64:大賢者
「だから、お前たちは合格したんだ」
ヴィンセントが『何度も言わせるな』というように不機嫌な表情をして言った。
「僕たち竜は審判なんだ。ジュカル学園の生徒が大賢者に相応しいか、審査を任されている」
そしてやれやれとため息をついて、説明を続けた。
ヴィンセントが合格だと言い出したあと、私たちは地上に降りて話し合っていた。
「え? 大賢者になれるの? やったー!」
私は両手を上に掲げて喜んだ。
そんな私をヴィンセントがじとっと見ながら言った。
「一つだけ聞きたい。どうして魔物のお前には、今回僕の命令が効かなかったんだ?」
彼は片手を腰にあてながら、首を少しかしげた。
「あらかじめノアに〝支配〟の魔法を私にかけてもらっているの。強い状態異常の魔法がかかっていれば、それより弱い状態異常の魔法は弾かれるから」
「……なるほど。じゃぁ今もお前は〝支配〟されているのか」
ヴィンセントの質問には、ノアが答えた。
「そうだ。〝いつものラズらしく〟という支配の魔法をかけてある。……〝 erase〟」
ノアが説明しながらも、支配の魔法を解除してくれた。
「よく考えたな。まぁ良かったんじゃないかな」
ヴィンセントは無表情のままだったが、褒めてくれたようだった。
そして腰の手を下ろして真っ直ぐ立ち、威厳に満ちた態度になった。
「では、僕との戦いの勝者には、何でも望むものが与えられる。望みはなんだ?」
ヴィンセントがニヤリと笑った。
「はい! はい! はい!」
それを待ってましたと言わんばかりで、キャロルが手を挙げた。
「……言ってみろ」
ヴィンセントが怪訝な表情をしながらもキャロルを指名した。
「私は……ヴィンセント様を望みます! いつまでも一緒にいて下さい!!!!」
キャロルが顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「あれ? ウロコ貰わないとエクセブルに登録出来なくて、大賢者になれないよ?」
私は思わず、キャロルの大告白に水を差した。
「大賢者なんていいの! 私はヴィンセント様がいい!!」
キャロルがそう言って、ヴィンセントに詰め寄っていく。
「…………『何でも望むものが与えられる』だから仕方がないな」
ヴィンセントがため息混じりに言った。
「やったー!!」
キャロルが感極まってヴィンセントの腕に抱きついて、横にピッタリくっついていた。
ヴィンセントは少し迷惑そうな顔をしていた。
「じゃぁ早速、この国の外に旅行に行きましょう! 私、ヴィンセント様と、世界を見て周るのが夢だったんです!」
キャロルがはしゃぎながら言った。
その発言を聞いた私は青ざめた。
「え? え? キャロル行っちゃうの?? 卒業までは一緒にいようよ!!」
私は必死でキャロルを引き留め続けた。
「卒業式に出たくなかったら、前日まででいいから! 今日で最後なんて、寂しすぎるよ!!」
私はたまらず泣き出してしまった。
瞳に溢れた一雫の涙が、頬を伝って流れていく。
ノアとキャロルはもちろんだけど、ヴィンセントも同じ魔物だから魅了魔法は効かなかった。
何という奇跡のメンバーだろう。
「ラズ……」
キャロルも涙ぐんでいた。
「……僕は審判者だから、今から卒業までのシーズンはここを離れられないぞ」
ヴィンセントが私をフォローするためではなく、当たり前の事実として告げた。
「……しょうがないわね」
キャロルがため息をつきながら笑ってくれた。
「よかった!」
私はひしっとキャロルに抱きついた。
「で、お前らは何が望みだ?」
ヴィンセントが、私とキャロルは話にならないとふんだのか、ノアに聞いていた。
「普通にウロコで」
「だろうな」
そう言ってヴィンセントが、ウロコをノアに渡していた。
「あ、私もウロコで!」
泣き止んだ私は、慌ててウロコを頼んだ。
「…………」
無言のヴィンセントが、私にもウロコを渡してくれた。
黒くてキラキラ光っている竜王様のウロコだ。
……これで!
大賢者になれる!!
