68 :乙女ゲームの始まり
ルミネージュ国へ来た時と同じように帰りも蒸気機関車に乗って、私とノアはリーネル国へと帰ってきた。
駅から家まで手配していた馬車で移動すると、懐かしい我が家に到着した。
私たちは2年ぶりのブランジェ家の門をくぐったのだった。
「やっと戻ってきたねー」
「そうだな」
2人で玄関の方へ歩いていくと、懐かしい人が立っていた。
「お帰りなさいませ。ラズベリーお嬢様」
私の専属メイドのミリーが玄関の外で出迎えてくれた。
「ただいま!」
私はミリーに思わず抱きついた。
従者たちが開けてくれた玄関の扉を抜けて中に入ると、エントランスホールにお父様とお母様が待ち構えていてくれた。
お父様が2年前と変わらない優しい微笑みを浮かべた。
「2人とも、よく帰ってきたね」
「お父様、元気そうで良かった」
私はお父様と軽くハグをした。
隣のお母様も笑いながら私とノアを見つめた。
「本当に大賢者になるなんてね」
「お母様……あとで聞きたいことが山ほどあります」
私はお母様とハグしながらニッコリ笑った。
「だぁれ?」
お母様の足元にくっついている小さな男の子が声を発した。
弟のフランが、再会を喜びあっている私たちを見ながら、不思議そうに首をかしげていた。
「大きくなったね! あなたのお姉ちゃんだよ」
私は2歳の弟の目線に合わせるためにしゃがみ込んだ。
さすが弟。
魔力が高くて属性が闇だ……
私は大賢者の目で感じ取っていた。
「ラズにそっくりだな」
隣からノアの声がした。
そのそっくりは見た目なのか、魔力のことなのか……
ちょっと半笑いになった私を、フランは困惑気味に見つめていた。
「ねぇね?」
「そうよ」
私はニコッと笑いかけた。
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ルミネージュ国に旅立つ前は別々だった私とノアの部屋。
けれど帰ってきた今は、同じ部屋になるように改装してくれていた。
「これ、どこ置く?」
「とりあえず、こっちかなぁ?」
2年ぶりだし部屋が変わってるしで、私たちはあたふたしながら荷解きをした。
「ノア、見て見て!」
「ん?」
私が興奮気味にノアを呼んだから、彼は作業の手を止めて近くに来てくれた。
「じゃ〜ん! 魔石専用の収納家具を作ってもらったの!」
そう言って私は、小さいチェストサイズの棚の引き出しを1つ開けた。
そこには私が生成した魔石がズラリと並んでいた。
中は1つ1つ木枠で区切りが作られていた。
「……すごい量だな」
引き出しの中を覗き込みながら、ノアが苦笑する。
「ね、一斉に発動させたらどうなるかな……あ、腕輪にセットしてる魔石を一斉に発動させる呪文を編み出したら、面白そう!!」
「……大賢者になったんだから、場所をよく考えろよ」
ノアがそう言って、私が上げかけた腕を掴んで下ろした。
「あはは。……どこなら大丈夫かな?」
「…………」
私たちは顔を見合わせた。
大賢者になった私たちの魔法の威力が強すぎるから、簡単には試せなくなっていた。
それこそトルハの森みたいな広大な大自然に行くしかないかもしれない。
「とりあえず片付けようか」
ノアが私から目を逸らして机に広げている荷物を見た。
「……そうだね」
私もその荷物を見ながらゆっくり頷いた。
それから、片付け中の部屋にフランが遊びに来て、危ない道具で遊ばないように隠すのが大変だったり、ブランジェ家のみんなが開いてくれた帰国パーティに参加したりと、帰国1日目は慌ただしく過ぎていった。
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翌朝、私は新しくなった大きなベッドの上で目が覚めた。
……ここは?
