54:ピッチチャップ
雨上がりの午後、私とノアとキャロルの3人はトルハ森に来ていた。
エクセブル集めの1つに『ピッチチャップ』という青い花からしか取れない雨上がりの雫……というのがあるからだった。
私たちは、その植物を探して森を歩き回っていた。
「雨上がりの雫とか、この時期を逃しちゃうと、真冬になんか採取出来ないんじゃないの?」
私はキャロルに聞いてみた。
「そうね。乙女ゲームではエクセブル集めをそこまで力入れなくていい仕様だったから、本物のエクセブル集めは随分マニアックよ」
キャロルが苦笑しながら言った。
「なるほど。すごいピンポイントな所が弱点の魔動物だったり、逆に手抜きされたような植物だったり……まぁ全部で250ぐらい種類あるもんね。全てに細かい設定まで作り込めないよね。シンドーさん……」
私は久しぶりにシンドーさんに思いを馳せた。
「けど、このピッチチャップを集めると、必修項目が全て集まるわね! いよいよ竜王様に近づいてきたわ」
キャロルがグッと両手を握りしめて、気合を入れていた。
しばらく雨上がりのジトっとした森の中を歩くと、目当てのピッチチャップが咲き乱れている広場のような場所に着いた。
その青い花についた雨の雫が、どういう訳だか薄っすら青く輝いている。
「綺麗だねぇ」
私は、この瞬間にしか見れない美しい光景を、目に焼き付けていた。
「そうだな」
隣に立っているノアがエクセブルを開け、花に触って雫をページの上に落としていた。
本を閉じると、いつもよりまばゆい光を放ちだした。
それが収まると必修項目のページの縁も黒くなった。
「これで必修項目より先の、大賢者バージョンになったってことかしら?」
同じく登録し終えたキャロルが、エクセブルをペラペラめくりながら言った。
私も2人に続いてピッチチャップの青い雫を登録する。
無事にページの縁が全て黒くなったことを確かめてから、またピッチチャップのページを開けた。
「……このピッチチャップって、アレを思い出すよね?」
私はキャロルを見た。
「アレって?」
キャロルが首をかしげる。
「あめあめふれふれ母さんが〜♪」
私は前世で有名な童謡を歌い出した。
キャロルも〝あぁ!〟みたいな表情をして一緒に歌い出す。
「ピッチピッチ♪」
私は楽しくなって笑った。
「チャップチャップ♪」
キャロルもニコニコ笑っている。
「「ラン♪ ラン♪ ラン♪」」
「あはははは!」
2人で歌い終わると、前世の幼い日を懐かしんで笑い合った。
ーーその時、少し遠くの地面が光り出した。
「何!?」
見ると何かの紋様が水色に浮かび上がり、地響きを上げながら水が湧き出てきた。
「え? 何が起こったの??」
私は驚いて固まったまま、水がみるみる湧き出ている現象を凝視する。
「……さっきラズとアイスラーが歌った歌が、呪文の一種だったらしい」
ノアが腕輪に手を掛けながら説明してくれた。
私もただならぬ雰囲気に、腕輪にセットされている魔石を確認する。
その間にも湧き出た水の水位は上がっていき、広い湖へと変化していった。
しばらくすると、水が出なくなった代わりに、湖が眩く光り出した。
すると、湖の底から何かがゆっくりと浮かび上がってきた。
巨大な水色の竜だった。
『ギャォォォォォォン!!』
耳を切り裂くような咆哮が終わると、私たちを睨み付けているかのように、鋭い視線を向けてきた。
「イシュケールだ!!」
背中の大剣を鞘から抜いて構えているキャロルが叫んだ。
混乱した彼女は青ざめたまま喋り続ける。
「なんで!? なんで!? もっと2年生の終わりの時期にしか会えないのに? しかも歌を歌って会えるなんて知らない!!」
「……きっとシンドーさん的な裏技だよ」
私は動揺しながらも答えた。
