20:kiss of temptation
「ラズベリー。お話があるの」
ある日の午後、私はブランシェ家の廊下でお母様に呼び止められた。
いつになく神妙な面持ちのお母様だ。
「……何でしょうか?」
私も釣られて神妙な表情になる。
「ここでは何だし、お茶にしましょう」
お母様が優しくニッコリ笑った。
私たちはブランシェ家の一室に場所を移した。
ちなみに、私が家で過ごす日は比較的安全なため、ノアはフリーだ。
今日はどこかへ出かけてるらしい。
お茶会の部屋は人払いがされており、私とお母様だけだった。
「……ラズベリー。実はね、あなたに弟か妹が出来るの」
お母様が頬を赤らめて目を伏せた。
「えぇ!? 本当?」
私は思わず叫んだ。
お母様をよく見ると、ゆったりしたドレスに身を包み、心なしかお腹が少しぽっこりしている気もする……
…………
お父様が体が弱いのってもしかして……
「お母様って、お父様の精気吸ってる?」
お父様の体を心配してしまった私は思わず、はしたないことを聞いてしまった。
「そんなわけないじゃ無い。もう、ラズベリーったら」
お母様が口元を手で隠しながら笑った。
…………
ひとまず安心していいのかな?
「わたくし、弟がいいですわ」
私は気を取り直してお母様にそう伝えた。
「……ラズベリーが弟を欲しがるのは、自分が侯爵家を継がなくてよくなって、社交をしなくてよくなるからでしょう」
お母様が呆れた表情で私を見つめている。
エヘヘ。
バレてる。
私はバツの悪い顔をした。
だって社交会に出たら、乙女ゲームの攻略対象者である王子たちなんかに会いそうだもん。
私はふと気になったことをお母様に聞いた。
「生まれてくる赤ちゃんも、ピンクの瞳になるのかしら?」
「どうかしら? ラズベリーの瞳は、サキュバスの中でも珍しい濃いピンクで魔力の塊だから、そのレベルの瞳持ちはなかなか生まれないと思うわよ」
「…………」
あまりありがたくない情報を得てしまった。
「そういえば、お母様はあの時サキュバスになっていたけれど、魂の契約魔法で人間になってるのに、なんでなれるのかしら?」
私はもう一つ気になっていることを聞いた。
お母様が、もしちょくちょくサキュバスになっていたら、あの禍々しい魔力を、幼いラズベリーでも探知出来たはずだ。
けれど、記憶の中にそんな出来事は無かった。
「満月の夜に、少しづつ魔物としての魔力を蓄えられるのよ。何年も溜めてた魔力を使ったから、あと5年ぐらいはまた溜めなきゃなれないわよ」
お母様が不敵な笑みを作った。
なるほど。
めちゃくちゃイレギュラーなイベントだったんだ。
でも多分、人の魂を捧げるとサキュバスに変身出来るんだろうな。
あの様子だと。
……怖いから確かめないけど。
「そういえばお母様、魅了魔法をかけてしまった時の解除方法はあるのでしょうか?」
私は真剣な眼差しを向けた。
「うーん。そんな必要無かったから分からないわ。……あ、でもタイプじゃない人に、魅了魔法をかけてしまった時があったわね」
「それで? それで?」
先を急かす私をニッコリと見つめ、お母様はゆっくり口を開いた。
「ほっぺにキスしたわ」
そう言って妖艶な笑みを浮かべるお母様が、一瞬だけサキュバスお母様の姿に見えた。
そしてお母様が、人差し指で自分の唇を指差した。
「〝誘惑のキス〟という魅了魔法の一種ね。サキュバスのキスはね、淫夢を見せる効果があるの」
「淫夢!? ……じゃぁ相手は眠ってしまうの?」
「ええそうよ。おやすみ、良い夢をって気持ちをこめながらするのよ。そうしないと普通のキスになってしまうわよ。ラズベリーもこのぐらいなら使えるんじゃないかしら」
お母様がそう言いながら優雅に紅茶を飲んだ。
ふむふむ。
緊急事態には使えそう。
けど、本当に私が使えるのかな?
…………試す?
…………
「そういえばこの前、魔王様が成長したラズベリーを見て、ラズベリーさえ良かったら嫁に来ないかって、冗談半分で言っていたわよ」
お母様がフフフッと笑いながら衝撃的なことを喋った。
「!? この前私を見た!? 会ったのかしら?」
私はビックリしすぎてお母様に詰め寄った。
「私が妊娠した噂を聞いて、久しぶりに様子を見にきてくれたのよ」
お母様がお腹を優しく撫でながら嬉しそうに微笑む。
「動物の姿に擬態してね」
そしてニッコリ妖艶に笑う。
私は冷や汗をかきながら答えた。
「……遠慮しておきます」
「そーお? ラズベリーがやっと女の子らしくなったから、魔王様のお眼鏡にかなったのにぃ」
そうなのだ。
最近やっと、体付きが大人に向かって成長し出したらしく、丸みを帯びて女性らしくなってきた。
……ようはサキュバスお母様に似てきたのだ。
ちょっと魔族だから、成長する時期が人間と少し違うのかな?
