62:ヴィンセント
あれから無事にジュカル学園に帰った私は、ひとまず魔力の回復を待って、聖属性のキャロルに治療の魔法をかけてもらうことにした。
アーヴァインにかけられた、支配の魔法の状態を知っときたかったからだ。
キャロルが私を訪ねて来てくれたので、私の部屋へ通した。
ベッドの端に座った私に、立っているキャロルが大剣を下に向けて持ち、祈りを捧げているように目を閉じて少し下を向いた。
「んー……特に他の人からの魔法の遺恨とかは無いと思うけど……」
キャロルが魔法をかけ終えて、目を開けながら言った。
「そっか……じゃぁ大丈夫かな?」
私は弱々しく笑った。
キャロル以上の魔導師に本格的に見てもらうとなると、おそらく私が魅了魔法持ちだと分かってしまう。
そこからサキュバスの血が混じっているのでこともバレてしまうため、これ以上は確かめようが無かった。
大剣を鞘に収めて壁に立てかけたキャロルが、ピョンと私の隣に腰掛けて私の肩にそっと手を置いた。
「禁忌の魔法とか言われたら気になるのは分かるけど、魔法は時間と共に解けるのが普通だし、大丈夫じゃない?」
「そうだね。気にしても仕方ないかも。もし、魔法が残っていても解き方が分からないし……まずはアーヴァインと同じ大賢者になって、もっともっと強くなっとくしかないかな」
「そうそう。あとは、いよいよ竜王様との戦いだけだし!」
キャロルが待ちきれないといったように、途端に目を輝かせた。
彼女が言うように、私たちは最後のページ以外のエクセブルは全部集め終えていた。
「フフフッ。最後の戦いだね。大賢者になるために頑張らなきゃね」
元気なキャロルを見ていると、私までちょっと元気になってきた。
今は竜王様が出現する時期になるのを待っている状態だった。
キャロルは待ち遠しくて、このところずっとウズウズしていた。
「あ〜早く会いたいなぁ」
はにかんだ彼女は、窓の外の竜王様が眠っている方向を見つめていた。
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ーーやっと竜王様と戦える日がきた。
私たちは雪用のブーツに火の魔石をセットして、雪道を歩いた。
歩いた道の雪が溶けて、私たちの軌跡を残す。
しばらく歩くと、以前に1度来た祠の前に着いた。
キャロルを真ん中に、私とノアの3人は横並びに立った。
いよいよ最後の戦いだ。
準備万端。
あとは勝つだけ。
私は気合いを入れて、祠を見つめた。
「やっとこの日が来たわね」
キャロルが4匹の竜の魔石を窪みにセットした。
すると今度はちゃんと反応し、魔石がそれぞれの色に輝きはじめ、空に向かって四筋の光を放つ。
その光を受け止めた空に、次第と黒い雲がたちこめ、辺りが暗くなった。
『我を呼んだのは貴様らか?』
重低音が地鳴りのように響き、黒い竜が雲から現れた。
そして祠の上にゆるくトグロを巻いて浮かんでいた。
すっごいラスボスっぽい演出だ!
