一方その頃
「大地が悲鳴を上げている」
「ロジェ、それは本当か?」
ロジェの額には冷や汗が浮かんでいた。嫌な予感が脳裏によぎってしょうがなかった。
隣にいたレオナはロジェの様子が尋常じゃないと感じていた。それに、レオナも揺れを感じていたがこのビルだけが揺れていると思っていた。
「うん。このままだとこの国の大地が壊れる」
「この国が最初の崩壊の地だったというわけか。あの野郎は本気であれをやろうとして――」
「エアリエル、どうしたの?エアリエル!!」
ロジェは放心しているエアリエルの肩を揺さぶる。そんなエアリエルの口からポツポツと言葉が発せられる。
「契約が、リアンとの契約が、強制的に破棄された。リアンが代償に選んだのは――」
「それって、リアン兄ちゃんに何かあったっていうこと?早く、リアン兄ちゃんの元に行かないと。まだ間に合うはず!!エアリエル、リアン兄ちゃんが今いる場所分かる?」
緑の瞳を大きく見開かれた。ロジェの焦りと不安、どこか悲痛さを帯びた声が静かな部屋に響き渡った。今にも部屋を飛び出しそうな勢いのロジェ。それをレオナはロジェの肩を片手で押さえ、待ったをかけた。ロジェとエアリエルの視線がレオナに集まる。
「やめとけ」
「どうして……」
ロジェは古代の魔導具を握りしめながら首を左右に振った。冷静さを取り戻すように深呼吸をした後、思ったことをレオナに静かにぶつけた。
「レオナさんはリアン兄ちゃんの友達じゃなかったの?それとも人に対して情がわかない人?」
「ロジェ、お前はリアンに希望を見過ぎている。リアンは人が希望を見るような存在じゃあねえ。そもそも、人に希望を託したり、見たりすることが間違いなんだよ」
どこか苛立ちを含んだ声音だった。
レオナは床を見ていた視線を上げると二人を肩に担ぎ、道を戻るように走り出した。
「リアンのことより、今は崩壊を止めないとならねえ」
「……答えになってないよ」
本当はロジェも分かっていた。でも、まだ心に残っていた幼心のせいか非情になれなかったのだ。誰かに頼りたかった。守ってくれたリアンなら次も自分を助けてくれるんじゃないかって思い込んでいたかったのだ。だけど、レオナはそんな思いは間違っていると言ったのだ。それは幼いロジェにとって残酷な答えに等しかった。
「しゃべってると舌をかむぞ」
さらに加速する。下ろしてもらえるまで会話はなかった。
「ちっ、崩壊が早くなってやがる。――ロジェ、エアリエル、住民を避難させろ。俺の方でも皇帝にアリスを向かわせる」
苛立ちを吐き出すように舌打ちを鳴らす。レオナは二人に指示を出しながら心の中でアリスに呼びかけ、アリスにも指示を出した。
「レオナさんはどこに行くの?」
「8年前の事件現場。おそらくそこが崩壊の開始地点だ。そこが終わりの土地だからな」
そう言い残すとレオナは路地裏に入っていった。ロジェはレオナの後を追いかけるがそこにはもう姿はなかった。陰へと姿を消したのだ。
「まだ、聞かなくちゃいけないことがあったのに……」
ロジェは切り替えるように自分の頬を叩いた。
「この魔導具も、解かないといけないかな」
リアンと同年代、16歳ぐらいの見た目から本来の7歳の姿へと戻る。そして、リンからもらった体力を上げてくれる薬、ラスト一本を飲み込んだ。空のビンが地面に転がった。
「エアリエル、イグニスのいる場所に案内して。僕の力だけじゃあ、この国の住民は従ってくれない。だからイグニス達の力を借りる。あの人達は知名度も高いし、ある程度実力もある。だから――」
「分かった」とエアリエルは頷くと、両手をロジェに向けて風の加護をロジェに授けた。
「これで、今より速く動けるようになるはずだよ。ロジェ、しっかりついてきてね」
「師匠を呼んだ方がいいな」
自分の中のプライドを壊すようにレオナは拳を強く握りしめた。自分の手に負えないのは分かっている。だが、悔しいのも事実だった。
赤い宝石に魔力を込め、師匠へと電話をつなぐ。しかし、つながる前に、後ろから肩に手を置かれた。思わず後ろを振り向くと頬にユースティアの指が触れた。
「師匠、何する――」
機嫌が悪いのも隠さず、ユースティアの腕をつかんだ。