あ、そっか。
帰ってきたんだった……
私は天井を見つめて、しばらくぼんやりしていた。
すると隣で寝ているノアが、モゾモゾ動き出したかと思うとゆっくりと起き上がった。
「……ノア、起きたの?」
「うん……ラズも?」
「……ちょっとだけまだ寝る……」
「それ、しばらく起きないやつだろ。ハハッ」
「…………」
ノアがそう言って笑うので、私は意地を張って起きてしまった。
私も上半身を起こして、アクビを手で隠してから言った。
「今日は王宮に行かなきゃいけないね」
「そうだな。……怖い?」
私がノアを見ると、彼は優しい眼差しで私をのぞきこんでいた。
王宮は乙女ゲームの舞台だ。
メインストーリーはこれから始まる。
……私の瞳が取られるバッドエンドが待ち受けてるかもしれない。
ノアはそれを心配して聞いてくれたのだ。
大賢者になったので、おそらく王宮お抱えの魔導師になってしまうだろう。
そうすると、嫌でも王宮には行かなくてはいけない。
それに、ルミネージュ国での体験も私を勇気づけた。
乙女ゲームの筋書き通りにはあまり進まなかったからだ。
フェリックス王子や聖女セシリアに近づかなければ大丈夫なんじゃないかな。
「ノアも一緒だから怖くないよ」
私はニッコリと笑った。
「それもそうだな。俺はラズの護衛魔導師だしな。しかも大賢者の」
「アハハ! そうだね。この国で1番強い魔導師に守られてるもんね」
私たちは笑い合った。
そしてお互い見つめ合ってそっとキスをした。
大丈夫。
私たちは乙女ゲームのラズベリーとノアとは違う。
きっと私たちは私たちの、ここでの人生が歩める。
2人で一緒にいるから何があっても乗り越えられる。
私は心の中でそう強く思うと、改めて王宮へ行く覚悟を決めた。
……けれど、こんな風にここでゆっくり2人で過ごせる朝は、もう来なかった。
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私たちは正装の上に魔導師のローブを羽織り、城の廊下を歩いていた。
今日は大賢者として王宮に来ているからだった。
城の従者に連れられて着いた場所は謁見の間だった。
すでに国王様は椅子に座って待っていた。
私たちは国王様の前まで歩みを進め、2人並んで跪き頭を下げた。
国王様の隣には王太子であるフェリックス王子も控えていた。
2年ぶりに会う彼はすっかり美しい青年になっており、乙女ゲームのスチル通りだった。
そんな彼を従えた国王様が、ゆっくりと口を開く。
「リーネル国から新たに2人の大賢者が誕生した。実に喜ばしいことだ。これからもこの国のために末永く仕えるように」
国王様が重々しく私たちに告げた。
「はい」
「仰せのままに」
私とノアは頭を下げたまま返事をした。
ーーこれで王宮お抱えの魔導師になった。
いつでも腕輪を装着して魔法が自由に使えるようになったけど、キャロル風に言うと国に管理されるようになってしまった。
「さっそく息子のフェリックスから、大賢者ラズベリーに頼みがあるそうだ」
国王様がそう言って、フェリックス王子に目配せをする。
私は呼ばれたので顔を上げた。
そんな私を見ながらフェリックス王子が一歩前に出た。
「セシリア・ジェンナーという女性が最近聖女の力に目覚め出した。今は王宮で保護している。……ただ聖女の力が完全に覚醒するまでは不安定な状態だから、同じ女性である大賢者ラズベリーにサポートをお願いしたい」
「…………」
私は返事が出来ない代わりに頭を下げた。
そして床の、無駄に豪華な絨毯を見つめたまま固まってしまった。
乙女ゲーム「君のひとみに恋してる★」は、シナリオにどうしても私を組み込みたいようだ。
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国王様との謁見の後、私とノアは別室に通された。
そこのソファに座り、フェリックス王子と聖女セシリアに対面していた。
「さっき言ってたセシリア・ジェンナーだ」
フェリックス王子が彼の隣に座るセシリアを紹介してくれた。
セシリアはミルクティーブラウンのフワフワした髪に、緑と薄い黄色のオッドアイをしていた。
元々は両目とも緑の瞳だったが、聖女の力に目覚めて片方が黄色に変化したはずだ。
聖女の力が強くなると、黄色も濃くなっていく。
そういう乙女ゲームの設定だった。
「初めまして……」
何が何だか分かっていないセシリアは困惑しながらも、私たちと自己紹介しあって挨拶を交わした。
「それで、セシリアの聖女の力が完全に目覚めるまで、ラズベリーに彼女の手助けをして欲しい……危ない所を守ってあげたり、貴族としての心得なんかを教えてあげて欲しいんだ」
フェリックス王子がそう言って、セシリアを優しい眼差しで見ていた。
セシリアは聖女の力が目覚める前は一般市民だった。
力が目覚めてしまったので、どこかの貴族の養子に入り、貴族の仲間入りをしていた。
……貴族としての心得……
私もよく分かってない。
どっちかって言うと、私も教えてもらう立場だと思うけど……
「……いつからですか?」
私はフェリックス王子に聞いた。
「今日から早速お願いしたい。王宮にラズベリーが寝泊まりする部屋もセシリアの隣に手配した。必要なものは従者に用意させよう」
フェリックス王子が有無を言わせないような、隙のない微笑みを浮かべた。
お願いと言いながらの王命だ。
私に拒否権は無いようだ。
私は思わず不安に揺れる瞳で、隣に座っているノアを見た。
ノアが何か喋ろうとしたが、それより先にフェリックス王子が話し始めた。
「……っ」
「ノアもすまないね。リーネル国に帰ってきた途端に婚約者を引き離して……でも君たち大賢者の2人には働きを期待しているよ」
フェリックス王子がそう言ってノアにも含みのある笑顔を向けた。
「…………」
ノアは言おうとした言葉を飲み込んだ。
何かフェリックス王子に思惑がありそうだ。
今はなす術も無く、私たちは王命に従うしかなかった。




