13:おつかい
今日は、おつかいに行くようにダライアス様から仰せつかった。
そのため、屋敷の廊下を私とノアは連れ立って歩いていた。
必要な薬材の在庫が無くなりそうなので、馴染みの商人に買いに行くのだ。
「メモは持ったか?」
「うん。持ったよ」
私は隣を歩くノアを見上げて頷いた。
何を買えばいいのかはメモをもらっていた。
それを大事に、私の斜めがけのカバンに入れた。
屋敷の外に出るので、今日は腕輪や魔石は携帯せずにでかける。
このダライアス様の屋敷の外で、魔法を使うと罪に問われるからだ。
外との出入り口である立派な門をくぐると、私はローブのフードを被った。
一応、名家の令嬢なので自衛のために顔を隠す。
美しくて有名なお母様に瓜二つだから、分かる人には分かるのだ。
私がブランジェ家の一人娘だと。
そして門の近くに止めてある、ブランジェ侯爵家の馬車に近付いた。
いつもは送り迎えの時間に合わせて、従者たちに来てもらっていたが、今日はあらかじめ街に行くことが分かっていたので、馬車の所に待機してもらっていた。
「では、今から街まで出かけますわ。少し離れた所から見守って下さるかしら」
私は2名の護衛にそう声をかけた。
「分かりました。お嬢様」
護衛達が頭を下げた。
「頼みましたわ」
私はそう言って、きびすを返した。
「?? ノア? 行こうよ」
まだ馬車の方を向いて動かないノアを不審に思い、私は声をかけた。
「めっちゃお嬢様じゃん!?」
ノアが珍しく、赤い目を見開いてビックリしていた。
「……まぁまぁ」
私は動かないノアを無理やり反転させて、背中を両手で押した。
ノアは歩きながらも、後ろを振り返ってまだ馬車を凝視している。
「え? あれ有名な侯爵家の紋章……」
「……まぁまぁ」
私はどんどん押し歩いた。
**===========**
しばらくすると、さっきの衝撃から回復したノアが、自分の力だけで歩けるようになり、私の隣を歩いた。
その20メートルぐらい後ろに、護衛がついてきてくれていた。
「……もしかして俺、ラズ様とか呼んだ方がいいのか?」
ノアが唐突に言い出した。
「あはは! いきなり何? 笑っちゃうからやめて」
私は口元を手で隠しながら笑い続けた。
「ダライアス様のもとでは皆平等でしょ?」
「……ラズがそう言うなら……」
「それとも、お嬢様として接するのがお望みかしら?」
私は初めて見るノアの殊勝な態度がおもしろくて、揶揄うためにニヤリと笑った。
「!! やめてくれよ。調子が狂う」
ノアは少し赤くなりながら、顔をフイッとそむけた。
「あははははは!」
私の笑い声が辺りに響いた。
こうして和やかなムードでおつかいが始まったが、私はすっかり忘れていたのである。
私だけでなく、赤髪赤目で整った顔立ちのノアも、めちゃくちゃ目立つことを……
**===========**
「これで全部そろったか?」
私たちはお店の外で、もらったメモを見ながら買ったものを確認した。
「うん。大丈夫!」
私はメモからノアに視線をうつし、ニコッと笑った。
「じゃぁ、屋敷に帰るか」
ノアもそう言って笑った。
私たちは来た時と同じように、隣に並んで屋敷に向かって街を歩いた。
「荷物もうちょっと持とうか?」
私は斜めがけカバンに入る分しか買ったものを持ってなかったので、両手に抱えているノアに声をかけた。
「このくらい大丈夫……うわっ、何するんだ!?」
その時、何者かがノアに襲いかかってきた。
ノアが持っていた荷物が地面に落ちる。
「わわっ!!」
私はそのうちの1人に突き飛ばされて道に倒れこんだ。