自分が思っていたよりユースティアの腕が細くなっていてレオナは驚きを隠せなかった。といっても端から見たら目が少し見開かれただけで驚いたように見えないのだが。ユースティアも摑まれている自分の腕を見ており、上を見上げていなかったからレオナが驚いていたことに気づいていなかった。
最近、長袖を着ることが多くなっていたのは隠すためだったのかも知れない。
「肩の力を抜け。――レオナ、お前はよくやっている。本当に」
「いきなり何変なこと言うんだ。面と向かって褒めるなんて珍しいな。それも口に出してなんて」
「そうだったか? でも言っておきたくなったんだ」
レオナにつかまれていない反対の手でレオナの頬をやさしくなでた。
ユースティアは人を真っ向から褒めることはしない。遠回しに褒めるのだ。レオナも幼いときは褒められていると分からなく、ブスくれたことが多々あった。でもアラン様やルシファー様からユースティアは不器用だと聞いてレオナは師匠を観察し続け、分かったのだ。
師匠は会話の途中に分かりづらく褒めたり、よくやったときはいつもより甘やかしてくれたりしていると。
「レオナ、魔王城に戻れ。後は私に任せろ」
「師匠は俺を置いていく気か?」
「今日は聞き分けがないな。いつもなら、分かりましたって言って素直に帰るじゃないか」
「とにかく、今日は一緒にやる。別にいいだろう」
レオナはユースティアの言葉に少し引っかかりを覚えながら、意地でもユースティアについていくことを告げる。
胸騒ぎがするのだ。一人で生かせてはならないような……。
「分かった。でも、無茶はするなよ。アリス達も私も悲しむからな」
ため息をつきながらもレオナのわがままをユースティアは了承した。
「分かってる」
「それじゃあ、行くぞ」
「ああ」
はあ、はあ、と息を切らしながらロジェはイグニスのいる闘技場にたどり着いた。闘技場から歓声が聞こえる。闘技場での試合はアイギスさん達の起こした騒ぎで中止、もしくは延期のようなことが起こると思っていたから驚きである。もしかしてイグニスは試合をしているかもしれない。でも探さないと。
エアリエルに視線を向けると了解といった様子で移動した。後をついていくとそこは控え室があるエリアのようだった。イグニス達の控え室だろう場所の前へと立つと、荒々しい声がドア越しから聞こえた。それでも構わずロジェは扉を開けた。
一斉にロジェへと視線が集まる。
みんなは突然扉が開けられたことによる驚きの宿った瞳だったが、アンだけは違った。ロジェの瞳を観察するように凝視していた。
「イグニスの皆さん、力を貸してください」
「君は森にリアン君たちと一緒にいた子供だったわね。何かあったの?」
「今はゆっくり説明してる時間はないんだ。この国の住民を国外に避難させてほしい」
「君は!!」
アンは何かに気づいたように、口元をおさえ、頭を下げたロジェを見ていた。他のメンバーはそんなアンの様子を不思議に思っていた。
「どうしたのアン。何に驚いているの?」
「ソフィア、気づかない?この子はエルフの里の王子だよ。あのときは気づかなかったけど、いや、あのときはどうかしていたけど、あの緑の瞳と顔は王族の顔だよ」
「そら似かもしれないだろ」
ブラッドはアイギスが試合を辞退したことで虫の居所が悪くなっていた。そのため、八つ当たりを含んでいるかのように、ぶっきらぼうにアンを疑う声を上げた。それでもアンはロジェを見たまま、断言した。
「違う。特に緑の瞳。緑だけだと他にもいるけどあの緑の色は確かに王族だよ。他の人は気づきにくいかもしれないけど」
「僕はアンの言うとおりだと思うよ。アンは人より記憶力いいし、色彩感覚に敏感だから正しいと思う」
「名前はロジェだったよね?私たちは君に協力するよ。エルフの里にはいろいろとお世話になっているし。王族が頭を下げたんだ。そこまでやられちゃあね。ここで断ったら面目立たないし、何より約束したからね。優先して依頼を受けるって」
「時間がないから動きながら話すね。イグニス、僕の頼みを聞いてくれてありがとう」
「いいってことよ」
イグニスは親指を上げ、グーとやりながらロジェと共に控え室を後にした。