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僕は幸せになるために復讐したい!  作者: 雨夜澪良
第一部 一章 出会い
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第七話 初任務③

 レオナの気配が完全に消えた。

 姿も、銃口の感触も、すべて幻だったかのように霧散する。

 まるで最初から、そこに誰もいなかったかのように。

 代わりに、現れたのは別の気配だった。


「リアン君……!!」


 水色の瞳が揺れていた。

 オリヴィアさんの息は浅く、肩がわずかに上下している。普段の冷静さからすれば、それだけで異常だった。


「無事……?」


「……はい」


 短く答える僕を、オリヴィアさんはしばらく黙って見つめていた。

 その沈黙が痛い。まっすぐな視線に耐えきれず、僕は視線を逸らす。壁の継ぎ目や、石のひび割れを無意味に追う。

 彼女は小さくため息をついた。


「本当は君を怒らないといけないんだと思う」


「はい……」


 その言葉に怒りはない。ただ困惑と迷いを含んでいるように思えた。

 わずかに間を置いて、僕は深く頭を下げる。


「オリヴィアさんは正しいです。勝手な行動をしてすみませんでした」


「理由。聞いてもいい?」


 ほんの一瞬、言葉が詰まる。だが、それを悟られないように、僕は静かに口を開いた。


「……誰かに見られている気がしたんです。今回のことが漏れてるんじゃないかと思って……それで、追いました」


 ――――嘘だった。

 でも、嘘の中には少しだけ本音が混じっていた。

 レオナが、僕を気にしてくれているのではないかと。

 あり得ないとわかっていても、そんなふうに願望を抱いてしまう。


「君が追ったのは、長身の男だったと思うけど。顔は見た?」


「……見てません。ローブで隠れていて……気配もすぐに消えて……」

 

「……そう」


 オリヴィアさんの声が静かに落ちる。

 それは、ただ淡々と状況を飲み込む声音だった。


「次は動く前に相談すること。……約束できる?」


「……はい」


 小さく握った彼女の小指と、僕の指がそっと重なる。

 それはとても軽いはずなのに、不思議と重さを感じた。


「任務、再開しようか」


 その言葉が終わるよりも前に――

 空気が爆ぜた。

 怒声、叫び、警報、爆音。

 一斉に押し寄せる音の津波が、石の回廊を震わせた。


「なに……!?」


 オリヴィアさんの双眸が、瞬時に警戒に染まる。


「リアン君、行くよ……っ!!」


 僕の了承の声が返ってくるより早く、オリヴィアさんは疾走する。


「『我の声に応じ、応えよ』」


 石畳に罅が走るのとほぼ同時。聞いたことのないオリヴィアさんの声が僕の耳朶に鳴り響く。


「『歩みはここに。汝の枷を今ここに穿つ』」


(これってまさか……?!)


「『身体強化(アガリス)』」


 初めて耳にする歌。試練のときは紡がなかった歌が僕に降り注ぐ。


「これは……」


「身体強化の魔法。これでついてこれるはず……!!」


 前方を走るオリヴィアさんが振り返らずに告げる。

 オリヴィアさんの言う通り、距離がどんどん縮まっていく。

 足は浮くように前へ。

 脚の一本一本が自分の意思以上に早く応える。


(これが魔法……!!)


 自分の身に宿ったそれは想像よりもずっと静か。力が湧くという感覚はなく、元からそうであったと錯覚させるものだった。


 魔法に感激しているのも束の間。

 

 追いついたと思ったオリヴィアさんの背中が、煙の中へ飛び込むように消える。

 僕もそれを慌てて追う。

 視界が一気に開けたその先で目にしたのは――――


 ――――混沌。


 床には割れた大理石の破片と、こぼれ落ちたワインの瓶。豪奢なシャンデリアが無残に砕け、逃げ惑う人々の悲鳴が反響している。

 そしてその悲鳴を生み出しているのは――――


「魔族だ」


 小さな呟きが、横からこぼれ落ちる。

 その反応は思いも寄らなかった事実に直面した人のようだった。


「あの……」


 事態が読めない僕はオリヴィアさんをまじまじと見つめる。

 オリヴィアさんはちらりと僕の方を見るとすぐに会場へと視線を戻す。


「あれはおそらく魔国の王――ルシファー様の私兵部隊“トリア”、だと思う」


(魔国……? それにトリア?)


