唄
『かごめかごめ』を唄う声が暗闇の中に響き渡る。
彼はその歌で己の背後を確認する。
彼は彼女が目に入った瞬間、目を見開き、喜色の笑みを浮かべた。彼に近づいてきている彼女もまた、笑みを浮かべた。
「やっと目覚めたか」
彼女は唄い終えると、笑みをはりつけたまま、そっとかんざしを抜く。黒髪がこぼれ落ち、彼女の顔に髪の毛がかかる。
彼はそっと彼女の髪をすくい、耳にかける。甘い笑みを浮かべる彼に彼女は抱きついた。
そして、
――――――――飲み込んだ。
彼は気づくべきだった。
彼女の服が鮮血に彩られていたことを。
彼女の面に大きな罅が入っていたことを。
唇を舌でなめた彼女はかんざしを手に強く握りしめ、再び上機嫌に『かごめかごめ』を唄い始める。
◆◇◆◇
「シア達と会えないな」
僕は地下を探索し続けていたがいっこうにみんなと会えずにいた。
そもそも、みんなと一緒に上に向かっていたからみんなが上に向かっている可能性の方が高いと言えば高いんだけど……。
地図に描かれていない場所にいる可能性も大いにあり得る。
僕は上にヴァリテイターはいないと判断して下に降りてきたけど、みんなは上に向かったままかも知れない。
どうしようかな。もう一度、上に戻る? それともこのまま僕だけで敵を葬っちゃう?
口元に拳を当て、軽く首をかしげていると、前から人の気配を察知する。このまま僕がいる通りに曲がってくれば鉢合わせるかも。
僕は左の襖を開け、中へと入る。いったん身を隠すことにしたのだ。
中を見渡すと、壁に面が数枚立てかけられていた。
能面が壁に立てかけられているのを見たことはあるけど、目の前の面は能面ではなかった。仮に能面だったとしても少し怖いとは思うだろうけど、これは怖いというより不気味って感じがする。
それと、面の他に気になる物がいくつかある。お人形に、藁人形。藁人形の心臓の部分には太い釘が刺さっている。そして、木箱と短剣と指輪。それらが、壁に沿って置かれている足の低い長机の上に並べられている。
これらから連想されるものは怪談だよな。となると、木箱の中身は……。
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
怖くないと言えば嘘になる。でも、木箱の中に何が入っているのかも気になる。
木箱へと手を伸ばし、ゆっくりと木箱を開ける。
「……右腕…………」
手が小刻みに震えながらも、僕は何事もなかったかのように木箱を閉じ、元の位置に戻す。そして、距離をとった。
遅れてやってくる小さな悲鳴を咄嗟に手で押さえる。
指、二つに折られてた。人間の腕じゃないし。しかも、赤黒くて、爪も長かった。
………………思い出すのやめよう。とりあえずこの短剣と指輪だけもらっちゃおう。
見た感じ、呪術に使いそうな代物ばかり。
呪術も魔法の一種ではあるけど、そこら辺は怖くてからっきしなんだよな……。
何に使うのかまで分からないけど、多分ろくでもないことだろうことは分かる。シエルが使う妖術も変なのあるし……。
とりあえず、シアに後で聞いてみよう。思い出したくもないけど。
だんだん人の気配が間近に迫ってきた。足音からして一人。僕は襖の隙間から外の様子を確認する。
女の人。僕より背が高い。見た感じ武器は何も持っていないし、筋肉のつき方からして体術使いか?
あちらはまだ僕に気づいていない。
僕は短剣を握りしめ、出会ったときのリンさんの気配の消し方を思い出し、できる限り気配を消す。
あと少し、あと少し。
女が通り過ぎたところで僕は女の首を掻いた。掻いた首からは血が噴出し、女は倒れ伏した。
死んだか?
僕は近づき、念のため脈を取る。脈は動いていない。
僕は息を吐き出した。
この人、幹部……じゃない? あの片面の男より圧倒的に弱い。頭脳派の幹部って線もあり得るけどそれなら護衛がいそうなものだけど……。
そんなことを考えていると、短剣が急に熱くなった。僕は思わぬ熱さで反射的に短剣を投げ捨てた。投げ捨てられた短剣は女の人の足に突き刺さる。
「あっ、やってしまった……。――――――――えっ?!」
溶けてる?! 女の人の足、短剣の周りから広がるように溶け始めてる!!
