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冥界

「ここは……」


 目を開け、状況を確認しようとしたその時。

 横から聞き覚えのある声が耳をかすめた。


「冥界だ」


「レオナ⁈」


 声の方を振り返ると、黒く長いマントに身をつつんだレオナの姿がそこにはあった。


「ちょっと黙れ」


「~~っ‼」


 いきなり物陰のさらに奥に引き込まれ、口元を抑えられた僕は、レオナの右手をはがそうと抵抗する。だが、レオナの力が強すぎて引き剥がすことは叶わなかった。


(しずかにしろ‼)


 鬼気迫った瞳で訴えられた僕は初めて見るレオナの姿に肩がピクリと震えた。

 余裕そうな姿しかほとんど見たことなかった僕は逆に冷静さを取り戻す。


 どうしてレオナがここにいるんだ?

 いや――それよりも、どうして能力の暴走が収まっているのか? 確かにあのとき能力が暴走したはずだ。


「……ッ‼」


 前後関係を思い出そうとしたところで脳に刺激が走った。

 おそらくこれは能力の暴走による後遺症。

 とりあえず僕は、そのうち思い出すだろうと自分を納得させ、物陰からレオナが見ている方向を見ることにした。


 あれは、裁判か?



 赤髪の女性が無慈悲な声で告げる。


「裁定を下す。お前は牢獄行きだ」


「嫌だ、嫌だ、嫌だ‼ 牢獄にだけは行きたくない。触るな‼ やめろぉぉぉ‼」


 告げられた人だった者の絶叫がこの冷たく、薄暗い地に響き渡る。思わず耳を押さえるほどに大きな叫びが。


 頭が割れそうだ。

 だがそれも数秒。

 赤髪の女性の冷酷な眼差しがこの場を支配する。


「うるさい奴よな。我の嫌いなものの一つだ」


「たす、けて」


 消された。赤髪の女性のせいであることは分かるが何をされたのかさっぱり分からない。あの人は危険だ。

 バクバクと鼓動が早くなる。背中からの冷や汗が止まらない。


「行くぞ」


「レ…オナ…」


「またか。……手のかかる奴」


 情けない顔をしているであろう僕を見たレオナは一瞬嫌そうな顔をしたかと思えば、僕の瞳をじっとのぞき込んだ。


 能力発動『芽吹く灯火』


「これで少しはマシになっただろう」


「あ、ああ。ありがとう」


「この場を離れるぞ」


「わ、分かった」


 ここでレオナに会えたのは不幸中の幸いか、それとも……






◆◇◆◇


「今日はこれで終いか。――ライよ、そこにいるんだろう? 隠れるなんていつからそんなにシャイになったのだ」


「相変わらずですね、クリスティーナ」


 影から出てきたライを見た冥界の主は大きなため息をついた。


「毎度同じ事言わせるでない。我の事は母上と呼べと言っているだろうに」


「すみません、母上」


 ライはひざまずき、赤髪を優しく掴むと口を落とした。


「この件はお前の態度に免じて許してやろう。だがな、代行者を殺さなかった件は別だ。弁明があるなら聞いてやらんこともない。くだらない言の葉でなければの話だが」


「その件は解決しました」


「ほう、母に嘘を申すか」


「僕が手を下す必要がなくなったということです」


「うるさいのは嫌いだが、口数が少ないのも問題だな」


 ライがこれ以上何も言う気がないと察したクリスティーナはライの頭をわしづかみにし、アッシュブラウンの瞳をじっと凝視する。


「……っ‼」


 痛みに顔を歪めるライを見ても、クリスティーナはその行為を止めない。それどころかライに向かって能力をぶつける。


「嘘はついていないようだな。よくやった、褒めて使わす。疲れただろう、今日は休め」


「ありがたく休ませてもらいます」


 ライは俯きながら、のろのろと起き上がると、クリスティーナから離れていった。


「…………我以外の家族を作ってやってもいいかもな」


 クリスティーナはライが戻ったのを確認すると、イスから立ち上がり、私室へと向かった。


 うっすらとした笑みを浮かべながら。






◆◇◆◇


「どこに向かってるの?」


 赤髪の女性から随分距離が離れたところで僕はレオナに尋ねた。


「…………」


「黙っていないで何か言えよ」


「少し、黙ってろ」


「……ッ‼」


 何だよ、レオナの野郎。いきなり現れたかと思えば、黙れって。本当に腹立つ。


「そこにいるんだろう、じいさん。姿を現してくれないか」


 じいさん? こんな人の気配がない場所で?


