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原点回帰

「ライリーはこれからどうするの?」


 転移門をくぐり抜けると、そこはレーフ国にある公園だった。現在の時刻は午前二時。公園はもとより、この辺に僕たち以外の気配はない。


 僕は最後に転移門をくぐり抜けてきたライリーに分かりきっている答えを尋ねた。


「聞いてどうするの?」


「……っ」


「リアン兄さんも僕の正体に気づいているよね? 僕の真の姿を見たってことはそういうことだ。僕たちは昔、一度会っている」


 ライリーの言うとおり、僕たちは一度会っている。


 シエルがライリーを殺しに行くとき一度だけ、僕も同行したことがあった。さすがに、一緒に戦えるだけの力がなかったから離れたところで見ているだけだったが。


「ララさん――日和さんを殺しにいくんだね」


「そういうこと。それが、僕が今ここにいる存在理由だから。日和を殺すことだけが僕のここでの最初で最後の仕事」


「フレイさんのこと、大事にしていたんだよね。なら、フレイさんの大切にしていたものを守りたいと思ったことはないの?」


 自分でも、クズな発言をしている自覚はある。だってライリーに死ねと僕は今言ったのだから。


 僕にライリーを止める資格などありはしないことなど分かっていた。あのとき、日和さんを殺したことを選んだ時点で僕はライリーと同じようなものだ。日和さんの死を望んだ。それは変えられない事実。


 今でもなぜ己がライリーを止めようとしているのか分からない。僕を殺そうとしていた日和さんを助けるメリットなどないはずだ。手紙も渡さなくてすむ。僕に不都合はないはずだ。


 なのに――心が痛む。


 殺すときに好きだと言われたからだろうか。それとも、仮にも憧れていた存在だったから?


 分からない。


 でも、僕は今ライリーが日和さんを殺すのが嫌だと思っている。


「フレイのことは大事だった。四度目のシエルとの邂逅時、僕は瀕死にまで追い詰められた。そのとき僕の手当てをしてくれたのがフレイだった」


 ライリーは僕の発言に怒りを表さなかった。ただ、フレイとの思い出を懐かしむようにふっと笑った。そして丁寧に、昔に会った出来事を僕たちに聞かせてくれた。


 楽しかったこと、うれしかったこと。そして――


 ――残酷な終わりを


「会ったときにはすでにフレイは限界寸前だった。肉体ではなく精神が。このときすでに、フレイは日和が「何度も人の代わりに死ぬ所」を目の当たりにしていた。日和はそのたびにフレイに助けてと泣き叫び懇願した。でもフレイは慰めることしか、して上げられなかった。それだけ、祖父達の権力が強かった。祖父に会うことができなかったわけじゃない。だけど、父に娘の救済を望むことさえ、死の代行者賛成派の権力者達の妨害によって許されなかった。だから、僕はフレイの心を少しでも癒やそうと思った。それが助けられた者が助けた者にできる恩返しだと思ったから」


「だから、ヴァリテイターと契約を交わしたの?」


 ヴァリテイターはライリーが日和さんを殺すのを邪魔しない。そしてライリーはヴァリテイターに力を貸す。そういう契約ではなく、フレイを救えば、ヴァリテイターに力を貸すという契約。


 ライリーがしたのはそういう契約だったのだ。


「そうだよ。その契約にはいろいろ面倒ごとが含まれていたけど僕はその契約にサインした。たとえそれが、僕の死を覚悟したものだったとしても、僕はフレイに元気でいて欲しかった。なのに――」


 怒りを抑えるようにライリーは口を固く結び、体を震わせる。だがそれもやがてあふれ出す。怒りが叫びとなって吐き出される。


「なのに、あいつらはとどめをさした!! 人間じゃない僕でも分かることだ。あんなことをすればフレイの心は完全に壊れる!!」


「あんなこと?」


「契約を交わした次の日。これが最後だと。ヴァリテイターの連中はフレイ達家族に告げた。そして実際にフレイとアーノルドは大喜び。フレイは最後の日和の死を見届けた。それがフレイにとっては本当に最後の死の光景となった!!」


 隣で黙って聞いていたシアが口を押さえ、息を止める。おそらく、続きが分かったのだろう。僕はライリーの次の言葉を静かに待った。


「家に帰ってきたのは日和ではなく、日和にそっくりな、日和の振りをした別の女の子。フレイは全てを悟ったよ。膝から崩れ落ち、一晩中泣き続けた。怒りに燃えたアーノルドは権力者達に直談判しに行き、僕は必死に「日和は生きている」とフレイを慰めながら訴えた。でも、フレイは僕を信じてくれなかった。正体を言えば信じてくれるだろうかとも思ったりもしたけどそれはできなかった。フレイに嫌われるのが怖かったから」


 今にも泣きそうな顔に僕には見えた。


 実際、ライリーは先程の怒り以外の感情を出して話してはいない。それでも、その怒りだけでライリーが悲しんでいることなど分かるというものだ。


「その後フレイは泣き疲れたのか、朝方には寝てくれた。その間に僕は朝食を持ってこようと思って席を外した。でもそれがいけなかった。フレイは寝た振りをしただけだった。僕が部屋に戻って来たときにはフレイはすでに事切れていた」