シンドーさん、絶対違うゲームから設定引っ張ってきたよね。
私は不安とワクワクが入り混じった表情で黒い竜を見上げていた。
「まずはこの竜の状態を倒さないとね!」
キャロルが威勢よく大剣を構えた。
そして呪文を唱えて剣に氷の魔法をまとわせる。
大剣が光を放ち、刃の真ん中に水色の紋様が根本から先へと浮かび上がった。
「〝sword of glacier〟」
ノアが氷河から魔法の剣を作った。
竜王様が火属性なので、みんな氷属性で応戦だ。
「〝status All boost!!〟」
私はいつもどおり後方支援で、バフ魔法をみんなにかける。
『焼き尽くしてくれよう』
竜王様がゆっくり言葉を発すると、熱風が私たちに襲いかかった。
「〝multi-protect!〟」
私はすぐさま味方全員に防御魔法を展開した。
私たち個々を中心に半円状の透明な壁ができ、熱風から守ってくれた。
その外側は雪が溶かされ、地面に火がついた。
熱風が吹き終わると、防御魔法の壁が砕けて粉々になったかのように光の粒子が落ちていく。
「ランドール、いくわよ!」
「あぁ!」
すかさずキャロルとノアが攻撃にうつった。
ノアは地面についた火を剣で薙ぎ払って道を作り、竜王様の前まで素早く移動した。
そして氷河の剣を下から上に振り上げた。
すると竜王様の体を這い上がっていくように、パキパキと音を立てて氷魔法が発生した。
上に行くにかけて広範囲に広がり、氷の花が咲いたように竜王様の体の一部が凍る。
「〝fly!〟」
キャロルが空に舞い上がり、竜王様の尻尾の一振りを避けながら顔めがけて大剣を振りぬいた。
「〝blizzard〟」
そして素早く吹雪の魔法を発動し、彼女の攻撃がクリティカルヒットした。
『……なかなかやるようだな』
竜王様がそう言うと、体が光り輝き出した。
すると、シュルシュルと竜の体が小さくなっていき、より一層強い光に包まれて輪郭が見えなくなった。
「やったわ! フォルム変形よ!」
大剣を一振りして地面の火を消したキャロルが、地上に降り立って叫んだ。
「正しいルートで戦ったら、めっちゃ穏やかじゃん!? 4匹の竜より簡単なんじゃ……」
私も辺りの火を魔法で消しながら叫んだ。
「ここからが難しいのよ! 油断しないでね」
キャロルがニシシッと笑って大剣を構え直していた。
竜王様を包む光はどんどん小さくなり、祠の前に降りてきた。
そして一際輝いてから光が飛散すると、そこには黒髪に金色の瞳をした青年が立っていた。
透き通るような白い肌に、恐ろしく整った顔立ち。
何を考えているのか分からない表情で、私たちを見つめていた。
その瞳は竜の名残りなのか瞳孔が縦に長く、異様な雰囲気を助長していた。
「僕がこの姿になったのは何年ぶりかな」
竜王様がピクリとも表情を変えずに言った。
ーー人間フォルムになると喋り方が違うんだ。
私は悠長なことを考えてしまっていた。
「ヴィンセント様!!」
キャロルが目をハートにして叫んだ。
「やっと推しの姿がこの目で見れた!! やっぱりカッコ良すぎる!!」
彼女は叫びながら悶え続けていた。
「なんで僕の名前を知ってるの?」
ヴィンセントと呼ばれた青年が、キャロルをゆっくりと見た。
私は嫌な予感がしたので、キャロルに向かって防御魔法をかける。
「〝protect!〟」
その瞬間キャロルが炎に包まれた。
「きゃぁ!!!!」
間一髪で間に合った防御魔法がキャロルを守った。
無詠唱!
ヴィンセントは呪文を唱えずに魔法が使える!
「ノア! キャロル! いつ魔法が来るか分からないから気をつけて!」
「あぁ」
「……分かったわ」
私たちは気を引き締めてヴィンセントに対峙しなおした。
「…………フフッ」
そんな私たちを見つめたまま、ヴィンセントが不敵に笑った。
するとまた熱風が吹き荒れる。
「〝reflect〟」
私は反射の魔法で弾き返した。
ノアとキャロルは、氷の属性を帯びた剣で熱風を切り裂いて自身を守った。
「チッ……やっかいだな」
「……本当ね」
私は2人が無事なのを視界の端で確認すると、改めて、反射された炎の魔法を浴びているヴィンセントを見た。
「……僕に炎は効かないよ」
炎に包まれながら、ヴィンセントが静かに言った。
「じゃぁこれならどうだ!」
そこにすぐさまノアが走り込んでいき、ヴィンセントの炎ごと剣で薙ぎ払った。
ヴィンセントの半身がパリパリ音を立てて凍っていく。
「…………」
ヴィンセントがその金色の瞳だけを動かして、ノアをとらえた。
たちまちノアが炎に包まれる。
「くっ……アイスラー!!」
なんとか氷河の剣で防御しながら、反対側から向かってきていたキャロルに声をかけた。
キャロルはその声に呼応するかのように大剣を振り上げて構えた。
「!! ……ダメだ! ヴィンセント様を切ることなんて出来ないよ!」
そう叫んだキャロルが動きを止めてしまった。
「キャロル!!」
私は急いで水魔法をキャロルに向かって放った。
すると、ヴィンセントに目線を向けられたキャロルも炎に包まれた。
けれど水魔法の発動の方が早く、水がキャロルを包み込んで炎を防ぐ。
キャロルの気持ちは分かるけど……今!?