「……ちなみに魔王様はいくつなのかしら?」
「確か……230歳ぐらいかしら??」
「カッコいい?」
「フフッ。エドワードの次にね」
「黒髪黒目だったりする?」
「……よく分かるわね。そうよ。興味はあるの?」
「エンカウントしないようにですわ……」
「??」
きょとんとしたお母様が私を見つめた。
「魔王だから闇属性? やっぱり聖魔法を習得しなきゃ……」
「倒す気なのね」
お母様が心底呆れた目線を私に投げかけた。
こうして、いろいろ大事な情報が得られたお母様とのお茶会は終了した。
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ダライアス様の屋敷で魔法の練習中、私はみんなの輪から離れて1人ベンチに座っていた。
「うーん…………」
そして考え事をしていた。
ノアとオスカーは、作った魔石からの魔法を発動させる練習をいつもの庭園で行っていた。
私の様子をチラリとうかがったオスカーが、ノアに喋りかけた。
「……ラズはどうしたんだ? うんうん唸ってるけど」
2人は魔石合成で作った魔石から、効果的な魔法を出す方法を研究していた。
「分からない。昨日からあーなんだ」
ノアがそう言って肩をすくめる。
そして「時折睨まれるからこえーんだけど」と眉をひそめて言った。
「何かしたのか?」
「してねーよ」
「……早く謝っとけよ」
オスカーが笑いながら言った。
そんなことを言われているのを知らない私は、ずっと〝誘惑のキス〟を自分が使えるのかどうか考えていた。
めちゃくちゃサキュバスっぽい魔法だ。
使えるのなら、魅了魔法をかけてしまった相手を眠らせることが出来るのでとても便利だ。
どんな夢だろうが、眠ってもらえば私に危害は無い。
ノアで試させてもらうのがいいけど、恥ずかしいな。
かといって他の人に魅了魔法をかけて、万が一〝誘惑のキス〟が発動しなくて眠らなかったら……
リスキーだなぁ。
やっぱり試すのは無しにしようかな。
あーでも気になるなぁ。
という無限ループの思考におちいっていた。
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ダライアス様の屋敷からの帰り道の馬車の中、隣でノアが足を組んで頬杖を窓際でつき、外を見ながら私に話しかけてきた。
「何をずっと考えてるんだよ」
「……何でもないよ」
「何でもなくはないだろ。オスカーも心配してたぜ」
ノアが相変わらず外を見ながらぶっきらぼうに言う。
「……」
私は恥ずかしくなって両手で顔をおおった。
やっぱりノアに頼むしかないのかー
……
「どうしたんだよ!?」
私の様子にビックリしたノアが、私の方を振り向いた気配がした。
私は両手で顔を隠したまま喋る。
「お母様に、私に出来そうな魔法を教えてもらったんです。私に使えるか試したいんです」
恥ずかしさのあまり何故か敬語になった。
「なんか、ろくな魔法じゃなさそうだな」
「ごもっともです」
「……俺には効かないんだろ? 試してみていいぜ」
「……じゃぁやり方を教えるので、耳を貸して下さい……」
「ん」
私がそっと顔をあげると、腕組みしたままのノアが、耳打ちしやすいように少し傾けてくれている横顔が見えた。
その精悍になってきた顔立ちのほっぺにキスをした。
その瞬間ノアの体がガクッと落ちる。
「……あ、ちゃんと魔法かかったみたい?」
「……」
初めは驚いていたノアが、頬を赤くして睨むように私を見た。
「あのなぁ、魔法にはかからないけど、いろいろ我慢してるんだぞ」
そう怒りながら言うノアに、突然抱きしめられた。
そしておでこにキスをされる。
「ずっとこれを試そうと考えていたのか?」
私の頭上からノアの声がした。
「……うん。もし魅了魔法をかけてしまった時に使えるかなって……睡眠作用はあった?」
私は突然のことで内心焦っていたが、必死に落ち着いて聞いた。
「……あった。強力な睡眠と魅了の併用魔法だな」
さすがノア。
やっぱり魔法にはかからないけれど、瞬時に分かるようだ。
……でもこの状況は、ちょっと魅了魔法にかかっているのではと疑ってしまう。
「けど極力使うなよ。泣かなかったらいいんだから」
ノアが私を抱きしめる力を強めた。
「う、うん……」
私はノアの腕の中でゆっくりうなずいた。




