど廊下にいた従者を私は呼び止めた。
「……そこの貴方〝この書類を今すぐブランジェ家のノア・ランドールに届けて下さる?〟」
「かしこまりました」
私はさっき貰った許可証を2枚とも、従者に〝お願い〟して渡した。
渡し終わると待ちきれないフェリックス王子に急かされる。
「そんなこといいから、早く」
「もう。せっかちだね」
腰を抱いている彼にグイッと引っ張られ、苦笑しながらも私はついて歩いた。
そうした私たち2人の姿は多くの人に見られていた。
フェリックス王子の部屋に通されると、扉がしまった途端に抱きしめられ、ローブを脱がされた。
「待って。ここじゃなくてベットがいい」
私がそう言うとお姫様抱っこをしてベットまで運んでくれた。
そのままそっとベットに私を寝かせ、愛おしげに見つめられる。
「ずっと好きだったんだ。ラズベリーをこの手の中に閉じ込めてるなんて夢みたいだ」
フェリックス王子が頬を染めて笑うと、顔を近づけてきた。
私は先に動いて頬にキスをする。
「夢だよ」
『……ドサッ』
フェリックス王子は目を閉じて脱力し、私の上に倒れ込んできた。
ぐっすり眠ってしまったようだ。
ゲームの中では1番の推しだったけど、今は面白いほど気持ちが動かないや。
…………
私はフェリックス王子を横にコロンと転がして起き上がった。
彼にブランケットをかけてあげながら思わず呟く。
「ごめんね。セシリア……」
そうして私は、フェリックス王子の目が覚めるまで大人しく部屋で過ごした。