僕は魔法を短剣に向かって放つ。
『我、ここに、凍える風をもって熱を制されんことを希う。熱を制す汝の名は氷の魔術師』
短剣が急激に冷やされていく。だが、熱も負けてはいなかった。
長めの詠唱をしたとはいえ、魔力持ってかれる。もしかして抜けば熱収まる? 僕は先ほどの魔法の冷気を手にも纏わせると、短剣を素早く抜き、床に置いた。すると、熱を発さなくなったのか短剣がカチンコチンに凍った。
「短剣は普通だと思っていたのに普通じゃなかった……!」
「あれ、君、リアン君じゃないッスか? 何してるんッスか?」
しまった。長居し過ぎた!!
僕は咄嗟に抜刀の構えをし、声の方向を見やった。
男はいきなり僕が戦闘態勢に入ったことに驚いたのかぎょっとした表情を浮かべていた。
「ちょっとたんまたんま。俺は敵対するつもりないッス」
「あなたは……」
男は手を上にあげ、後ろにたじろぐ。
僕は警戒したまま、抜刀の構えを解いた。
「前に会ってるッスよね。暗殺者の里で。名前は言ったかは忘れたんで一応名乗っておくッス。俺の名前はルイス」
「日和さんと一緒にいた人ですよね?」
「そうッス。日和さんは俺の先輩」
「敵対するつもりがないとはどういうことですか? 前は僕のこと殺しに来ましたよね?」
胡乱げな目をルイスさんに向ける。ルイスさんは頭を掻きながらきまり悪そうな作り笑いを浮かべた。
「いや、ね? 俺は別にリアン君のこと殺したいとか思ってないッスよ? でもあのときはしょうがなかったというか……。上司命令だし? 今はそんな命令されてないからね?」
「僕はヴァリテイターを滅ぼしに来ました」
「そうッスか。そうッスか。…………なんだって?」
真顔で言う僕の言葉にルイスさんは頷いていると、言葉の意味を理解したのか、聞き返した。
「滅ぼしに来ました」
「そうとう腹が立ったってことッスか?」
「……」
「はぁ~。まあ気持ちは分からなくはないッスけどね? 今からでもやめといた方がいいんじゃないッスか? そこの死体はなかったことにしといてあげるッスから」
なだめるように言うルイスさんに僕は無理だと言う事実を突きつける。
「さっき、日和さんのお爺さんらしき人を殺しました。アーノルドさんともさっき出くわしました」
「やっちゃったか~」
「はい」
「俺は何も見なかったことにするッス」
「逃すと思いますか? 言いましたよね、ヴァリテイターを滅ぼしに来たって」
「俺はさっき休暇を出されたばかりなんッスよね。まあ、休暇と言う名の先輩探しという仕事ッスけど」
飄々とした笑みのまま、ルイスさんは目を細め、僕に対し牽制する。
自分の目の前で面倒事起こすなってところか。
「ルイスさんはヴァリテイターが嫌いなんですか?」
「……嫌いだよ。真っ黒だし。俺がヴァリテイターにいるのは単に給料がいいから。妹の治療費が高いんッスよね」
「倍の給料がもらえるって言ったらどうします?」
「そりゃあ、労働環境にもよるッスけど、転職することを真面目に検討するッスね。なんでそんなこと聞くんッスか?」
「そうですか。なら、ホワイトな職場を紹介するので今すぐヴァリテイター辞めてください」
「…………本気ッスか?」
「僕は最初から本気です」
険しい表情をしていたルイスさんは首の後ろを触り、
「まぁいいッスよ。潮時かなとは思っていたッスから。この提案をしたということはそういうことでいいんッスよね?」
薄ら笑いを浮かべた。
「はい」
「それじゃあ、まずチョロまかすッスかね」
ルイスさんは先ほど僕がいた部屋へと入っていく。僕は息を飲み込んだ後、後に続いた。