慌ててノアの方を見ると、屈強な男たちに羽交い締めにされて、2人がかりで担ぎ上げられるようにして路地裏に連れて行かれた。
「ノア!?」
私もすぐさま起き上がって追いかける。
その際、後方にいた護衛たちにも目配せした。
私を追ってくるようにと。
路地裏は細い道が入り組んでおり、私はなんとか男たちの後ろ姿を追えていた。
男たちは3人で、どうやら人攫いらしい。
複雑な道をどんどん奥に向かっていく。
まずいな、護衛たちが私を追えないかも……
私は走りながらそう考えていた。
「へへへっ。赤髪に赤い瞳の器量良しが手に入ったぜ。こりゃぁ売り飛ばせば高値がつくぞ……って痛た!!」
ノアは、自分を抱え込んで口元を押さえているやつの手に噛み付いた。
男が慌てて手を離した隙に、身をよじって男たちの拘束から脱出し、道に転がって距離を取る。
「……大人しくしてりゃぁ痛いことはしないんだけどなぁ!」
ノアの方に男たちがジリジリ近付きだした。
ノアは後退りしながら男たちを睨みつけるが、こめかみに汗を浮かべていた。
ノアの背後は行き止まりだった。
魔法も使えず、所詮は12歳の子供。
大人3人には敵わない。
「ノア!」
その時ちょうど追いついた私は、男たちの背後から再び捕まりそうなノアを見て、息を飲んだ。
ノアが危ない。
……どうしよう。
非力な私じゃ太刀打ち出来ない……
目の奥が自然と熱くなった。
…………
……こうするしかない!!
「ノア、逃げて!!!!」
私はフードを脱いで泣きながら叫んだ。
舞い散る涙と共に、魅了魔法が発動した。
ピンクの瞳が一瞬だけ光った気がした。
「ラズ! やめろ!!」
私が何をしようとしているのか、理解したノアが叫んだ。
その時にはもう魅了魔法にかかってしまった男たちが、ゆっくり私の方を振り返った。
「よく見たら赤髪より上玉じゃねぇか」
「へへへ、ちょっとこっちに来いよ。お前女だろ?」
目が虚ろになった男たちが、今度は私の方にジリジリ向かってきた。
「ノア! 私の護衛が近くまで来てるはずだから、呼んできて!!」
「ーーーー!!」
私は逃げるために、背中を向けながらノアに叫んだ。
一瞬見えたノアは、泣きそうな悲痛な表情をしていたように見えた。
私は路地裏の道を無茶苦茶に進んで走って逃げた。
男達も走って追いかけてくる。
「……もとの大きな道に出たかったけど……ハァハァ……無理か……」
私は荒い息をしながら、目の前の行き止まりを見つめた。
そしてゆっくり振り返る。
もう涙は出ておらず、落ち着いていた。
男達がすぐ近くまで来ていた。
1番に追いついた男に、その勢いのまま押し倒された。
「いたっ!!」
私は頭を地面で強く打った。
その衝撃で目の前がぼやけだす。
ローブの前が無理やりはだけられ、ブラウスが引きちぎられる音がした。
防御していた腕が別の男に無理やりあげられ、地面に押さえつけられる。
その時、やっと護衛たちが到着したのか、騒がしくなったのと同時に視界から男が消え、路地裏の建物の間から見える空が見えた。
私はそこで意識を失った。
ーーーーーー
次にぼんやり意識が戻ると、私はどこかに横たわっていた。
……馬車の座席?
私は何かブランケットのようなものをかけられ、暖かくされていた。
傍らにはノアがいて、床に両膝立ちをしている。
そして私の片手を自分の両手で握って、何かを言って泣いていた。
私は綺麗な涙だな。と思いながら握っている手に力を込めた。
気付いたノアがハッとして私の目を見た。
そんなノアに『泣かないで』の気持ちをこめて、私は穏やかな笑みを浮かべた。
そしてまた意識を失った。




