皇帝
「準備はいいか」
「お前が言われなくても準備はできてるっ!!」
「それならいい」
やっぱり、二人は会うとすぐケンカ始まるなあ。ラックさんは前の感じに戻っているし、昨日のあれは何だったんだろう。
「どうしたの、リア君?」
ラックさんの方を見ていたらラックさんと目が合ってしまった。
「あ、いえ、その……」
「言いたいことがあるなら今のうちに言ったほうがいいよ」
「昨日、ラックさんの性格が変わっているような気がしてどうしてかなって……」
「本で読んだことあるかも知れないけど、僕は槍試合の後、ガヴェイン達、兄弟に殺されたんだ」
「でも今は生きてますよね?」
「確かにあのとき死んだ。でもその死ぬ直前、能力の覚醒が始まっていたっぽいんだ。僕も生きていることが不思議なんだけど多分能力が僕を生かしたんだと思う」
そんなことがあったなんて。能力について僕はまだまだ知らないことが多いのかも知れない。
「そして覚醒が終わると、僕は記憶をなくしていたんだ。そしてこの大陸に辿り着き、マーゴットと出会った」
「つまり、その性格の違いは記憶を失っていたときの人格ですか?」
「人格というより名残の方が近いかもね。それとね――」
うん?いきなりしゃがんでどうしたんだろう。
「この性格でいるときの方が、マーゴットがいつもよりやさしくしてくれる気がするんだ」
僕は驚きで目をぱちくりさせ、ラックさんを見た。すると「内緒ね」と言い、唇の前に手を当てていた。
いきなり惚気られた?!でも、今二人が幸せならそれでいいのかも知れない。話的に、マーゴットさんもそのこと知っているっぽいし。偽って生きているんじゃないのなら僕が気にすることはなかったな。偽って、隠し事をして生きるのはつらいことだから。
「もう、始まるから。そろそろ試合に集中しようか」
「そうですね」
次が僕たちの試合。前にいるアイギスさんとネルさんはまだケンカしてるっぽいけど大丈夫かな……。
「さあ次は皆さんお待ちかね、優勝候補の一人、アイギスがいるパーティーだ」
大きな歓声が上がる。会場に入っていないのに観客の熱気が伝わってくる。
少し、いやとても緊張しているかも知れない。こんなに多くの人に見られて戦ったことないし。観客はアイギスさんの戦い目当てでこの盛り上がりなのは分かるけど僕も見られている気がして心臓バクバクしてきた。
「入場です。――今回の魔物は、みんなアイギスが強い魔物と戦うところが見たいだろうという皇帝の意向により、A級魔物のポイズンベアだ!!」
A級魔物?!アイギスさんが昨日言っていた通りになった。見たことないけど、名前的に危険そう。毒を使うクマってことだよね……。
「ネル、昨日私は後衛をやると言ったが変更だ。私が前衛をやる。君は中衛に下がれ」
「なっ!!勝手なことを言うなっ!!」
アイギスさんのことだから問答無用で前衛に上がるだろうな。ネルさんは――。
ネルさんを見ると、不満げな顔をして怒っていた。でも、下がったってことはアイギスさんに言われた通り、中衛に行くみたいだ。
ということは前衛が僕とアイギスさん、そして中衛がネルさん、後衛がラックさんか。
「試合開始!!」
僕は心の中でエアリエルの名を呼ぶ。そしてエアリエルの風が僕に付加された。僕とエアリエルがした契約は強いから離れていても、エアリエルは僕に力を貸すことができるらしいのだ。
これは違反じゃないのかと言われると、妖精との契約などは自分の力と見なされるらしい。だから違反じゃない。
今は目立つのを避けるため、エアリエルにはマーゴットさんと一緒に観客席にいてもらっている。
ポイズンベアが先にしかけてきた。アイギスさんに向かって鋭い爪で攻撃する。それをアイギスさんは剣で受け止めた。
僕はその間に反対側に周り、背中めがけて剣を振るう。僕の剣がヒットしたことでポイズンベアは振り返った。そして僕を標的に定めたようだ。
多分だけど爪に毒を持っているような気がする。
僕は爪に当たらないように相手の攻撃を全て躱していく。それをじれったく思ったのか、ポイズンベアの動きが少し分かりやすくなった。そこをネルさんはすかさずヌンチャクで打撃を与える。
確かに僕たちの攻撃は効いている。でもこれだったらオーガの方が強いんじゃあ……。
そう思った直後。僕の金眼は驚愕で見開かれることになった。
