57:シュクリーの花
ルミネージュ国の短い夏が終わり、さっそく肌寒くなってきた。
私とノアとキャロルは、ジュカル学園のフリースペースでくつろいでいた。
そこにクラスメートの女の子2人組がやってきて、話しかけられた。
「ブランジェさん。分析の魔石を持ってるって聞いたんだけど、貸してくれる?」
「いいよ。はいどうぞ」
私は桜色の魔石を気前よく渡す。
最近、この分析魔法の魔石を貸し出すことが多くなった。
「「ありがとー」」
2人から揃ってお礼を言われた。
そしてちょっと離れた所で2人が、自分に分析魔法をかけていた。
「私はーーーーだって」
「そうなんだ! 私はーーーー!?」
女の子たちのキャアキャア騒いでいる声が、ちょっとだけこちらにも聞こえてくる。
「最近多いけど、あれは何なんだ?」
隣に座るノアが不思議がって私に聞いてきた。
「エクセブル集めの1つ、シュクリーの花集めをしてるんじゃないかな? シュクリーは蕾の状態で生えていて、意中の人がふれると花が開くらしいの。その開いた状態の花びらを登録する必要があるから……」
私はエクセブルのシュクリーの花のページを開いて、ノアに見せた。
「……俺たちもう集めてるな」
ノアが言うように、シュクリーの花は必須項目のページにあった。
「確か1年前にもう登録したんだよ。シュクリーの花の仕組みを分かっていなかったけど、多分お互いに渡し合っているうちに花が咲いたんじゃないかな?」
私はあんまり覚えていなかったので、首をかしげながら予想を言った。
「意中の人っていうけど、分析魔法で自分にかけた時に見れる、好感度が高い人の項目の人物なのよね」
キャロルが説明を続けてくれた。
「私は竜王様が登場していなくてハテナ表記だから、その次に好感度が高いラズで花が咲いたみたい」
「うれしー」
私はニコニコしながら相槌を打った。
「それで、シュクリーの花は今の時期にしか咲かないから、ジュカル学園を卒業するためには集めなきゃいけなくて、他の生徒たちが必死なのよ」
キャロルが、キャアキャア騒いでいた女の子たちに目を向けながら言った。
私はそんなキャロルに尋ねた。
「ライオネル王子とディアナは、お互いがそうなのかな?」
「まぁそうじゃないかしら? ゲームのイベントの1つだし。私がメインストーリーに関わらないから、2人の関係も穏やかに進んでいるようね。ラズやランドールの方にも来なくなったものね」
キャロルが安心しきったように、ため息をついた。
その時、ネイトが私たちのところへ来た。
「キャロル! ちょっとあっちで話があるんだけど」
「?? 何かしら? 言ってくるわね」
キャロルが私たちに断ってからソファから立ち上がり、ネイトについていった。
しばらくして、頬を赤くさせたキャロルが戻ってきた。
そしてソファに座って俯く。
「?? どうしたの?」
私は彼女の様子が気になって尋ねた。
「……ネイトのシュクリーの花を咲かせてきたの」
キャロルが俯いたまま喋った。
「!! それって!」
ネイトの意中の人がキャロルだったってことだ。
「シュクリーの花を咲かせてあげないと、ネイトが卒業できなくなるし……このイベント主人公以外にはエグい……エグすぎる」
キャロルがとうとう両手で顔を覆った。
「エグい?」
ノアが前世の言葉に首をかしげる。
「……『ひどい』のもっとすごい感じかな?」
たまにこうしたことがあるので、私はいつものようにノアに答えた。
「ラズとランドールも今はのほほんとしてるけど、そのうち私と同じ経験をするからね!」
キャロルが顔をあげて私たちをキッと睨んだ。
「……ノアの所には何人か来そうだね。ヘルプリクエストとかの相手が」
私は苦笑しながらノアを見た。
「ラズの所にも絶対1人は来るぞ」
ノアが不機嫌な表情で私を見ていた。
「?? まぁでも卒業できないのは可哀想だから、キャロルみたいに咲かせてあげようよ。シュクリーの花関連についてはしょうがないよね」
私はそう言って、このイベントについては『恨みっこなしだよ』というような約束をノアと交わした。
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数日後、私は1人でジュカル学園を歩いていた。
ノアは、たまにあるライオネル王子からの呼び出しに答えていた。
うちの護衛魔導師は、本当に王族に好かれるなー。
何の話をしてるんだろ?