 相変わらず、レオナが何を考えているか分からない。


「ここに生者が訪れるなど何年ぶりか。しかも、勘が鋭いと来た」


 低い声が聞こえたかと思えば、石の壁から僕より大きな男が姿を現した。


「おいおい、背後に姿を現すなんて殺してくれと言っているようなものじゃねぇか。なぁ?」


 挑発するようにレオナはニヤリとした笑みを浮かべる。その手の爪は長く鋭く伸びていた。


「警戒させるつもりはなかったが、その爪。……貴様、魔族の………」


 老人は杖とは反対の手で己の白いひげをさすり、驚いたようにレオナの長い爪を凝視している。


 僕のことなどお構いなしである。別に話したいわけではないが、少し傷つく。


「単刀直入に言う。脱出場所を知っているな?」


「知らないと言ったら?」


「知らないはずがないだろう? 元冥界の主さんよ」


 冥界の主とレオナが言った瞬間、おじいさんからとてつもない冷気と殺気が放たれた。僕は咄嗟に刀の柄を握る。

 この冷気を僕は知っている。この冷気はライリーやフレイさんから放たれていた冷気と同じだ。


「誰に聞いた?」


「調停者。それだけで分かるだろう?」


「そうか、貴様が協力者だったか」


「半分間違いで半分正解だ。俺は調停者の弟子だが、今回の件について俺から干渉するつもりはねぇよ」


「自分の都合だけ押し通すつもりか」


 先ほどよりも鋭い眼差しがレオナに向けられる。


「俺が動くまでもねぇ。もうこの件は肩がついたようなものだ。余計なことをして面倒事を起こすようなどっかの誰かさんみたいなことをする趣味はねぇよ」


 今、絶対僕に向かって言ったよね? 自覚はしてるけど、正論ぶちかまされると何も言えなくなる。

 それを知ってて言っているのだから余計にタチが悪い。


「約束を守るならばそれでいい。約束を守る限りはこちらも約束は守る。それと、それも黙っといてやる」


「察しがいいいんだが悪いんだが分からないじいさんだな」


 レオナは困ったような顔で首をさする。


 僕には何を話しているかさっぱりだが、ここから出られるってことが分かっただけでもいい収穫だ。


「ついてこい。出口まで案内しよう」




「レオナはどうしてここにいるの?」


「俺がどこにいようと勝手だろ」


「それはそうだけど………」


 会話が途切れる。


 ここは静か過ぎて落ち着かない。だからレオナに声をかけたのだが、ばっさりと切り捨てられてしまった。前を歩いている老人に話しかけるのはためらわれる。


 そう思っていると、おじいさんの方から話しかけてきた。


「貴様はどうしてここに来た」


「どうしてって……。ライリーに襲われて、それから……ッ‼」


 走った痛みに思わず頭を抱える。

 またか。本当にこの能力には辟易する。


「ライリーとは黒犬のことか?」


「そうですけど……」


「作戦は失敗。いや、まだ断定するのは時期早々と言うものか」


 老人は考え込むようにひげをさすりながら俯き、ぼつぼつと何かを呟き始めた。


「おじいさんはライリーのことよく知っているんですか?」


「ああ、よく知っているとも」


「少しうらやましいです。僕はライリーと一日一緒にいてもライリーのことが理解できませんでした。仲良くなるどころか、殺されそうになる始末で……。はははっ……はあ」


 自分で言っていて自分に呆れてしまう。本当にダメだな、僕は。


「それが正しい。あの子と仲良くなる意味はない」


「ライリーが世界に殺されるからですか?」


「世界に殺されるとはよく言ったものだ。あながち間違いではないが、もっと具体的に言うのならば、冥界の主によって殺されるが正しい」


「冥界の主……」


 おそらく先ほど見た赤髪の女性のことだよな?

 この老人はレオナに元冥界の主と呼ばれてたから違うだろうし。


「命を狙われたと言ったな?」


「はい」


「でも貴様は今生きている」


「何が言いたいんです?」


「あの子との事は忘れるのが懸命な判断だと言うことだ。今、死んでいないと言うことはそういうことにしたんだろう」


「…………」


 納得がいかない。能力の暴走する直前に見たライリーは明らかに僕を殺さんとする目をしていた。あの目が殺しを諦めるような目には到底思えない。


「無駄話はそこまでにしとけ。霊が起きる」


 先ほどまで黙っていたレオナは石でできた壁のその奥を見るかのように視線を向けながら、忠告する。


 霊とは先ほど見た霊の事だろう。悪霊とはまた違った姿をしていたが、おそらく先ほどの霊が正常な霊の姿。


「起きるってどういう意味?」


「そのまんまの意味だ」


 そう言って、またレオナはバッサリと会話を切った。


 詳しいこと話してくれてもよくない?


「さっきからレオナ怒ってるよね? なんで?」


「怒ってねぇよ。早くこの場所から出たいだけだ。お前も同じだろ?」


「それは……、まあ、そうだけど」


「なら、静かに俺とじいさんの後についてくるんだな」


 有無を言わせない言葉に、僕は苛立ちをつのらせた。


 レオナの言うことも分からなくもないけど、言い方ってものがあると思うんだけど。

 これではまるで僕が言うことを聞かないガキみたいではないか。


「はいはい、分かりましたよ」


 ぶっきらぼうに吐き捨てた後、僕は大きなため息を吐くのだった。



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