59:罠
魂の契約魔法が切れても、私とノアは変わらない毎日を過ごしていた。
ルミネージュ国は1番寒い季節に突入し、雪が降り積もるようになった。
自国であるリーネル国は暖かい国なので、こんなに雪が降ることは無い。
ーーこんな雪国で過ごすのも、あと少しかもしれないな……
私はジュカル学園の廊下から見える空を、感慨深く見上げた。
図書室に入ると、本を読みながら待っていたアーヴァインがいた。
「待ってたよ。ラズベリー」
私が来たのが分かると、読んでいた本を閉じて席を立った。
図書室の中は人払いがされているのか、私とアーヴァインだけだった。
人がいないからか、なんだか部屋の中が寒く感じる。
扉の外には、いつものようにアーヴァインの護衛が立っていた。
「……話って何?」
私はアーヴァインを真っ直ぐ見据えながら聞いた。
いつでも逃げれるように、さっき入ってきた扉の近くに立つ。
昨日、1人でいる所をアーヴァインに話しかけられたのだ。
『君の秘密について話がしたい』と。
そして、ここに誰にも言わずに来るように、と呼び出された。
ご丁寧に『もしノアに知らせたりすると、彼は大賢者になれないと思ってくれていいよ』と脅しまでかけられた。
「……ラズベリーとノアの間にかかってた、黒い魔法が無くなったね。ケンカでもしたの?」
アーヴァインが嬉しそうに笑いながら聞いてきた。
魂の契約魔法のことだ。
ダライアス様にも勘づかれてたから、魂の契約魔法のことも分かるんだ。
……どうやら私が解除したと思ってるらしい。
私の秘密についてって、契約魔法のことなのかな?
「ケンカなんかしてないよ」
私はアーヴァインを警戒しながら答えた。
「ふーん。まぁそこはどうでもいいんだけど……あの魔法を解除したのは、間違いだったね」
アーヴァインがそう言いながら、私に近付いてきた。
「どういう意味?」
私はそっと腕輪を触る。
いざとなったら、魔法を使うつもりだ。
「ラズベリーを、遠くに連れていけるようになったから」
アーヴァインがいつものようにニッコリ笑った。
そして続けて、呟くようにそっと言った。
「〝erase〟」
その瞬間、あのインシスの花の甘い香りが、ブワッと辺りに広がった。
しまった!
私はすぐに鼻と口を両手で覆ったが、目の前がクラクラし始めた。
おそらくインシスの花を、アーヴァインが隠し持っているのだ。
……彼だけじゃなく、図書室内に大量に。
そして、さっきまで私が風上になるように、微弱な風を魔法で吹かせていたのだ。
それを解除されたので、インシスの花の香りが充満した。
部屋が寒く感じたのはそれだったんだ。
私は入った時から罠にかかっていたのだ。
「……なん……で……」
私は後退りした。
すぐに背中が扉にぶつかってしまう。
「何でインシスがあるのかってこと? トルハの森で倒れているラズベリーと介抱しているノアを、僕がたまたま見つけてね。ラズベリーがインシスに弱いのを知っているんだ」
アーヴァインが私のすぐ近くまで来た。
そして片手を扉につけて、私の顔をのぞきこむ。
「ラズベリーは魔物の血が入ってるんだね。瞳の魔法のことを考えると、サキュバスかな?」
アーヴァインが、口元だけ微笑みを浮かべた。
そして私の顔を覆っている手が、彼に無理矢理引き剥がされた。
「……うぅっ」
私はインシスの匂いに耐え切れず、倒れ込んだ。
皮肉にも、目の前にいるアーヴァインが受け止めてくれた。
薄れゆく意識の中、アーヴァインの穏やかな声が聞こえた。
「……僕の国へ帰ろうか」
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ジュカル学園の寮の廊下をキャロルは走っていた。
目的の場所だったラズたちの部屋の前につくと、勢いよく扉をたたく。
「ランドール! いる!?」
珍しくキャロルは焦っていた。
しばらくするとノアが扉を開けて出てきた。
「どうしたんだ?」
「ラズがいないの!」
キャロルは叫んだ。
「? ラズはアイスラーの所に行くって出て行ったぞ」
「確かに一度来たんだけど、図書室に行くって言ってて……でも図書室にはいなくって……代わりにこれが」