「その後はどうなったの?」


「僕はアーノルドの元に行ったよ。共に権力者達に契約違反を訴えるために。でも、それはかなわなかった。他ならぬアーノルド自身によって。アーノルドは奇妙な術を使い、圧倒的な人の数で僕の動きを阻んだ。今思えば、アーノルドはあのときに不利な魔法契約を無理矢理結ばされたんだろうね。そのときに、僕は完全にヴァリテイター全員を見限った」


「なら、ヴァリテイターに消費されていた日和さんを――」


 ――殺さなくてもいいんじゃないか。


 その言葉を、ライリーは最後まで言わせてはくれなかった。ただ、一言。


「殺す」


 望んでいなかった答えを口にする。


 僕は下を向き、唇を強く噛みしめた。


 始めから分かっていたことだ。ライリーは日和さんを殺す。その意思が変わらないことなど。


 フレイさんが大切だったとしても、もうこの世にフレイさんはいない。


 もしかしたら人ではないライリーにとって、日和さんはフレイさんを死に追いやった張本人、とでも思っているのかもしれない。


 あくまでライリーが大切にしていたのはフレイさんだけなのだから。


「僕は不思議だよ。どうしてリアン兄さんは僕が日和を殺すのが嫌なの? リアン兄さんも日和を一度殺しているじゃない」


「分からない。いくら考えても何が問題なのか分からなかった。でも一つ分かったことがある」


「分かったこと?」


「僕はきっと夢を諦め切れていないんだ」


 口に出せば、腑に落ちた。


 今はディラン様のおかげだろうか。思考がはっきりしている。起きている間も聞こえ続けていた嫌な能力(ノイズ)がない。

 だからこそ今ここで僕の道しるべが立てられた。


 本当にどうしようもないと自分でも思う。夢を抱き、間違いを犯し、そして迷い続けて、どん底に落ちた。それでも諦めたはずのそれを僕は心の何処かで諦めきれていなかった。 

 一度、どん底からすくい上げられたことがあったから。


 だからだろう。僕が再び夢を見続けてしまうのは。憧れが消えないのは。

 あの人の背中を見てしまったから。


 また、どん底に落ちるのが怖い。でも、一縷の希望に這いつくばってでもすがりたい。結果が、どん底に再び落ちることだとしても――――。


「自分でも都合のいいことを言っている自覚はある。余計なお世話なことも分かってる。単なる迷惑な押しつけで僕の自己満足なんだろうってことも。でも、僕は二人に傷ついて欲しくない。死んで欲しくない」


 それが答えだった。騎士のように人を救う存在でありたい。

 人をたくさん殺してきたくせに救いたいだのという滑稽な夢物語。

 そんなことは分かっている。身近な人だけでも救いたいという願いは持つこと自体、虫が良すぎることも。それでも……。


 下を向きながら、ライリーの返答を待つ。


 だが、返ってきたのは無慈悲な答えだった。


「そんなわがまま通らないよ」


 わがままな子供に言い聞かせるように。


 ライリーの答えは変わらない。


 僕はライリーを説得できるだけの言葉を、解決策を持ち合わせてはいない。


「分かっていると思うけど、仮に僕が日和を殺さないと決断したとして、僕が死んだとして、結果は大して変わらない。新しい僕が冥界で生まれ、日和を殺しにくる。同じことの繰り返し」


「今のままいれば……」


 今まで通りに二人とも生きていられる。そう、言おうとしてライリーは首を左右に振った。


「無理だよ。日和が死なない限り、異物と見なされている限り、僕は新たに生まれ続ける。役立たずの僕は新たに生まれた僕に殺される。今まで生きていられたことの方が不思議だったんだ。幸運はそう何度も続かない」


「調停者」


「シア……?」


 僕はどうにもならないことを本当の意味で悟り、口を引き結んでいたそのときだった。シアが口を挟んだのは。


「今まで生きていられたのは調停者のおかげで合っているわよね?」


「そうだよ。それがどうかしたの?」


 何を言っているのだろうか。あのとき、ディラン様は調停者が二人とも殺すと言っていた。その調停者が二人を生かしてた?


「私はあなたたちがどこで殺し合おうが正直どうでもいいのだけれど――もし調停者と話し合いこのルールを変えられるのなら、ライリーは日和って子を殺すのはやめるのかしら?」


「何を言っているんだよ!! 調停者を殺さないとディラン様のしようとしていることは始まらないって言っていたじゃないか?!」


 調停者が死ぬということは、一時解決したとしも、長期的に見れば何も解決していないのと同じではないか。


「リアンは少し黙っていなさい。事態を悪いようにはしないわ」


 シアが余裕のない僕の前に出て、ライリーと正面に対面する。僕はシアのその圧倒的なオーラの前に大人しく黙り込んだ。


「それで答えはノー、それともイエス?」


「イエス」


「なら、調停者の元に行きましょう。あなたたちを連れて行って上げるわ。それと――そこで寝こけている振りしているサノ。あなたも来る?」


 先ほどからベンチで横になっていたサノはアイマスクを取り、ゆっくりと起き上がる。そして、「ああ」と頷いた。


 本当にサノは自由人で、何を考えて生きているのか分かりやしない。


「それでは、もう一度移動するとしましょう」


 シアが閉じた転移門を新たに開く。行き先はガザニア国。僕たちは転移門を再びくぐり抜けた。



 次の話ーこの章の残り2話は、敵サイドと魔王城の話になります。

 そして二部三幕のプロローグは二部一幕でのレオナのその後となります。

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