紅炎の力
「サノ、ライリー、無事だったんだ」
「さっさと、刀に持ち替えろ。短剣はリアンの得物じゃないだろ? それと、短剣よこせ」
「分かった」
九死の状況を逃れたことにほっと胸をなで下ろす。だが、サノの真剣な声で、現実へと引き戻される。事態は何も変わってはいない。敵はまだいる。
気を引き締め、サノに短剣を投げる。そして、神影月下を抜刀する。
「サノ、ここは任せた!!」
「……リアンの野郎、なすりつけやがった!!」
僕は黒風を纏い直し、アーノルドさんに向かって突き進む。
面の集団が邪魔をするが、構わず疾走する。
弾丸を避けることもしない。刀でなぎ払う。
特殊な弾丸じゃないのなら、怖くない。能力ですぐに回復できる。
「ライリー、避けろ!!」
アーノルドさんに向かって、剣突を繰り出す。
オルトロスやケルベロスが急に僕の味方したことといい、アーノルドさんがここに現れたことといい、分からないことだらけだけど、分かっていることは一つある。
アーノルドさんをここで殺さなくてはならない。こうして僕の目の前に現れた以上、僕と敵対することを選んだの同然なのだから。
「っ……!」
心臓を狙ったつもりだったが、アーノルドさんがかろうじて急所から逃れ、肩に刀が突き刺さった。
僕はそのまま勢いを殺すことなく、刀を突き刺し続け、壁へと叩きつける。
「嘘つき」
苦渋に歪めていたアーノルドさんは、苦笑すると、僕の刀の刃を握った。
「ひどい言い草ですね。私は一度も君に嘘はついていない」
「何を言っているのか理解しかねます」
「思い出してみなさい。私は、ヴァリテイターをやめるとは言ったが、一度も君と敵対しないとは言っていない」
「っ!!」
アーノルドさんは僕の動揺を刀越しに感じ取ると、刀を掴む手を強め、肩から刀を抜こうと動く。
僕はすぐに動揺を隠し、対抗するように刀に力を込める。だが、アーノルドさんはそれも想定内なのか、さらに僕を動揺させる言葉を引き出した。
「私よりも嘘つきなのはリアン君。君ですよ」
「何を言って……」
「覚えていませんか。あなたは私を見逃すと言った。だけど、今の状況をどう説明するつもりですか?」
「フレイさんに手を出された僕が何もしないと思ったわけではありませんよね?」
「前提が違います。君はフレイに手を出されたと言ったが、元々フレイは私の物だ。君の方が手を出している立場であることをはき違えてはいけない。それに、嘘なのはそれだけではない。十年前、君はある女の子に約束をしましたよね? 騎士になってやると」
「あの子は死んだ。あなたには関係のないことだ。」
顔を前髪で隠す。そして、刀をねじり、傷をえぐった。アーノルドさんの悲鳴が頭上で小さく響く。しかし、刀を握る力を込め、さらにえぐった。
「っ……! 都合が悪くなったら関係がない、ですか……。笑わせてくれる。それだけじゃない、君は他にも嘘をついて――――」
「黙れ」
自分でも驚く程に低い声が発せられる。
意図せずの竜化に入るとともに、鋭い殺気を纏った。そして、僕は竜化による圧倒的な力で肩から刀を抜き、心臓へと刀を穿つ。しかし、悪霊がアーノルドさんをかばうように間に入る。
「ッ――!!」
歯を食いしばり、すぐさま、悪霊から刀を引き抜くが、手が僕の体にしがみつこうと動き出す。
緊急離脱せざる終えない。ライリーの元まで、走り、小脇に抱える。
「ライリーだよね、その姿? 一旦サノの所まで引く」
「……リアン兄さん、無事だったんだ……? ■▲○▲□――――」
「何か言ったライリー?」
「何も言ってないよ?」
「そう?」
本当に僕の空耳だったのか?