「なっ?!」
次の瞬間、何の動作もなしに毒が弾丸のように複数飛んできた。僕はすぐに風の出力を上げ、全ての毒を風で吹き飛ばす。それでも僕の方に来る毒は剣を外に払い、躱した。
他の人達は大丈夫だろうか。僕はあわてて周りに視線を向ける。
どうやらアイギスさんはラックさんを盾で守ろうと動いたみたいだ。でも、盾の前に障壁が張られていて二重の守りになっている。ラックさんが魔法で障壁を張ったみたいだ。
ネルさんには身体強化のバフがかかっていた。ヌンチャクがポイズンベアに当たった直後だったから上手く障壁が展開できなかったのだろう。だから身体強化でネルさん自身に躱させたっぽいな。でも、ネルさんは全て躱しきれなくて所々毒に侵されている。ヌンチャクも結構な量の毒が当たったみたいで溶けて原型をとどめていなかった。
これがおそらくA級魔物と呼ばれる所以か。どこからともなく毒を飛ばし、武器を溶かす。
ネルさんの動きが鈍っているから、神経毒的な作用があるんだと思う。
「ネルさん!ラックさんに回復してもらってください。ここは僕が一人で大丈夫です」
「すまない。頼んだ」
戦って思ったけど、風はみんなで協力して戦うときは使い勝手が悪い。それに結構威力を抑えないといけない。
でも今はネルさんが下がったことでみんな後衛にいる。威力を抑えないで戦えるっ!!
僕は剣にさらに強く風を纏わせた。そして、ポイズンベアの爪での攻撃を全ていなす。
この魔物の間合いはもう分かった。そしてどういうふうに爪を使うのかも分かった。なら次で決めれる!!
ここは闘技場の観客席。しかし、限られた人しか入れない観客席である。そしてそこでは皇帝と側近が今回の試合を観戦していた。
「なあ、あいつ見覚えあるんだけど」
「今、一対一で戦っている子ですか?」
「ああ、俺の見間違いじゃあ、ねぇよな?」
「おそらくそうでしょうね」
皇帝の言葉に側近はメガネをクイッと上げながら返答する。
「ふはははは、帰ってきたか、この地に。――どこまで強くなったか。少し遊んでやろう」
いきなりの皇帝の突飛な発言。それを理解するのに少しばかり時間を要した。そのせいで側近の次の行動が出遅れた。
「……えっ、ちょっと待ってください!!」
はっ、としたように水色の髪が揺らしながら、慌てて皇帝を止めようとするがもう遅い。すでに皇帝はこの観客席からいなくなっていたのだから。
「――――はあ、これ以上ルールにないことをしないでくださいよ」
側近は皇帝の行動に頭痛がし、眉間に寄ったしわをおもむろに手で押さえるのだった。
「試合終了!――おっと、なんということでしょう!!皇帝が試合会場に下りてきたぞ!これから何が起こるのでしょうか」
「……皇帝?」
僕はそのアナウンスでおもむろに皇帝を見た。すると、皇帝と目があった。いや、違う。皇帝はずっと僕を見ている?
「皆のもの!今から俺はこいつと戦おうと思うんだが、いいだろ?」
僕を指さしながら皇帝はそう言った。それにより観客席が困惑するかと思いきやそれは最初だけだった。困惑が熱狂へと変わったのだ。
何がなんだか分からず、アイギスさんを見ると諦めろという目をしていた。
ラックさんは大丈夫?みたいな目で見ていたが助ける気はないようだ。
「では、これから予定変更で皇帝と助っ人出場のリアによる一対一の試合を開始します!」
咳払いをしたかと思えば司会者は皇帝の言う通りにすることにしたようだ。
……マジか。僕あんまり目立たないように言われてるのに。そもそもどうして皇帝が僕と?――もしかして8年前に関わっていた?でもそんなはずは……。僕はシエルさんと別れた後、思い出せる記憶はすべて思い出したはずだ。でもこの人は記憶にない。思い出してない記憶にこの人がいる?それとも皇帝の気まぐれ?
「試合開始だ!」
「っ!!」
速い。オリヴィアさんよりも!もしかするとハリーさんよりも――。
「考えごとか?なら考えごとをする暇をなくしてやろう」
皇帝の得物は多分僕と同じ剣にわざと合わせてきてる。
エアリエルの風を今できる最大出力まで上げているけどそれを皇帝は軽く片手でいなす。
「お前の実力はこの程度か?なら期待外れも甚だしい」
さらにスピードが上がった?!技の鋭さも上がってる!というか、4連撃のほぼ同時攻撃?!まずい、能力を発動させないと僕はここで死ぬっ!!