私とノアは揃ってエクセブルを開いた。
「全部揃ったね!」
「あぁ、やっとだな!」
私たちは笑い合いながらエクセブルをパタンと閉じた。
途端に本が輝きだし、辺りが暖かい光に包まれていく。
だんだんと光が強くなっていき、物の輪郭も曖昧になっていった。
そして一際輝くとパッと飛散し、先程までの風景に戻った。
ーーけれど何やら見える景色が違った。
意識すると魔力の流れや澱みが見える。
キャロルを見ると聖属性の魔力が感じ取れた。
同じようにヴィンセントは闇属性を感じる。
何となくだが、分かるようになった。
そして、ノアを見た。
彼も嬉しそうに、いろいろな所に視線を向けていた。
そして私の視線に気が付くと、ニッと笑いかけてくれた。
「すごいな! いろんなことが分かるようになった!」
そう言って私に近付き「よく頑張ったな」と頭を撫でてくれた。
私はそんなノアをジッと見つめていた。
アーヴァインに言われて、ずっとずっと気にしていた。
緩やかに、継続的にノアに魅了魔法がかかってしまって、私への想いも形成されたんじゃないかということ。
サキュバスの部分の私は、たとえそうだとしてもノアを繋ぎ止めていたかった。
でも人間の部分の私は、やっぱり魔法によって作られた気持ちじゃ納得出来なかった。
私はゆっくりとノアに向けて手をかかげた。
「〝blake!〟」
「?? どうしたんだ?」
ノアが訳が分からず困惑している。
「〝blake!〟〝blake!〟」
「ラズ? 俺は今魔法なんかかかってないぞ」
ノアが少し眉をひそめた。
……これで魔法は解けたはず。
大賢者になったから、魅了魔法も解くことが出来るはずだから。
もし魔法が解けて正気に戻ったのなら、私への想いも勘違いだったってそのうち気付くのかな?
…………
「ノア、私たち距離を置こうか」
「は? どうゆうことだ?」
「離れていても、ノアの気持ちが冷めないか確かめたい……」
「冷めるわけないだろ。しかもなんでいきなり……」
私たちの成り行きを、心配しながら見守っていたキャロルも話に入ってきた。
「ラズ、どうしたの?」
「……アーヴァインに言われて、ずっと気にしてたことがあるの。ノアだけが理由もなく魅了魔法が効かないから……」
私はキャロルへの説明の途中で、辛くなって俯いてしまった。
するとヴィンセントが口を挟んできた。
「お前の魅了魔法が効かない相手? そんなの理由は簡単だ。魔法をかける前から、お前のことを心より愛している相手には効かないぞ。もうすでに強い気持ちがお前に向いているからな」
ヴィンセントは、そんなことも知らなかったのかというような、呆れた目つきで私を見ていた。
そして「サキュバスの間では有名だぞ」と付け加えられた。
「……待って、待って! じゃぁそれってだいぶ昔から……」
私は真っ赤な顔を左右にフルフル振った。
そしてあることに気付いて、目を大きく開いて思わずノアを見た。
「あ! ……あの時から? だってあの時は……!」
「分かってるから言うなって!」
頬を染めて赤くなっているノアが、私の口を塞いだ。
そして彼は、自分の口の前で人差し指を立てる。
「え? なになに? ランドールが珍しくめちゃくちゃ慌ててる! 気になる〜」
キャロルがニヤニヤしながら聞いてきた。
「絶対アイスラーには言わない!」
ノアがフイッと顔をそむけて怒っていた。
私は口を塞がれたままノアを見続けていた。
動揺して瞳が揺れる。
その視線に気付いたノアが、照れて顔を逸らしたまま私に言ってくれた。
「多分、初めて会った時から好きだったんだよ」
インシスの花で混乱していた私に、言おうとしていたセリフの続きだった。
「これでこの話はおしまいだぞ」
ノアがそう言いながら、口を塞いでいた手を離してくれた。
…………
ノアに初めて魅了魔法をかけてしまった時、彼の中で私はまだ男の子の認識だった。
「え? それって喜んでいいのかな??」
私はちょっと複雑な気持ちなので眉をひそめた。
しかも気になり過ぎて、ノアにおしまいと言われたのに話をほじくり返してしまった。
「……いや俺、薄っすら気付いてたし」
「嘘だー! あの後ダライアス様のところで、ビックリしてたじゃん」
「そりゃちゃんと分かれば誰だってビックリするって…………ラズを好きだって気付いたのだいぶ後だったし、多分無意識だったんだと思う……」
珍しく、ノアが照れながらも困り果てて俯いていた。
なんだか可哀想になってきた。
初めて会った時から愛されてた事実は素直に嬉しいから、この話題にはこれ以上触れないでおこうかな。
「フフッ。ありがとう。理由が分かったし距離なんて置かない! わがまま言ってごめんね」
アーヴァインに言われてずっと悩んでたことが解決した私は、スッキリしてニコニコ笑った。
「そうだ、アーヴァインに何を言われてたんだ?」
「んー、理由が分かると全然たいしたことないんで、この話題は掘り下げないで下さい」
私は照れながらお願いした。
気になっていたけど何もしなかった期間の説明が、恥ずかしくなってきた。
だって『魅了魔法に頼ってもいいからノアを繋ぎ止めていたかった』になるんだもん!!
私は勝手に想像して更に赤くなっていた。
「絶対あとで聞くからな!」
さっきほじくり返したのを根に持っているのか、ノアに仕返しのように宣言された。