――それよりも、今は態勢を立て直す必要がある。
正直、僕の手でアーノルドさんを殺したい気持ちはあふれかえっているけど、今はその感情に蓋をする。あくまで目的はこのヴァリテイターを滅ぼすこと。手段は選んでいられない。
「サノ、奥の手持っているんだろう?」
僕がそう言うと、サノは鼻で笑い、ニヤリと口角を上げる。僕もつられて笑う。
「いいぜ、やってやる。だが、その後のことは知らないからな――!!」
サノが見たこともない構えを取る。一緒に打ち合ったときの構えのどれとも違う構えだ。でも、これは近くにいるとやばい。それだけは肌で感じ取れた。
能力発動『海の愛し子』
能力を発動したサノを振り返り見やる。そこには水を纏ったサノが先ほどの構えと変わらず、刀を構えているが、サノの周りの水は意思を持ったように面の集団に向かって動き出していた。続けて、サノは魔法の詠唱を始める。
これはオリヴィアさんが鬼を封印するときにしていたのと同じ!! 能力と魔法の混合技。しかもオリヴィアさんよりも強い力を感じる。
こんな芸当をできるサノはおそらく覚醒者。それも、最近覚醒したばかりの覚醒者ではない。
『嵐の化身である我が命じる。今一度、現世に顕現し、力を奮え、ヤマタノオロチ』
ヤマタノオロチ。八つの頭と八つの尻尾を持つというと巨大な蛇。
僕が生まれる前にある男が討伐したとシエルが冗談めかして言っていたけど、冗談じゃなかったのか。ヤマタノオロチ自体が空想上の生物だと思っていた。
サノってもしかして英雄の一人?
「ライリー、自分で動ける? 腕の浸食が悪化しているんだ」
「……大丈夫」
僕はその返事で犬から人の姿に戻ったライリーを下ろすが、ライリーは心どこかここにあらずといった目をしながら、じっと僕の腕を凝視した。
そして、どこから取り出したのか、いつの間にか手に持っていたナイフを僕の左腕に向かって突き刺した。一気に力を抜けるのを感じる。
僕は反射でライリーを突き飛ばし、後ずさった。
「どういうつもり?」
僕はライリーに向けて目を鋭く細めた。
「リアン兄さん、腕、見て見なよ」
「腕?」
ライリーに言われたとおりに僕は己の左腕を見やる。腕の腐りが治ってきてる?
「治してくれたの? それなら刺す前に一言言ってくれれば良かったのに。勘違いしてごめんね、ライリー」
尻餅ついたライリーに手を伸ばす。ライリーの表情は前髪で見えなかったが、僕の手を掴み立ち上がると、笑顔を向けた。
その笑みは一緒にいたときと同じ笑みのはずなのに、僕の背中がぞわりと寒気が走る。僕はそれをライリーに気取られないように、サノの方に視線をやり、話題を変えた。
「サノ達が蹂躙してる。このままだと、ヴァリテイターが滅びるのは時間の問題だろうね」
「そうだね」
それにしてもなんだか、臭いな。――これはまさか、酒の臭い?
臭いの発生源はサノが纏っている水ならぬ酒か!!
サノの右手には刀、左手には紅炎剣 。そこから導き出せる答えは一つ。
「サノ、まさか!!」
「ああ、そのまさかだよ。これが一番手っ取り早く、幽霊を退治できるだろう?」
「それはそうだけど、そんなことしたら僕たちもただでは済まないだろ!!」
「だから、始めに言っただろう? 後のことは知らないからなって」
自分は始めに言ったから悪くないと言いたげに、サノは紅炎剣 を振り下ろす構えを取った。
まずい、まずい、まずい、まずい!!
僕は能力で大丈夫でも、ライリー達はそうじゃない。ここにいないシアもこれに気づかず、巻き込まれる可能性大だ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう!!
サノを止める? でも、この距離から間に合うわけない。
僕は最終的に下した判断は隣にいたライリーに覆い被さることだけだった。一人でも守らないと。
「悪霊退散!!」
サノのどこか楽しみを含んだ声が響き渡る。
本当に、この日ほど僕が自分の決断に対し、馬鹿だったと思うことはないだろう。
紅炎が酒のうなりを苗床にして花のように咲き乱れると同時に、僕の体は宙に浮いた。