キャロルがノアの目の前に、腕輪を差し出した。
ラズベリーが、いつも腕にはめていた腕輪だった。
セットしていた魔石もしっかり残っている。
「……図書室に行くぞ」
ノアは足早に図書室へ向かい出した。
「あ、待って!」
置いて行かれたキャロルが、慌ててノアを追いかけた。
ノアとキャロルが図書室についた。
「ここの床に腕輪が落ちてたわ」
キャロルが図書室の入り口付近の床を指差す。
「…………これは、インシスの花びら?」
ノアが近くの棚の上に落ちていた、黒い花びらを持ち上げた。
「!! ラズが倒れたっていう?」
「……そうだ。誰かに嗅がされて、連れ去らわれた? ……地図ってあるか?」
「図書室だからあると思う。ちょっと待って」
キャロルが、ルミネージュ国の大きな地図を探し出し、机の上に広げた。
「〝search〟」
ノアが探索の魔法の呪文を唱えた。
「あっちのほう……地図で言ったらどっちだ?」
ノアが図書室の一角を指さした。
「何? どうゆうこと??」
キャロルが首をかしげた。
「ラズの指輪に、探知できる仕掛けがしてある。だからどっちにどのくらい遠くにいるかが分かるんだ」
ノアが地図を少し回しながら答えた。
「おそらく、ラズは今ここらへん……この先は……国境?」
「この国は……確かアーヴァインの国よ!」
「!!」
ノアとキャロルが顔を見合わせた。
「行くぞ!」
ノアが図書室を飛び出した。
「でも、どうやって? 飛翔の魔法は長時間使えないし!」
キャロルもノアに続いて外に飛び出した。
「今、考えてる!」
ノアが叫んだ。
2人はひとまず校舎の外を目指して足早に移動した。
「探知する魔法なんて、前はあったっけ?」
キャロルが前をいくノアの背中に喋りかけた。
「最近追加したんだ」
前を向いたままノアが答えた。
「……まるで、こうなることを知ってたみたいだね」
「アーヴァインがシュクリーの花をラズに手渡しただろ? しかも目立ちやすい中庭の中央で。あれはおそらく、俺に向けての宣戦布告の意味もあったんだ」
「それで対策を立ててたわけね」
「あぁ。けど在学中に自国に帰ろうとするとは思わなかった」
ノアが吐き捨てるように言った。
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「ラズが銃を魔法で出したみたいに、前世の世界の何かをキャロルも出せないのか?」
校舎の外に着くと、突然ノアがそんなことを言い出した。
「何かって何よ」
キャロルが眉を下げて困惑していた。
「……馬車より速い移動手段とか無いのか?」
ノアも想像で言ってるだけなので、言いながらも首をかしげる。
「馬車より速い移動手段……あぁぁぁぁ! 出来る! 私バイカーだったから、それならイメージ出来る!!」
キャロルが目を見開いて騒ぎ出した。
「バイカー?? じゃぁこのラズが強化した魔石でやってみてくれ」
ノアがそう言って強化された炎の魔石をキャロルに差し出した。
「出来るかなぁ……」
キャロルは背中の大剣を鞘から抜き、ノアから渡された炎の魔石をセットした。
そして両手でグリップをにぎり、剣先を空に向かって掲げた。
「……スゥー」
キャロルが大きく息を吸い、目を閉じた。
そしてイメージに集中する。
「〝bike of blaze〟」
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「ほ、本当に出来た!!」
キャロルが嬉しすぎてピョンピョン飛び跳ねながら叫んだ。
目の前には魔法で出来た大型バイクが出現していた。
炎の魔石で生成したからか、マフラーからは炎が出ており、タイヤの縁も薄っすら熱を帯びて赤くなっていた。
「すっごい! ゲームの中みたい! ってゲームの世界か。ここ。……もうこの世界、何でもありだね!」
はしゃいでいるキャロルがさっそく運転席にまたがった。
「キャロルの身長も考慮して、ちゃんと乗れるようにイメージしたからね〜私って賢い! さぁ、ノアも後ろに乗って」
「こうか?」
「そうそう。飛ばすから、しっかりつかまっときなさいよ!」
キャロルがニシシッと笑いながら言った。