 首を傾げ、オリヴィアさんの次の言葉を待つ。しかし、オリヴィアさんは考え込むように黙り込んでしまった。


 動かないオリヴィアさん。僕は少しでも情報を自分で補完しようと周囲へ視線を巡らせる。


 我先に逃げようとする観客たち。しまいには奴隷を盾にする輩もいる。


 反対にトリアと呼ばれた人たちは黙々と檻を破壊し、鎖を断ち切って奴隷を解放している。だが解放しているのは……


(同じ魔族だけ? いや、よく見ると――――)


 一部のトリアは他の奴隷も解放している。しかし、それは魔族の近くにいる奴隷だけ。


 解放している割に、その瞳、行動に激しい熱は感じられない。

 ただ、黙々と仕事をしている。

 邪魔をする者には急所を一突き。静かに、正確に生を断つ。――――敵味方関係なく。

 格上。冷静冷酷。仕事人。個人主義。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


「オリヴィアさん」


 補完した僕は隣にいるオリヴィアさんに声をかける。そして――――


「冒険者はここにはいません」


 告げる。その言葉はオリヴィアさんの思考を止めるのに十分な言葉だった。


「行くよ……!!」


 使命を思い出したオリヴィアが走り出す。行き先が分かっているかのようにその走りに迷いはなかった。

 僕は食らいつくようにオリヴィアさんの後を走ろうとして――――後ろへ一歩下がった。そしてその直感は正しかった!!


「……っ!!」


 オリヴィアさんの焦る声。

 矢による狙撃。間一髪で矢の餌食から免れる。

 すぐに矢の飛んできた方向から狙撃手を特定する。

 会場の二階の観客席――!!

 僕は後ろを振り向いたオリヴィアに向かって言う。


「先に行ってくださいっ……!!」


「でも……!!」


「僕を信じて」


 オークション会場で言われた言葉。僕はオリヴィアさんを力強く見つめ、声を張った。

 自分でも分かっている。

 会って二日。

 信用なんてできるわけがない。しかも僕はオリヴィアさんの静止を振り切って独断行動をした前科持ち。


 それでもこの言葉をあえて言う。


「……分かった!! 後で必ず合流しよう」


「はいっ!!」


 オリヴィアさんの背中が混乱の奥に消えた瞬間、僕は反対方向へと駆けた。

 狙撃手の矢は、再び空を裂くことはなかった。今度は、僕が彼を追う番だった。


(狙撃の方向――観客席。二階、東側)


 頭の中で図を描く。逃げ道、死角、遮蔽物の配置。それらを繋げて未来の動線を組み上げる。


(ここからなら、先回りできる)


 階段を駆け上がり、観客席へ滑り込む。

 そして、目が合った。


 ローブをまとった魔族――灰色の髪に灰色の瞳。しかし、その瞳は紫色に光っているように見えた。


「魔族の子供……?!」


 驚きで瞳が揺れる。そしてそれは相手も同様だった。

 矢を番えかけた指に、ためらいが生じている。

 今なら近づける……!!

 そう思う意識よりも速く、身体が動いた。


 ――ガンッ!


 その場に落ちていた鉄片を拾いあげ、矢にぶつける。

 狙撃手の双眼がさらに驚愕で開かれる。

 その隙を逃すものかと、首へと手を伸ばし――――床へと叩きつける。


「……やめて」


 予想だにしなかった、震える声。

 その顔は、恐怖に染まっているように見えた。


「これじゃあ、僕が悪者みたいじゃないか……」


 ため息とともに手が緩んだそのとき――――


 左腕に衝撃が走った。


「この……っ!!」


 すぐさま首を掴もうとするが掴まえきれない!!


「どうして……?」


 僕から距離をとり、弓を構え直していた狙撃手は不思議そうに首を傾げる。


「君、奴隷だったの?」


 狙撃手の疑問に答える前に僕の瞳は狙撃手の足元へと視線がいってしまっていた。


 足には鎖がついている。一応走れるくらいの長さはあるようだが、それでも不便なことには変わりはないだろう。


(魔族だからトリアの仲間だと思ったけど、もしかして仲間じゃ、ない……?)


「どうして毒が効かないの?」


 その言葉と共に魔力矢が放たれる。僕との距離を離そうと無数の矢が追走する。

 矢は床に刺さった瞬間、爆発を起こす。


「詠唱してないのに魔法……?!」


「魔法じゃない。これは僕に与えられた能力」


 能力【焔矢(えんや)

 矢に火を付加するだけの能力。炎の威力を操作することも可能。

 能力は魔法と違い、使用回数が魔力に縛られない。


「話には少し聞いてたけど、厄介だな……ッ!!」


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