彼女が戦えないとなると、相当厳しい。
その時、ヴィンセントの瞳が私をとらえた。
「お前は……そうか……」
何かを思案してそう呟いたヴィンセントは、私から視線を逸らさないで続けて喋った。
「おいで」
「…………はい。竜王様」
私の足は意識に反して動いた。
……何か精神系の魔法をかけられた!?
私は青ざめて冷や汗をかきながらも竜王様の前に立った。
「不思議そうな顔をしているな。お前には魔物の血が入っているだろう? 僕より下級の魔物は絶対に従わせることが出来る」
ヴィンセントが冷ややかな視線を私に向けた。
「ラズ!!」
その時ノアが、ヴィンセントに向かって氷河の剣で攻撃した。
剣を振った風圧と共に氷の筋が出来ていき、みるみるうちにヴィンセントへ伸びた。
「僕を守れ」
ヴィンセントの抑揚の無い声が聞こえた。
私の体は勝手に動き、ヴィンセントと氷河の魔法攻撃の間に入った。
「あうっ!!」
そしてノアの攻撃を生身でもろに浴びてしまった。
肌を引き裂くような痛みが全身を駆け抜ける。
体がパキパキと凍っていく。
「うぅぅ……」
苦痛の表情を浮かべるが、動くことは出来ない。
「僕に攻撃しても、こいつが全て受けてしまうよ」
ヴィンセントが不敵な笑みを浮かべて、ノアを見た。
「クソッ!」
ノアが忌々しげにヴィンセントを見るが、どうしようも出来ず動きを止めてしまった。
どうしよう!?
私を盾に取られてしまった。
……このままじゃ……
ヴィンセントがゆっくりと口を開く。
「さぁ僕の敵を倒すんだ」
1番恐れていた命令が聞こえた。
「…………」
私の手がノアに向けられていく。
呪文が勝手に口をつき、腕輪の魔石が光りだした。
ーーーーーー
「……話にならないな」
私に何度か呪文を唱えさせたあと、ヴィンセントは無表情のまま呟いた。
「興が削がれた」
彼がそう告げると、光りに包まれだした。
そして光が消えると、ヴィンセントも消えてしまった。
「ハァ。ハァ。ハァ……」
手をかざしたままの私は、ゆるゆるとその場にしゃがみ込み、肩で大きく息をした。
魔法の容赦ない連発で、体がついていけてなかった。
ヴィンセントが消えるのと同時に、精神異常の魔法も解けたようだった。
「ノア……キャロル……」
私は息を整えながらも2人に目を向けた。
ノアは木に打ち付けられ、根元で座り込んで俯いていた。
キャロルは地面に倒れ込み、腕を地面につけてなんとか顔をあげていた。
私が水魔法を連発してぶっ飛ばしてしまったので、2人とも戦闘不能でぐったりしていた。
私もノアの氷河の魔法で、体の半分が凍ったままだった。
「……惨敗だ」
私は後ろに倒れ込んで地面に仰向けに寝そべり、まだ黒い雲が立ちこめている空を見上げた。