「!! だとしたら、竜王様に早く会えるかも! イシュケール……水の竜を含めて4体の竜を倒すと、竜王様に会える鍵になるから!!」
キャロルは目の色を変えてイシュケールを見た。
イシュケールは彼女の殺気を感知したように、尻尾を左右に振りだした。
私は慌ててみんなに防御の魔法を張った。
「わわっ! 〝multi-protect〟」
大量の水流が私たちを直撃した。
間一髪で、半円状の透明な壁が1人ずつに展開され、水流から守ってくれた。
けれど少しずつ透明な壁にヒビが入る。
「……強い相手だから、防御魔法では1回分しか攻撃を防げないかも……」
私は冷や汗をかきながら1人呟いた。
その間にノアは炎の剣を、キャロルは自身の大剣に炎の魔石で魔法を帯びさせた。
そしてイシュケールの魔法が途切れると、2人は左右に分かれて向かって行った。
同時に防御魔法が解除され、透明な壁が粉々になったかのように光の粒子が地面に落ちた。
「〝status All boost!!〟」
私は呪文を叫んで、みんなのステータスを向上させる。
「〝darkness〟……あ、ダメか」
そして続いて暗闇の魔法をかけるが弾かれてしまった。
イシュケールには状態異常系は効かないらしい。
スピード力の高いキャロルがイシュケールの体を駆け上がっていき、首をめがけて大剣を振り下ろす。
「絶対に倒すっ!!」
攻撃されたイシュケールは顔を一振りしてキャロルを弾き飛ばした。
「キャロル!?」
私は飛んでいく彼女を目で追いかけたが、運良く茂みに落ちていた。
ホッとしている私の視界の端を、ノアが立ち向かっていくのが見えた。
イシュケールがキャロルに気を取られているうちに、ノアが〝fly〟で一気に近付いており、炎の剣を振りあげた。
「くらえっ!!」
ノアの頭上で炎がより大きく燃え上がる。
そしてイシュケールに向けて渾身の力で振り抜いた。
剣筋上にワンテンポ遅れて炎の道ができ、爆ぜる。
イシュケールも炎に包まれるが、空に向かって再び咆哮をあげた。
『ギャォォォォォォン!!』
すると空がたちまち暗くなり、大雨が降り出した。
重い雨が降りそそぎ、イシュケールを包んでいた炎が消える。
私たちもずぶ濡れになり、動きにくくなり視界が一気に悪くなった。
「キャロル! 大丈夫?」
私はイシュケールを見ながら、遠くに飛ばされたキャロルに声をかけた。
「大丈夫! 〝heal!〟」
キャロルが元気よく返事をし、自分に回復魔法をかけた。
私が聖魔法が苦手なため、回復魔法は各自でかけることにしていた。
さすがボスの前の四天王。
めちゃくちゃ強い。
でもこっちだって負けられない。
「〝glacier!〟」
私は氷河の魔法の呪文を唱えた。
イシュケールのいる湖の水が巻き上がり、パキパキと音を立てて瞬時に凍る。
魔法が上手くいき、イシュケールの下半分が氷河で凍りついた。
そこにすかさず、大きく跳躍したキャロルが炎の大剣で攻撃する。
「〝flame!!〟」
キャロルがイシュケールの顔を斬りつけるのと同時に、火炎の魔法を放つ。
『グゥ!! …………』
攻撃を受けたイシュケールの頭が、後ろに大きくのけ反った。
「やった!?」
地面に着地したキャロルがイシュケールを見守る。
『ギャォォォォォォン!!』
イシュケールがすぐに頭をキャロルに向けて咆哮をあげた。
「キャロル!? 〝protect!〟」
それと同時に私はキャロルに向かって防御魔法を放った。
すると空から水の矢がいくつもキャロルに降り注いだ。
「!! ラズ、ありがとう!!」
私の防御魔法の壁に守られたキャロルが、剣を構え直した。
そしてイシュケールの目は私にも向けられ、咆哮を浴びせた。
『ギャォォォォォォン!!』
しまった!
防御が間に合わない!