能力発動『剣神の加護 霊鳥剣』
見えた!!でもこれは4連撃じゃないっ!その後ろに隠れて次の攻撃がある。この4連撃全て受け止められても構わないのか!!その次の一撃が本命だから。
「くっ!!」
苦痛に顔が歪む。全て躱しきれなかった。でも致命傷はなんとか免れた。
能力を発動させなければ僕の首は今頃……。考えただけで寒気がする。というかこの人、僕に能力を無理矢理発動させようとした?!
「これはなんということだ!!皇帝の剣撃で会場の壁に傷がついたぞ!だがしかし、両者剣撃による威力が強いのか風が巻き起こりよく見えない事態になっています。分かるのは両者とも規格外ということでしょう!!」
能力を発動してもなお皇帝は余裕の表情だ。それどころか攻撃がより苛烈になってる。攻撃が止まる様子が少しも感じられない。
もっと能力の気を、風を纏わせて攻撃の威力、スピードを上げないと斬られる!エアリエル、もっと風を僕にっ!!
………………どうして?!どうして皇帝は今だに余裕の表情でいられるの?確かに僕の一撃は強く速くなっているはずなのにっ!!
うっ、重い。足が地面に食い込んでいく。…………えっ?後ろに退いた?
「まだ気づかないか?」
「何を言って……」
「最初より自分が弱くなっているってことだ。あの野郎の加護は混ざることを嫌う」
「混ざること……」
「加護と一緒に妖精の風を使おうとすれば加護は見た目だけのハリボテに成り下がる。自分の魔法によるものだったらまた違う結果になるだろうがな」
「どうして僕にそんなことを教えてくれるんですか?」
「決まってるだろ?ただの嫌がらせだ」
「嫌がらせ?」
「興が削がれた。思ったより強くなくてつまらん」
皇帝は剣を鞘におさめると、もう僕の方を見てはいなかった。まるでもう用が終わったと言っているみたいに。
「ここまでだ。皆も十分楽しめただろう?あとは予定通り試合を進めろ」
手をひらひらと振りながらこの場から去って行く皇帝を僕はじっと見えなくなるまで見ていた。
嫌がらせ?僕に対してじゃあないよね。……たぶん。ならあの人?それもなんか違う気がするようなしないような。
「リア君大丈夫?」
皇帝と戦っている間、通路で心配そうに見ていたラックさんが僕のもとに駆け寄ってきた。
「大丈夫です。ラックさん達こそ大丈夫でしたか?それにネルさんの毒も……」
「僕たちはすぐに場外に移動したから大丈夫だったよ。ネルちゃんはアイギス様と一緒に治療室に。僕の魔法じゃあ完全には解毒できなくてね」
「そうだったんですか。みんな無事で良かったです」
「とりあえずここから離れようか」
「そうですね」
「もういいのですか?」
リアンたちがいる闘技場をつなぐ通路と反対側。もう一つの通路に側近は壁によりかかり、皇帝が戻ってくるのを待っていた。
「いい。もっと強くなって帰ってきたかと思えば、能力を使いこなせないままきやがった。あれでは嫌がらせの一つにもなりはしない」
「それはどうでしょうね」
「……どういう意味だ?」
メガネをクイッと上げ、意味深なセリフをはく己の側近に対し、皇帝は一瞬固まったかと思えば振り返り、問いただした。
「何事にも大番狂わせは起こりえますから。今回のこともすでに大番狂わせの始まりかもしれません」
「起きるほうがおかしいのにか?もし起こす奴がいたとしたらそれは大馬鹿者か、違う何者かだ」
男の荒唐無稽な考えを皇帝は鼻で笑った。しかし側近は気にせず、淡々と話を続けた。
「起こすやつはそうかも知れませんが、起きるきっかけの一つとして第三者の介入があります。だからこそ彼に助言をした、違いますか?」
「否定はしない」
自分の真意に気づいた彼に対し、満足そうにニヤリと笑う。
そんな主を見て、男はやれやれと首を振った。
「――――今まで思ってたんだけどよ」
「いきなりなんです?」
「そのメガネ、似合わないから外した方がいいぜ。どうせ伊達だろ」
そう、皇帝の言うとおり彼の眼鏡は伊達である。ただ真面目に見えるからという理由だけでしているのである。そして似合っていると先程まで疑っていなかった。
彼の落ち込みと怒りが皇帝に向く。皇帝はそうなると分かった上で言っており、楽しそうに逃げるのだった。