まさかの恋バナ!?
……想像できない……
私はそんなことを考えながら渡り廊下を歩いていた。
今日は魔石生成に使いたい薬材を取りに来ていた。
特殊なもの以外は、ジュカル学園の薬材室に生徒用として保管してくれている。
ふと前を見ると、アーヴァインがこっちに歩いてきていた。
「ラズベリー久しぶり」
アーヴァインが、穏やかな笑みを浮かべて声をかけてくれた。
「久しぶり!」
私もニコッと笑って挨拶をした。
「今ちょっと時間ある?」
「うん。あるよ」
「良かった。僕のシュクリーの花を咲かせてくれる?」
アーヴァインが何気ない話題のように告げて、首をかしげた。
「!! ……うん」
私はみるみる赤くなりながらも、なんとか頷いた。
今ならキャロルの気持ちが痛いほど分かる!
私は心の中で過去のキャロルに少し謝りながら、アーヴァインの案内について行った。
私が連れられていった場所は、広い中庭の大きな噴水の前だった。
「トルハの森に取りに行くのが手間だから、ここに魔法の力を借りて植えてるんだよね」
アーヴァインがそういいながら、噴水の中に咲いていたシュクリーの蕾を一輪取った。
「はい。受け取ってくれる?」
彼は優しく微笑みながら、私にシュクリーを渡そうと差し出した。
「ここで……?」
私は思わず狼狽えてしまった。
中庭の人通りが多い場所で、他の生徒の目もたくさんあったからだ。
「……僕ね、女の子6人からシュクリーの蕾を受け取ったんだ。その子たちの好意に返事が出来ないってことも示したいんだ。お願いできる?」
アーヴァインが少し困っているのか、眉を下げて私に言ってきた。
彼の好きな人が私だと、ここでわざと見せつけたいらしい。
大胆だな……
「…………」
私はそっとアーヴァインのシュクリーの蕾を受け取った。
するとシュクリーがほのかに光りだし、花の蕾が外側からゆっくりと開き出した。
「ありがとう」
アーヴァインがシュクリーの花を受け取りながら、満面の笑みを浮かべた。
そして、早速シュクリーの花をエクセブルに登録した。
それが最後の必修項目だったのだろう。
彼のエクセブルのページの縁が全て黒色に変わった。
「……お礼に良いことを教えてあげる」
アーヴァインがそう言って私の瞳をじっと見つめてきた。
「僕も大賢者の称号が欲しくてわざわざ留学してるんだけど……どんどんエクセブル集めで大賢者に近づいているからかな? 分かるんだ」
「??」
私はアーヴァインが何を言おうとしているのか分からなくて、彼の瞳を見返したまま次の言葉を待った。
「ラズベリーの瞳、不思議な力を感じる……ある魔法の力を感じるよ」
アーヴァインが目を細めながらゆったりと笑った。
「!!」
私は思わず驚いた表情を彼に向けてしまった。
ダライアス様もそうだった。
大賢者の人に近付いてしまうと、私の瞳が変わっていることに気付かれるんだった!
いつも一緒にいるノアとキャロルは、瞳の秘密を知っているから、違和感を感じなかったのかもしれない。
私はゆっくり後ずさりをした。
そんな私に構わずアーヴァインが話し続ける。
「ノアは昔から知ってるの?」
「……そうだよ」
「昔からラズベリーがその魔法をかけていたの?」
「ノアにはこの魔法は効かないの」
「本当に? 効きが悪いだけでゆっくり少しずつ効いてたんじゃないの?」
アーヴァインが意地悪く笑った。
そして私に近付き、耳元で囁いた。
「ノアからの愛情は本物なの?」
「!! 本物よ!」
私はそう叫んでその場を走り去った。
どうしようもなく不安になって、泣いてしまいそうだったからだ。
ーーーーーー
アーヴァインからだいぶ離れたところで、私は立ち止まった。
ノアが少しずつ私の魅了魔法にかかってしまって、彼が私を好きだという気持ちが紛いものだと言われてショックだった。
……ノアがくれた今までの言葉を、私たちの絆を、疑えっていうの?
私は、泣くのを必死に我慢した潤んだ目で、空を見上げた。