私は腕をクロスにして顔を庇いながら、思わず目を瞑った。
暗闇の中、すぐそばで空気を切り裂く音がした。
「……ノア!」
目を開けると私の前にはノアが立っていた。
私たちの周りを炎が円状に燃えている。
水の矢を全て炎の剣で撃ち落としたようだ。
「大丈夫か!?」
ノアがそう言いながら炎の剣を解除する。
そしてイシュケールに向けて手をかざした。
ーーーー!!
やばいやつだ!!
あの強化した炎の魔石をそのまま使うつもりだ!!
私の脳裏に、ダライアス様の屋敷が火事になりそうだった時の記憶が蘇る。
ノアは、強力な力を持つ炎の魔石を剣の形にすることによって、普段は威力を抑えているのだ。
「キャロル! 『fly』で上に逃げて!!」
私は、イシュケールに向かって行こうとしているキャロルに叫んだ。
「〝blaze〟」
ノアが呪文を唱える声が聞こえた。
イシュケールのいる湖に巨大な火柱ができた。
空に舞い上がった火の粉が、チラチラ赤く瞬きながら降ってくる。
あたり一面が熱風にあおられて、火が波のように広がっていった。
「〝fly〟」
ノアが私を横抱きしながら地面を蹴り、空へ飛び上がった。
青かった空が赤く染められ、轟々と燃える炎は鎮まることを知らない。
ーーこの世の終わりのような光景だ。
「そろそろ消さなきゃ」
私はポツリと呟いた。
このまま燃え続けると、トルハの森だけではなく、やがてジュカル学園にまで広がっていきそうだ。
「氷河の魔石貸して」
ノアが私の腕輪を見ながら言った。
「いいよ」
私は両手が塞がっているノアのために、魔石を交換してセットしてあげた。
「〝glacier〟」
ノアが私を抱き上げたまま、器用に火柱へ手をかざした。
途端に火柱の周りが下から凍っていき、どんどん上まで広がっていく。
けれど力が反発しあったのか、途中でパンッと弾けて炎も氷河も粉々に飛散した。
炎がまだ残っていたが、もともとあった湖が復活しており、静かに鎮火していった。
でも……湖が復活しているってことは……
私は抱っこしてくれているノアの服をギュッと握った。
湖の中心には黒くすすけたイシュケールが、ゆっくり蠢いていた。
その時『fly』で無事に空に避難していたキャロルが、彗星のようにイシュケール目指して降っていった。
「これで、終わりだー!!!!」
その勢いのまま、イシュケールの頭の上から炎の大剣を突き刺した。
『グァァァァ!!!!』
イシュケールの悲鳴が止んでしばらくすると、竜は目を閉じて地面に力無く倒れた。
「やったー!!」
私とノアは地上に降り立って、キャロルに駆け寄った。
「今回は私がトドメを刺したわよ」
キャロルが自慢げに胸を張り、大剣をイシュケールから引き抜いた。
その途端にイシュケールの体が光り輝き、どんどん小さくなっていった。
するとそこには3枚の鱗と3個の水色の魔石、そして蛇ぐらいのサイズになったイシュケールがいた。
蛇イシュケールはいそいそと湖に帰って行った。
しばらくすると湖の水位も徐々に下がり、地面に吸収されたかのように無くなった。
キャロルが鱗と魔石を拾い、私とノアの分を手渡してくれた。
「この鱗を挟むとエクセブルに登録出来るわよ」
「魔石は?」
エクセブルに鱗を挟みながら私は聞いた。
「イシュケールの水の魔石よ。魔石を4つ集めて祠に飾ると、竜王様に会えるの」
キャロルが嬉しそうに魔石を眺めていた。
「さぁ、他の裏技もないか探そうよ!」
そしてキャロルが元気よく笑った。
「待って! 今日は無理! あのレベルと立て続けに戦うなんて無理!!」
私はすぐさま拒否した。
「アイスラーも、もう魔力が残ってないぞ」
ノアもそう言って続行を拒否した。
みんな魔力を使いすぎてクタクタなハズだ。
……そして
本当はめちゃくちゃ怖かった!!
みんな無事で良かったぁ。
私は人知れず心の中で安堵していた。
「えー……せっかく竜王様に早く会えると思ったのになぁ」
キャロルはしばらく不貞腐れていた。




