10:鍵
オスカーたちから走って逃げた私たちは、ノアの寮の部屋に駆け込んだ。
「……ここしか無いか……」
ノアが走ったことで荒い息をしながらも、扉を閉めた。
「……ハァハァ……ご迷惑を……おかけします……」
全力ダッシュした私は、自分の膝に手をついて大きく肩で息をしていた。
どうやら魅了魔法をかけてしまった場所から近くて、鍵がかかる場所がここしかないらしい。
ダライアス様の屋敷は基本的にみんなで共有する部屋には鍵がついてなかった。
魔力切れで倒れてしまう人が一定数いるため、鍵がかかっていると毎回壊さなくてはいけなくなるためだった。
「いいか、絶対いろいろ触るなよ! 大人しくしとけよ。俺はあの2人を捕まえて師匠の所に連れていく。それで魅了魔法を解除してもらうからな」
ノアが不機嫌な顔でぶっきらぼうに言った。
何から何までノアにはお世話になりっぱなしだ。
……本当に魅了魔法関係は私の方が妹みたいだ。
「……ごめんね。ありがとう」
私は思わず半泣きの顔をあげて弱々しい笑顔を向けた。
そして息も落ち着いてきたから、きちんと立って扉の所まで出掛けるノアを見送りに行った。
「ちゃんと鍵をかけておけよ。誰かが来ても鍵を開けるなよ。俺は部屋の鍵を持ってるから勝手に開けて入るから」
ノアが落ち込んでいる私の頭をワシャワシャ撫でた。
「うん……」
私は揺れる瞳でノアを見上げた。
閉まっていくドアの先でノアが優しく苦笑しているように見えた。
1人残された私は、今からどうしよう?と室内を見渡した。
ノアの部屋は大きな机とベッド、大きな書棚が2つというシンプルなインテリアだった。
机の上だけいろいろな薬材や魔石、開いた書物などがゴチャゴチャしていた。
触るなってこれのことかな?
私はどこかに座りたかったが、机用の椅子の背もたれにも開いた本が逆さまにかけられていたので動かすことも出来ず、仕方なくベッドに座らせてもらった。
……ノア、大丈夫かな?
私は2人を捕まえにいったノアに思いを馳せた。
……やることが無い……
けれど次の瞬間には暇すぎて思考がそれた。
「魔法書とか読みたいけど、怒られそうだしなぁ……ふわぁぁぁ」
私は両手を上に伸ばしてあくびをした。
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ノアは寮の自室の扉の前に立っていた。
ポケットから鍵を取り出して、扉に差しゆっくりと回す。
「なんとか解除してきたぜ」
ノアは扉を開けながら中にいるラズに向かってそう言った。
けれど、中から返事は無い。
「……寝てるし」
ノアはベットで寝ているラズを見つけて、思わず呆れた。
ラズは横になって少し丸まり気持ちよさそうに寝息を立てていた。
ちゃっかり枕もブランケットも使っているのがラズらしい。
ノアは次に机の上を見た。
言いつけ通り、ラズは何も触らなかったようだ。
ノアはホッとした。
魔石を用いた道具を作っている最中であり、動かされると長い時間をかけていたのが台無しになるからだった。
ノアは椅子にかけていた本をのけて、ラズの寝ている方に向いて座った。
しばらくラズを見ていたが、起きる気配がない。
大きなピンク色の瞳は閉じられたままなので、長いまつ毛が綺麗に上向きにカールしているのが見えた。
ショートカットの緩くウェーブした黒髪が少しだけ顔にかかっている。
「ったく。人の気も知らないで……」
ノアはそっと、そのかかっている髪をラズの耳にかけた。
「……起きないな」
自分を物理的にも気持ち的にも振り回しているのに呑気に寝ているラズを見て、ノアはため息をついた。
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「…………」
私が目を覚ますと、目線の先には机に向かって何やら文字を書き込んでいるノアの横顔が見えた。
ランプの灯りや魔石の弱い輝きなどに照らされた机周辺は幻想的に見えた。
「……起きたか」
ノアはチラッと目線だけ動かして私の方を見ると、また何か書き込んでいる手元に目線を戻した。
「!!」
私は慌てて起き上がった。
そしてベットの上に座って佇まいを直す。
ノアを待ってるハズがぐっすり寝ちゃった。
申し訳ない……
私が自分の失態に恐縮しまくって身を縮こませていると、きりが良いところまで終わったノアがペンを置いて私の方に顔を向けた。
そして私の方に向いて足を組んで机に頬杖をついた。
呆れたようなムスッとした表情のままで。
……怒ってるー!!
「ごめんなさい。魔法の多用で疲れて……ネテシマイマシタ……」
私は目線を横に逸らしながら謝罪を口にした。
「……あの2人は無事に魅了魔法が解けたぞ」
「アリガトウゴザイマス」
「……ちなみに、かかっていた時の記憶はあやふやっぽい。俺たちがダッシュで立ち去ったことは覚えていたけど、自分がどうなっていたかは覚えていないようだった……だから、ラズが魅了魔法を使えることはまだ知らない」
ノアの方からため息が聞こえた。
……寝ている間にめちゃくちゃ解決して、私が知りたかったことも調べてくれている……。
さすが若手1番の有能な魔導師。
賢い。
「何から何までありがとう……ごめんね。泣かないように気をつけるけど、次からはダライアス様の所に逃げ込むようにするね。ノアにとって迷惑すぎるから……」
私は視線を斜め下に向けたまま苦笑した。
「別に……迷惑ってほどじゃねーよ」
ノアはぶっきらぼうにそう言いながら、椅子から立ち上がってベットの上に座っている私の隣に座った。
「……?」
私は顔を上げてノアと目線を合わせた。
「……やるよ」
ノアが私の目の前に何かを突き出してきた。
近すぎたので少し経ってからピントがあうと、小さい魔石が埋め込まれている鍵だった。
「複製した。ここの部屋の鍵だから、何かあったらここに逃げ込め。師匠は出かけていることも多いから……」
ノアがそう言いながらフイっと顔をそむけた。
「……わぁぁ。同棲している彼女みたい」
私がつい思ったことを口にしながらその鍵を受け取った。
「ッ!! 何かあったらだぞ!! 用が無いのに来るなよ!!」
ノアが驚いて私の方を向き、顔を赤くさせながら叫んだ。
「あはは。うん。分かってる。ありがとう」
私はニッコリ笑ってノアを見た。
口は悪いけど本当に優しい子だな。
照れ屋だし。
私は赤くなっているノアに感謝の気持ちをたくさん込めて、穏やかに微笑んだ。




